16話・目を覚ました
瞬きをするように目を閉じたつもりだったが、そのまま眠ってしまっていたらしい。
目を開けると、後頭部に柔らかな感触と、目の前には俺をのぞき込んでいるアビィの顔があった。
「にゃあ! ウィロー、ヤスタカが起きたにゃあ!」
アビィが飛び上がってどこかにいるウィローに報告したようだ。
視界からアビィが消えて、代わりにセレナの無表情が現れた。
指で優しく髪を梳いてくれる感触があった――どうやら、セレナに膝枕されていたらしい。
「ご気分はいかがですか?」
「あ、ああ、大丈夫……!」
若干ドキドキしながら飛び上がる。
恥ずかしながら元の世界のころから、母親以外にこんなことをしてもらったことは無い。
セレナのような美人に膝枕されていたという事実は、俺を大いに赤面させた。
「おう、もう昼だぞ。生活リズム崩すと治すのしんどいぞ~」
ウィローが何でもない顔をしながら言った。
そんなに寝てたのか。いや、まず勝手に夜の山に登ったスタンドプレーを謝るべきか?
赤面から一転、俺は深刻な顔をしたのだろう。
それを察してウィローが先んじて言う。
「まあそんな顔すんなよ。それよりセレナの膝枕はどうだった? 普段メイド服で隠れてるけど、結構肉付き良いからな。んん? 感想を聞かせてくれたまへ」
「ウィロー様」
セレナの声に僅かに怒気が混じる。
当然今まで見る機会は無かったが、美人でしかもスタイルもいいとか。
これで溌剌とした性格であれば男が放っておかないだろうに。
後頭部に柔らかな感触の記憶が蘇って、思わず女性としてのセレナを意識してしまいそうになる。
いかんいかん、セレナは旅の仲間だ。努めて俺は後頭部の記憶を消そうと頭を振った。
その間にも、セレナは杖を持ちゆらりとウィローに何がしかの攻撃を加えようとしていた。
御付のメイドとしてそれは良いのか。
しかし、ウィローはそのこと自体を咎める様子はなく、素直に茶化したことを詫びた。
「すまん、怒るな。冗談だよ……。それよりヤスタカ、一晩――いや、昨日一日で随分強くなったみたいだな」
話題が一変して、俺の強さの話になる。
ステータス画面を見せてもいないのに、さすがにウィローの鑑識眼は鋭い。
「そうなんだよ。ウィロー、聞いてくれ。ステータスが……」
俺がついに魔力がAを突破したことを言おうとすると、ウィローが遮るように首を振った。
「強くなったみたいだけど――ステにこだわってるようじゃまだまだ。前に俺のステータス見せた時も言ったと思うが、ステータス何て飾りなんだよ。見りゃあ分かるものを数字にしてどうすんだよ。それより、ヤスタカは貧弱なエルフの姿のくせにそれなりの武闘家である自分の強みを、認識すべきだと思う」
そんなこと言ってただろうか。……言われてみれば、そんな風なことを言われた気もするし、確かにウィローは自分のステータスを重要視していなかったのは覚えている。
体感時間にしてつい先ほど、俺は筋骨隆々のミノタウロスのハイキックを難なく受け、素手の一撃でそいつを葬った――それで見た目は貧弱なエルフなのだ。確かに、そのイメージの乖離は、ウィローのような優れた鑑識眼を持つもの以外には有効に働くのかもしれない。
「一昨日、お前が握手しただけで膝を付かされたアイリス、覚えてるよな? あいつなんていいとこオールCってステだぞ。ステータスの比べっこだけなら、そこまでの差は無かったはずだろう?」
「……要は、ステータスに依らない腕を磨けと」
「ま、個人的な意見だけどな。ステータスばっかり気にしてても、良いことないぞと言いたかっただけだ」
それは俺も思っていたことでもある。
俺はスキルの性質上、食えば喰うほどステータスは伸びる。
しかも上限は取っ払ってあるという――無限に強くなれるという事だ。
しかし、それで世界最強になれるかと言うと、それは違うと思う。
アイリスのステータスは今初めて知ったが、オールCというのは、はっきり言って並程度の強さだ。それで、ディスペア騎士団上位の強さを誇っているのは、内功を初めとした自身の腕を磨いたからに他ならないだろう。
俺もステータスより、技を磨くことを重視したい。
ある程度のスペックは必要だろうから、今後も喰うことは止めることは無いが、それで一喜一憂するのは、世界最強を目指すのには不必要なメンタルだと、俺はそう思った。
「でもあれだな。夜中に一人で修行! 熱いなあヤスタカ。俺そういうの好きだよ」
ウィローが空気を変えるようにおどけた口調で言った。
セレナも僅かに口角を上げて、本人的には精いっぱい微笑んでいるような表情で頷いた。
「私も、ヤスタカ様のそう言った部分はとても好ましいと思います」
「ヤスタカが強くなったおかげで、アビィもちょっと強くなったにゃあ」
人がステータスを気にしないでおこうと心に決めたというのに、アビィはステータスを見せつけてきた。
確かに全体的にが上がっている。
<共有配分:ヤスタカ>のスキルにより、俺が強くなれば連動してアビィの能力も底上げされるというものだったらしい。
「にゃしし、これからも役に立つにゃあ」
嬉しそうに言うアビィの頭をくしゃりと撫でてやった。
「これからもよろしくな」
とりあえず、スタートは遅れたが、俺たちは二層に向かうことにした。
俺の休憩が長すぎたおかげで、二層を制覇しきれなかったが、俺とアビィの成長もあり、道中苦戦することは無かった。
ウィローが言うには、この分なら三層までは余裕で突破できるとの事だ。
確かに、侮るのは良くないが、最初に山に足を踏み入れた時ほどのプレッシャーはもはやない。
二層になってやや敵のレベルは上がったが、それでも難なく倒すことができたのだ。
そのことを自信に変え、そしてしっかりとドロップ品の収穫を得て、その日の天空龍の山の攻略を終えたのだった。




