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エルフ食神伝  作者: 秋野なのか
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1話・エルフに転生

 目が覚めると木漏れ日溢れる森の中にいた。

 あれ、病院じゃないのか?

 ダンプが突っ込んできたところまでは何となく覚えているけど……。

 潰されたはずが、体の痛みも全くないし。


 ……なんだろうな、この状況は。

 いきなり森に放り出されているとは。


 それにしても時間がずいぶん経っているな。

 腕時計で時間を確認しようとしたが、腕には何にもつけていなかった。

 それどころか、もともと細かった腕がさらに細く、さらには透き通るほど白くなっている。


 なんだこりゃ。


 腕時計の代わりではないが、右手の先に何やらちかちかと光っているのに気づき、それに触れてみる。


 <ステータスウインドウを開きます>


 頭の中に機械的な音声が響く。ゲームの世界? そんなわけが……。

 と思っていると、目の前に半透明のウインドウが展開され、ステータスなるものが表示された。


 <現在のステータス>


名前:ヤスタカ 種族:エルフ 所持金:0G0S0C 場所:フィンの森

装備:布の服 所持品:なし

ステータス 体力:G(1) 魔力:F(11) 筋力:G(1) 耐久力:G(1) 素早さ:G(3)

スキル <食い意地Lv1>


 ヤスタカは俺の名前だ。そこはオッケーだ。うん。

 けど、エルフってなんだ? ファンタジー世界の魔法とか使ったりする奴らだろう?

 俺は人間で今日からラーメン屋の親父で――ふと、耳に手をやってみると異様に尖っていた。


「ええっ!?」


 人間の耳ではありえないほどの長さと尖りよう。

 顔をべたべた触ってみると、元の顔よりも細面になっているような気がする。


「鏡――はこんなところに無いだろうから、どっか水辺を」


 草を踏み分けながら、大慌てで水辺を探した。

 今の自分がどうなっているのか。そもそも、今の状況がどうなっているのか。

 誰が俺をここに連れてきたのかは知らないが、せめてガイドくらい付けてくれ!


 ほどなくして流れの緩やかな川を見つけた。

 自分の姿を映してみると、元の俺とは似ても似つかない、金色の長い髪に尖った耳、肌は白く、目は猛禽類のように鋭く青い。

 

「はあ……?」


 日本人離れした容姿に、疑問符しか沸いてこなかった。

 種族:エルフだったか? それそのものじゃないか。


 夢じゃないのか? と頬を抓ってみると、普通に痛い。

 

「いや、おい、これって」


 格闘技に明け暮れていたからその手の物には疎いが、暇つぶしにファンタジー小説を読み齧ったことくらいはある。


「俺、本当にエルフになってね?」

 

 いやいやおかしいだろう。

 地球上にはエルフなんて生き物は存在しないんですが。


 と言うかここ、地球であってるよな?


 情報が欲しい。現状を把握するための情報が。

 そのためにも森を出て人のいるところまで行かなくては。


 しかし、ここは水辺で、水を求めて他の生き物もやって来るわけで。


「ぶしゅるるるる……!」


 川を挟んだ対岸から、下顎から牙の生えた白いイノシシがこちらに狙いを定めていた。

 

 うっすらとイノシシの頭に名前とレベルが浮かんでいた。


 <呪われたイノシシLv30>


 確認し終わったらそれはすぐさま消えた。

 よく分からないけど、便利な機能だな。


「というかいきなり凶暴な生き物とエンカウント!?」


 死ぬって! こちとら熊を素手で殴り殺した空手家どころか貧相なエルフなんだぞ!


 こういうときは目を合わせながら後ずさるのが一番いいらしいが、そんな余裕もなく後ろを向いて一目散に逃げだした。

 木の根に足を取られそうになるが、それでも足は止めない。全力で逃げる。

 

「ぶおおおおおおおおおおおっ!」


 咆哮とともにイノシシが突進してくるも、流れが緩やかとは言え間に川がある以上、そう追ってこられるものではない。

 しばらく走り続け、完全に息が切れたころにはイノシシの咆哮は全く聞こえなくなっていた。

 何とか逃げ切ったはいいが、余計に現在位置が分からなくなってしまった。

 それに走ってのどが渇いたし……何より腹が減った。


 そう言えばさっきのステータスのスキルの所に<食い意地Lv1>とあったな。

 だから余計に腹が減ってるのだろうか。


 しかし何も食べるものは持っていないし、木々は青々としているものの、木の実の類は見当たらない。


「日本は戦時中木の根をかじって生きながらえたという話を聞いたことがあるけど……」


 大きな木を前にして、ごくりと唾を飲み込む。

 この木を食べるしかないのか――。


 と思った瞬間、緑色の禿げた二足歩行の生き物が不意打ちで躍りかかって来た。

 

「うわっ!」


 エルフになる前に鍛えた反射神経は未だ健在だったようで、それを感知すると同時に体が避けていた。


「キキッ! キキッ!」


 そいつは出っ歯をむき出しにして悔しがっているようだった。

 先ほどのイノシシと同じ要領で名前とレベルを確認すると、


 <はぐれゴブリンLv1>


 と出る。ああ、これが噂に名高いゴブリンか……。

 そりゃいるかもしれないな……なんせ俺エルフだもの。


 持っている得物はただの木の棒だし、レベルも低い。

 お腹の虫は鳴りやまないが、このくらいなら簡単に追っ払えるんじゃないか?


 再び木の棒を振り回してくるゴブリンに対して、カウンター気味にミドルキックを当てる。


「ふっ!」


 ゴブリンの身長は俺の半分くらいで、ただのミドルキックが頭に当たる。

 ただの人間相手なら失神ものだが、さすがゴブリン、びくともしない。

 木の棒をステップでかわして、もう一回、二回と蹴るが、堪える様子がない。


「あれ、ひょっとして……」


 先ほどのステータスを思い出す。筋力Gの1。最低レベルだ。

 本当に効いてないのでは?


 いや、でも素早さGの3である俺のフットワークで相手の攻撃はかわせるのだ。

 弱い相手であることは間違いがない。

 小さなダメージでも、入っていないわけがない。


「なら倒れるまでひたすら蹴り続ける!」


「キーッ!」


 合計15回ほど蹴って、ようやくゴブリンの挙動が弱弱しくなった。


「ぜえ……ぜえ……ほら……俺の方が、強いだろ? だからとっととどこへでも行っちまえよ」


 息を整えながらシッシと追い払う仕草をした――が、なおもゴブリンは木の棒を振り上げて襲ってくるので、反射的に蹴ってしまった。


「あ……」


 ゴブリンはその場に倒れると、黒い粒子を上げて消えてしまった。

 うっかりでゴブリンを倒してしまったようだ。

 しかし襲ってきたのは向こうで、逃がそうと思っても襲ってきたのだから気に病むことも無かった。

 それよりも後に残った――緑色の一塊の肉。


 <ゴブリンの肉>


 そんな名前がついていた。

 これ食えるのかな……? しかし、こうも腹が減っては食べる以外の選択肢は無い。

 

「焼けば食える! なに物も!」


 俺の<食い意地Lv1>が発動していたに違いない。いや、どんな効果かは知らないけど。

 頭に血が上ったように木の枝をかき集めて、ついでに見つけた水辺でのどを潤した。

 先ほどのイノシシのような生き物と遭遇しないか心配だったが、体を動かした後の水と言うのはやはり格別だった。

 持ち運ぶための容器がないのが惜しかったが、水辺は危険だと先ほど身をもって知ったので、断腸の思いでそこを離れて、見通しのいいところで火をおこす作業に入った。


「うおおおおおおおおおっ!」


 木を擦り、摩擦で火をおこす。

 簡単なようだが難しい。というより、本来は専用の器具を使ってまず火種を作るのだが、そんなものは持っていないし、根性で火を起こすしかない。

 しかしエルフって魔法使いなイメージなんだから火の呪文くらい覚えててくれても罰は当たらないのにな……。

 

 やがて煙が上がって来た。為せば成るものだ。

 本格的に火が着き始めたので、集めた木の枝を放り込み、大きな炎にする。

 そして木の棒にさした300グラムほどのゴブリンの肉をあぶる。


 緑色のおどろおどろしい色をしていたが、焼くとさらに奇妙な紫色に変化した。

 どう見ても毒物だこれ。


 しかし一度沸いた食欲は止められず、こんがりと焼きあがった瞬間、俺はそれにかじりついた。


「―――ッ!」


 旨い! 酷い見た目をしているが、歯ごたえはきちんと焼いた肉の弾力がある。

 味は鶏肉――ブロイラーではなく、野生の鳥を思わせる野趣溢れる滋味があった。

 

 もしゃもしゃと時と状況を忘れて、俺はそれを食らいつくした。

 先ほどのステータスの画面がピコンと音を立てて広がり、


 <魔力>UP! スキル<食い意地>UP!


 と表示される。先ほど頑張ってゴブリンを蹴り倒したのに筋力は上がらないのか。さすがエルフ。

 使い道のない魔力が上がってもな……とにかく早く人里に降りよう。


「――火事かと思ってきてみたら、はぐれエルフかしら?」


 いきなり女の声がした。全く気配が感じられなかったどころか、声の出どころさえ分からない。


「誰だッ!」


 構えを取って警戒する。化け物の跋扈する森の中だ。人間の声相手でも安易に信用できない。


「ふん……エルフのくせに武道の心得があるのかしら。ともかく、森の中なんだから火の始末はきちんとしなさいな」


 先ほどゴブリンの肉を炙っていた焚火の方を見ると、白装束を身にまとった女性が火を踏み潰して消火しているところだった。

 確かに、肉に気取られて火のことをすっかり失念していた。


「ごめん……いや、すいませんでした」


 女性は元の俺の年齢、18歳よりはよりは4,5歳年上に見えた。

 エルフとしてのこの体が何歳かは分からないが、少なくとも敬語を使った方がいい気がした。

 

 頭を下げる俺を見て、女性は目を丸くした。


「傲慢なエルフが人間ごときに頭を下げるとはね」


 元人間なんだけどな……というか、エルフを見ても驚かないってことは、ここは俺の知らない未開の地なのか?

 異世界――と言う単語が頭をよぎる。しかし、そんな事を口にしても頭のおかしいエルフだと思われやしないか?

 いや、実際わけが分からなくて頭がおかしくなりそうなんだが。

 なので、折衷案として、何もわからないエルフになることにした


「いや、実は記憶喪失で……俺はやっぱりエルフなんですね?」


「透き通るように白い肌、尖った耳、切れ長の顔。どこを見てもエルフだね。で、記憶喪失か……そのわりには構えが堂にいってたけど?」


「記憶を失う前に何か武術をやってたのかも……すいません、よく覚えてなくて、体が勝手に」


「魔術一辺倒のエルフがねえ。まあ、近くに私のいおりがあるから寄っていきな。私はシュエメイ。東の出身――と言っても、記憶喪失じゃ言ってもあまり意味がないか。あんた自分の名前は分かる?」


「はい、ヤスタカです」


 と答えると、シュエメイもぷっと噴き出して言う。


「なんだい、あんたも変な名前だね」


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