22話・風車の巨人
まるで世界を持ち上げたヘラクレスのような力が出ている――と我ながら思った。
巨人は13体いるものの、小粒のような人間とエルフの二つの存在に対して数と質量が過剰であり、攻撃するという意思しかない影は攻めあぐねているようだった。
一体が俺たちを踏み潰しにかかっていても、他の12体はそれを傍観しているようにしか見えない。
一体の足を両腕を交差させ受けたものの、これが二体、三体と重なれば持たない。
それに気づかれるよりも速く――
「ウィロー!」
俺が声をかけるまでもなく、ウィローは影絵の巨人の体を駆け上がっていた。
周りの巨人がウィローを握りつぶそうと手を伸ばすが、あの達人がそうやすやすと捕まるはずもない。
逆に指先を斬り払っているようで、いくつかの黒い塊がずしんと地響きを立てて落ちてくる。
そして間も無く、ひときわ大きな地響きがして、巨人の頭部が落ちてきた。
「まず一体――ヤスタカ! 大丈夫か!?」
大声で確認してくるウィロー。
大丈夫は大丈夫なのだが――頭部が落ちてきたにもかかわらず、巨人の踏みつぶさんとする圧力が消えない。
影絵の騎士や大男のようにすぐさま消えてなくなるわけではないらしい。
いつまでもこのままの態勢でいるわけにもいかず、氣の消費は激しくなるが、頸力で影の足と俺の腕の間に氣の層を作り、すべるように抜け出した。
俺がいなくなった途端に地割れが起こるほどの巨人の踏み付けが為される。
あんなものよく受け止めていたものだと、我ながら感心するが、そう何度もできることではない。
脱出した俺を足で踏み付け、あるいは握りつぶそうとする巨人の手を軽身功で徹底的に躱した。
「こっちは大丈――夫!?」
ウィローに答えようと先ほど踏みつぶされかかっていた巨人に目を向ける――と、とんでもない光景が映った。
ウィローが跳ね飛ばしたであろう首がまた生えて来ていた。
巨人の肩を足場に、その他の巨人の手を斬り払うウィローはそのことに気づいていない。
顔が黒く塗りつぶされ目すらないというのに、巨人はご丁寧に顔をウィローの方に向けて、肩を揺さぶりながらその手を伸ばした。
「ウィロー、首が復活してる! そいつはまだ倒せていない!」
元より消え去ると確信していた足場だから、揺さぶられてもウィローの態勢は崩れなかった。
しかし首を落としても復活するのには意表をつかれたようで、一瞬隙ができる。
致命的な一瞬。
伸ばされた腕がウィローを掴み取る――と同時に、斬撃が巨人の五指を吹き飛ばす。
しかし虚を突かれたウィローは他の巨人に対処しきれず、振り払う様な巨人の腕の一撃をもろに喰らってしまう。
「ガ……ッ!」
まるで虫を払う様な挙動のそれを受けたウィローは、あっけなく空中に投げ出される。
ウィローが攻撃を受けたのを見たのは初めてだった。それも、血を吐くほどの重い一撃を。
「――ウィローッ!」
たまらず落下地点まで駆け寄り、すんでのところで受け止めた。
ウィローは喀血しているものの、意識はあるようだった。すぐさま自分の足で立つと、ポーションを口の中の血と一緒に飲み干した。
「すまんドジった。――ここは影の巨人を安定させるのに特化した異界らしい。表にいた不安定な影の騎士どもは良い撒き餌だな」
まだ回復しきっていないだろう身体で、ウィローは巨人の攻撃を避けながら言った。
「確かに、表の影絵の騎士たちは弱すぎたよな。それこそ魔王領の幹部の仕事とは思えないくらいに。餌と言うのは言えてるかもっ!」
言いながら、巨人の体に飛びつき降魔四十八神掌・南天で足を吹き飛ばす。
片足のなくなった巨人はそのまま倒れ、派手な地響きを立てるものの、やはり時間が立つと復活してくる。
「表の影絵の騎士を餌に外敵を異界に引きずり込んで確実に殺す――どうしたもんかね。全く骨が折れる――いや、比喩になってないか」
じり貧になってきて、ウィローは全く笑えない冗談を言ってくれる。
実際、どうしたものか――。
「二人で転移石を使っていったん立て直すとか?」
「名案だが、転移の魔術石が起動しない。どうも遮断されてるらしいな」
ウィローはいつの間にか出していた手の中で小さく光る魔術石を放り投げた。
石はころころと転がるとやがて輝きを失い、巨人に踏みつぶされ、地割れと共に地中深く消えてしまった。
「打つ手なし――だ。ヤスタカ、いっそ<食い意地>で巨人を食えないか?」
「この物量は……どうかなぁ」
しかし試してみるしか道はない。
避けながら<魂喰い>を起動させ、影を巻きとり結晶化させるが、口に入ったのは僅かな量。
復活しているのかしていないのかさえ分からないほど微細だった。
「――期待に沿えず申し訳ない」
「まあしょうがない――っと!」
ウィローが巨人の腕をよけきれずに刀で両断する。
鮮やかなものだったが――いずれ生えてくるので意味がない。
落ちた腕を<魂喰い>で食べてみたものの、やはり復活はさけられない。
(――たわけが。何を非効率なことをしておる)
昨日の晩聞こえた女の幻聴が再び聞こえてきた。
よっぽど俺は切迫しているらしい。こんな時に幻聴を聞くなんて。
(おい――無視をするな。いい加減見飽きた。さっさと終いにせんか)
(それが出来ないから困ってるんだよ――!)
と、幻聴に心の中で怒鳴りつける。
(出来んわけがなかろう。神の加護すら喰らう<魂喰い>が、こんなちんけな異界一つ飲みこめないわけがない――)
幻聴が返事をした――どころか、アドバイスまでくれた。
頭がどうかしたようだ、というわけでもないのか。
前に宝箱の中身の再来を防ぐために、ベルゼバブに<ディアン・ケヒトの加護>を物質化してもらい、そして食べたことがあった。
結果、宝箱から加護は消え、中身が再来することはなくなったが――それと同じことができるとするならば。
「ウィロー、ちょっと俺の体守っててくれ」
「ん? いいぞ。何やるのか知らないけど」
軽い調子でウィローは答えたが、行動は苛烈だった。
地面に手を付けてその場を動かない俺に迫る巨人の手足を、片端から斬り払ってくれる。
だが万全でも長く持たないだろうその行動は、ダメージを負った今ではなおのこと辛いだろう。
だから懸命に探す。加護に値する、この異界を形成している、マモンの力の流れを。
だがどうやったらいいか。何をしたらいいか。
考えている暇はない。必要なものを、とにかく揃えなけなければ。
そのために、
――この異界の成分を、分析する。
そう考えればしっくりと来た。
調理スキルの目利きのように、何がどうやって作られているのか紐解き、その核となる部分を見定める。
その核を抽出し、必要な部分だけを切り取る感覚。
それさえ掴めれば、後は出来る――出来て当然なのだ。何故当然なのかは分からないが、驚くほどその作業は俺に馴染んだ。
考えるよりも先に処理が進んでいる。頭が追い付いていない。けれど、確実に形になっている。
――そうやって、手の中に丸い粒を現出させた。
その間の荒れ狂う嵐のような巨人の攻撃はまるで俺まで届かなかった。
俺を守ってくれているウィローの体はまるで二つにも三つにもなっているような幻視すらするほどだった。
そのお蔭で――この異界を形成する核となっていた<マモンの呪印>の物質化に成功した。
「出来た――ウィロー、守ってくれて、ありがとう」
(おい、ワシに礼はないのか――)
(ああ、はい。どうも)
一応幻聴にも愛想を言って、丸い粒として物質化した<マモンの呪印>をかみ砕く。
それは加護を失っても最後の宝箱の中身が無くならなかった<ディアン・ケヒトの加護>よりもずっと安物だったらしい。
突如として影絵の巨人の動きが止まり、再び魔力が流転する。
この異界と言う奴は核が無ければ維持ができないのだろう。
分析とは言ったものの、これがどういったものなのか頭ではやっぱり意味不明だ。
専門家の話とやらを聞いてみたいくらい。
現実世界に戻った俺はセレナの顔を見て、まずそう思ったのだった。