23話・ディスペアの流儀
やっとの思いで戻って来たというのに、アビィとセレナはきょとんとした顔をしていた。
こっちでは影絵の騎士と大男を倒してから全く時間が経っていなかったようだ。
しかし、一瞬にして怪我を負っているウィローは相当奇異に映ったらしく、セレナから早急な説明に迫られた。そこは流石に従者として捨て置けない事案であったようだ。
異界に飛ばされ、巨人との戦闘があったことをその場で話すと、
「別の時間の流れがあったようですね」
と、一人納得する。そしてウィローに手持ちの回復薬をありったけ飲ませる。
それはもう薬が過ぎて毒になるのではないかと心配するほど。
「誰も治癒魔術を習得していないので、仕方がありません」
仕方がないようだし、怪我が後を引いても困るため、ウィローには大人しく薬を飲んでもらことにする。
いや、実際心配してるからこそ、飲んでもらわねば困るのだ。俺の持っている分もセレナに渡し、ウィローには恨みがましい目で見られたが仕方がないのだ。
「にゃあ、風車が12個になってるにゃあ」
アビィにそう言われて気づいたが、確かに13個あったように見えた風車が自然と12個になっている。
感覚の齟齬もなく、元からそうであったように、風車はその羽を規則正しく回していた。
記憶の方が明らかに間違っていると確信できるというのも不思議な感じだ。
「おい、今日はもう帰ろう。横にならないと吐いちまいそうだ」
ウィローが青い顔をしていった。ポーションが利いているようで何よりだ。
来る時は歩きだったが、帰りはウィローの体のこともあるので転移の魔術石を使った。
トレドの街につき、セレナが専門の治癒魔術を受けることを勧めたが、ウィローは首を横に振って、
「大丈夫だよ。寝てりゃ治る、こんな程度」
と言って早々に自室に引っ込んでしまった。
「大丈夫かな……?」
「アビィも心配にゃあ」
俺とアビィが不安を口にする中、セレナだけは毅然としていた。
「本人が大丈夫とおっしゃるのなら、そうなのでしょう」
のんびりとお茶を入れようとするところに、乱暴な勢いで玄関の扉が叩かれた。
寝込んでいる人間もいるのに何事か――と、扉を開けると、息を切らせたアイリスがそこに立っていた。
「大変な――大事になりました!」
大変な大事とはいかにもとんでもないことが起こっていそうだった。
「リヴィングストン男爵に早急に伝えねばと思いはせ参じたのですが。御本人は?」
寝込んでいる、と伝えると、
「叩き起こしてください。火急の知らせです」
「そんな乱暴な――」
「乱暴な事態なのです! 逃げる時間は早いに越したことは無い!」
逃げる、とは聞き捨てならない言葉ではある。
どうしたものかと思案したが、騒ぎが聞こえたのか、ウィローが眉根を寄せて姿を現した。
「とにかく、上がってもらえ。アイリス卿を迎えるには手狭な屋敷で申し訳ないが、そこは勘弁願いたい」
などと歯の浮くようなセリフを言った。
いや、ホテル並みと思っている別荘だが、ウィローにとっては本当に手狭な屋敷なのかもしれない。
本宅、まさかお城なんじゃあるまいな。
アイリスをリビングに通すと、セレナが客人の分も含めた人数分のお茶を入れて待っていた。
何も言わず聞かずで主人の行動を読んでいるとはさすがである。
「端的に言います」
お茶に手も付けず、アイリスは勢いよく言う。
「ジェイク殿がディスペア王都に虚偽の申告をしました。リヴィングストン男爵率いる冒険者一行が私を叩きのめし、無理やり風車の探索権を簒奪したと」
「間違ってはないんじゃないか?」
と、俺は端的に返した。アイリスとの決闘で得た風車の探索権ではあるし、簒奪というのはいささか強い言葉のような気もするが、あながちそうと言えないことも無い。
「伝え方がまずいのです! あなた方を悪人に仕立て上げ、なおかつ私の騎士としての地位を貶める伝え方をしたようなのです! その責を取るために、私の上役がこちらに向かってきています……!」
何故こうなるのか理解できないといった様子で、勢いのまま握りこぶしをテーブルにぶつける。
ウィローとセレナはそれを涼しい顔で見ていた。こうなることが分かっていたように。
「トリスタン卿か?」
ウィローが事もなげにその名を口にする。
「ええ、四聖騎士のトリスタン殿が、恐らくあなた方を王都の裏切り者として粛正に来ます。ついでのように私の騎士としての任も解かれるのでしょう。そのような連絡を――トリスタン殿本人から受けました」
それを聞いて、ウィローはため息をついた。
「粛清じゃあ無いだろう。仮にも名門リヴィングストン家の人間を、こんな些細なことで害せるわけもない。政治的なポーズだよ。俺たちが王都と魔王領の一部の関係を知ってるから、ちょろちょろしてるのがうっとおしくなったんだろう。まあいいとこ全員目の届くところで軟禁ってところだろうな。それにしたってトリスタンが来るのはちょい分からんところもあるが。アグニス殿の口ぶりじゃ、ディスペア王都はヤスタカと魔王領の関係を知らない筈だったけどな」
アグニスと言うのも四聖騎士の一人で、以前にウィローがその派閥に入っていたというのも聞いた覚えがある。
ここに来る前、ウィローがディスペア王都で人間と魔物との関係を聞いた四聖騎士と言うのもそのアグニスだったのだろう。
――しかし俺がベルゼバブによって造られた存在であるという事が引っかかってるのか?
当人が若干展開についていけていない。
「いずれにせよ、いらっしゃるのがトリスタン卿ならば話は簡単ですね」
いつもならリビングで話に口を挟まないセレナが言う。
「エルフの国、イズーに行けば彼は追ってこられませんから――そこまで考えてのトリスタン卿なのでしょうか」
「多分な。でないとわざわざ四聖騎士殿を寄越す理由が分からん。っつーわけだ、ヤスタカ、お前はイズーに飛べ。もちろんアビィも一緒に」
「は?」
いきなりイズーに飛べとは何事か。もちろんアビィも一緒にって。
それじゃ、まるで。
「ウィローとセレナはどうするんだ?」
「俺とセレナはここに残る。……政治的なポーズだよ。トリスタンって奴は抜け道がある分、ディスペアとイズーの間じゃ火薬庫みたいなもんでな。ある程度こっちも譲歩しなきゃならん。そういうメッセージなんだよ。言ってみりゃディスペアの流儀の応酬だ。馬鹿馬鹿しい話だとは思うけどな」
「私もついていきたいのですが、何分『ウィロー様が深手を負い別荘にて療養しているため』従者がお客様の応対をしなければなりませんので」
そういう姿勢で、ディスペア王都の軟禁をやり過ごすという腹積もりなのだろう。
それはつまり――
「ここでもうウィローとセレナとお別れって事か?」
それは子どものような拗ねた口調に聞こえたかもしれない。
けれど元の世界の分を合わせたって二十歳に満たない人生経験だ。
そこは勘弁してほしい。
――そして出来るなら、ウィローとセレナと冒険を続けていたい。
二人から学べることはまだ多くあるだろうし、単純に、嘘偽りなく言えば、二人と別れたくないのだ。
「ま、一時的にな」
諦めたような口調でウィローは言う。
「あくまで一時的にだ。まだ天空龍の山の攻略だって終わってないし、何より俺は将来的なお前のラーメン店の経営者でもある。リヴィングストン家の人間は金蔓をそう簡単には逃がさないからな」
そう嘯くウィローのどこまでが本心なのか。
俺には分からず、目線がテーブルの上に落ちる。
けれど、ウィローとセレナとはここでお別れ――それが決定的であることばかりが重くのしかかってくるようだった。
「嫌にゃあ! アビィは、アビィも、ウィローとセレナと別れたくないにゃあ!」
猫耳をぴんと張って、アビィは言う。
「アビィには政治とかよく分からないにゃあ! 二人が一緒に来れない理由も分かんないにゃあ……!」
今にも泣き出しそうなアビィを見て、ここが自分の堪えどころだと自覚する。
二人は、俺たちにとって最良の選択を選んでくれた結果、残るといっているのだ。
それを理解している自分までもが、感情のままに物を言ってしまっては、二人に申し訳がない。
アビィの頭をくしゃりとなでてやり、俺は意を固めた。
「一つだけ聞きたいんだけど、ウィローは分かってたのか? 風車の件に関わったらこうなるって」
「半々だな。ジェイクがどこまで知っているのかも俺は知らないし、どの道アグニス殿経由で俺が『知っている』というのはばれる。あの人は嘘がつけないからな。なんで、風車の件 如何に関わらず、いずれは王都で軟禁は確定だとは思ってた。ちょっと早かったけどな」
「じゃあ、例えば最初からイズーでダンジョンアタックをするとか、そういう王都に手出しできない状況にすれば良かったんじゃ」
言っても詮無い話ではあったが、聞かずにはいられなかった。
「イズーに行けないのはトリスタンだけで、本気で追おうと思えばいくらでも方法はある。手出しできないとすれば東のパイロンだが、あそこはちょっと危なすぎる。ダンジョンもほとんどないしな」
ああそうだ――と、いま思い出したように、ウィローはパイロン出身であるアイリスに話を向ける。
「アイリス卿はどうするんだ? 騎士の地位を追われ、故郷のパイロンに帰るのか?」
「それは――」
アイリスが口ごもる。
「トリスタン殿の沙汰を待とうと……思ってますが」
「特にあてがないんだったら、このままヤスタカに着いてってやってくれないか? 二人は世間知らずでな。旅慣れてるアイリス卿が一緒なら安心だし、何ならあんたがディスペア領にいない方が上手く事が運ぶ可能性が高い」
ウィローの提案に、アイリスがちらりとこちらを見る。
「ええ――確かに、頼りなさそうな御仁ではありますが」
「アビィこの女嫌にゃあ、セレナがいいにゃあ!」
「こら、失礼なこと言うな」
俺は慌ててアビィをたしなめた。
確かに嫌みな女だと思わなくはないが、かと言って面と向かってそんなこと言ってはいけない。
それに、エルフの国イズーの常識は人間の常識とは異なっていると聞いた。
世慣れないエルフと亜人が何の準備もなく行くよりは、旅慣れた人間が一緒の方が幾分心強い。
――何より、ウィローが『うまく事が運ぶ可能性が高い』と言った。
その腹のうちを読めるわけではないが、そうであるならば、そうした方がいいと思ったのだ。
俺たちに着いてくる来ないを別としても。
「まったく愉快な旅の仲間ですね――うまくやっていけるでしょうか?」
アイリスの方はあっさりと俺たちに着いてくると決めたようで、挑戦的な目でこちらを見ていた。
アイリスのその黒い目を見ていると、昨日の闘技場での一件を思い出し、内功の半分以上を、それこそ簒奪したことへの申し訳なさが募る。
「お手柔らかに、頼むよ」
何かしら気の利いたことを言い返せればよかったのだが、結局ため息混じりにそう返すことしかできなかった。
年1更新になってしまいました。他作品を書いたり賞に応募してみたり色々やっては見ましたがどうも手ごたえが感じられない……。
それでも読んでくださっている方、本当にありがとうございます。
未更新の間もちょくちょく読んでくださっている方がいたようで……申し訳なさもありますが。




