18話・決闘準備とギルド会館
今更ながら、リヴィングストン家と言うのは物凄い貴族なのだと気づかされる。
アイリスとの決闘の朝、四人で使うには広すぎるダイニングで、俺は改めてそう思った。
別荘でこの規模の大きさなのだから、本宅は一体どれほどの大きさなのか。
セレナは朝食の給仕のため席にはついていないから、三人で使う広いテーブルは殺風景なほどだった。
朝食はスクランブルエッグにトースト、そして濃い牛乳と元の世界にいたころとさして変わらないメニューだ。
俺はようやく慣れてきたナイフとフォークでの食事の合間に、昨日聞きそびれていたことをウィローに聞いてみた。
「決闘場所はトレドの訓練場って所だったけど、訓練場って?」
「冒険者ギルドの訓練場だよ。冒険者ギルドとは縁がなかったからな、知らなくても無理ないか。ギルドのある街なら、会館に訓練するスペースがあるんだよ」
眠たげな眼をでトーストを齧りながらウィローは答える。
「冒険者ギルドって、俺たちも冒険者だろう? 縁が無くて大丈夫なのか?」
「大丈夫なんだよ。そりゃギルドに登録すりゃ仕事を斡旋してもらえるし、ドロップ品の換金もしてくれるんだけどさ」
「それだったらアビィたちも登録した方がいいんじゃないかにゃ?」
牛乳で口の上に白いひげを作りながら、アビィが聞いた。
それをハンカチで優しく拭いながら、セレナが言う。
「将来的には登録したほうがいいのでしょうが――リヴィングストン家がの後援があるうちは不要と思われます」
「そう。金のために冒険してるでもなし、ドロップ品の換金もリヴィングストン家傘下の商会の証書見せれば直接店に卸せるしな。その方がいちいち書類を書く面倒も無ければ、ギルドへの手数料の計算もいらないし、いいことづくめだろ?」
金のために冒険してるわけでもなし――と言うのは凄いセリフだと思ったが、ウィローにとって冒険とはやはり道楽なのだろう。
しかし、今までドロップ品の換金および、冒険資金はウィローとセレナに任せていたが、ここまでリヴィングストン家の威光の世話になりっぱなしだと頭が下がる。
さらに、追い打ちをかけるがごとく、ウィローがセレナに指示をして、一着の服と腕輪を持ってこさせる。
「後でもいいと思ってたけど、ちょうどいいんで今渡しておく。パイロンの武術家の服と、掘り出し物だって言うからついでに買ったパイロンの腕輪、決闘に着て行けよ」
それは元の世界で言うところの表演服――テレビで見る中国拳士がよく着ているものとよく似た斜め襟の黄色い上着に、同じ色のカンフーパンツ。
龍の刺繍が施されているそれは、明らかに上等な絹で作られたもので、今までのドロップ品を換金したお金と、この服の代金とが釣り合っているのか不安になるほどの一品だった。
さらについでのように買ってきたという白蛇を模した腕輪は俺の知識に無いものでできており、セレナが言うには、
「恐らく、ディスペアで出土したオリハルコンをイズーで加工し、さらにパイロンで彫ったものかと」
ということだったが、世界を回って作られたこの白蛇の腕輪が、安値では買えないことは想像に難くない。
どう考えても、俺たちのパーティー資金ではなく、リヴィングストン家、あるいはウィローたちのポケットマネーから代金が出ているのだろう。
「いいのかこんな……高そうなもの」
面くらってしまって、うまく言葉が出てこない。
「いいっていいって。四層攻略用に魔法障壁効果のある服を前々から注文はしてあったんだけど、今日間に合ってよかったよ。晴れの決闘だ。いつもの布の服じゃ侘しいだろ」
何でもないことのように言いながら、牛乳をごくごく飲むウィロー。
「世話になりっぱなしだな、俺」
「だから気にすんなって。ヤスタカにゃ将来ラーメンでがっつり稼いでもらうからな。今のうちに恩を売っておくんだよ」
「リヴィングストン家の傘下でか?」
「もちろん。こっちの取り分は良心的だから安心して働けること請け合い」
それも悪くない……というか、今回の事に限らず、そうでもして返さねばならないくらいの借りはある。
けれどそれは俺が世界最強になった後の話だから、出世払いという事で受けた恩はありがたく頂戴することにした。
そしてその日の昼。
早速黄色の表演服――武道着を着用し、白蛇の腕輪をつけた俺は、トレドのギルド会館の前にいた。
ウィローたちは先に見物席に陣取るという事で、自分のペースでしっかり準備を済ませた。
武道着はウィローが言っていた通り魔術耐性があり、何より軽くて動きやすい。
白蛇の腕輪には魅了耐性と、ステータスの底上げの効果があるようだった。
素手で戦う俺にとって防具こそが肝要なのに、今まで気を配ってこなかったことを悔やむくらい、今までの布の服のみの装備とは気分からして違っていた。
多少格上でも負ける気はしない――そう思いながら、ギルド会館の扉をくぐる。
途端に聞こえてくる男の荒い声。
「何で風車の悪魔の討伐依頼が出来ねえんだよ!」
男は昼間から酔っぱらっているようだった。
農夫のような恰好をしているので、冒険者ではなく依頼者なのだろう。
この街にいるもののほとんどは、暗い顔をしているか、酒で憂さを晴らしているか、そのどちらかだった。
男は後者で――受付嬢らしい若いギルド職員の女性を困らせていた。
「ですから、うちの規模のギルドでは脅威度60を超える案件は受け付けられないんですよ。ディスペア王都に掛け合っていますから、もうしばらくお待ちください……」
「昨日もそう言ってたじゃねえか! 畜生、小麦を大量に粉にできねえとうちみたいな安値で売ってるところは食ってけねえんだよ。おい、どうしろっていうんだよ……」
男は力を失くしたように、ふらふらと外へ出ていく。
……王都に掛け合っても、返事は帰ってこないだろう。
何せ事態の黙認を命じているのだ。
このギルドは国に騎士団の派遣を要請しているのかもしれない。
それとも、「うちの規模」と言うからには、何らかのギルドの格付けがあって、他の大規模なギルドから冒険者の派遣を希望している可能性もあるだろう。
でも、現状それらは望めない。
人間と魔物の都合で、風車は小麦粉をひくことは出来ない
勝たねばならない理由が、一つ増えてしまった。