15話・今の実力とさらに増える謎のスキル
洞窟に入った瞬間入口が土の壁に変わり、一度入ったら引き返せないようになっているようだ。
まあ、出る気もないのだが。
俺の頭の上に浮かんでいた光の魔術石は相変わらず周囲を照らしていた。
しかし、ワ―キャットの洞窟と同じく壁自体が発光しているので、もう光源は不要と思い、道具袋にしまった。
細い道をしばらく進む。
曲がり角も分かれ道もない一本道だ。
土を踏みしめるじゃりじゃりと言う音が、内功を限界以上に経脈に通しているが故の神経の痛みに障った。
だが、ゴールするまで内功は維持する。
これもまた修行なのだ。最期まで完遂しなければ意味がない。
やがて道が広くなったかと思うと、大きな広間に出た。
中央には台座があり、その上に転移の魔術石らしいものが乗っている。
その前に<ロー・ミノタウロス>というモンスターが魔術石を守るようにして立っていた。
人型のモンスターだ。腰巻だけ付けた筋骨隆々の男性。頭には牛のものと思しき骸骨を被っている。
そしてその手には身の丈を大きく超える両刃のバトルアクスが握られていた。
何より気になるのが、レベル表記がないという事だ。
「やっと来たか」
低く重い声が辺りに響くように聞こえた。
ミノタウロスの声だろう。
「仲間と一緒だと思っていたが、まあいい。ベルゼバブからの伝言がある」
やはりベルゼバブの関係するモンスターだったのか。
レベル表記の有無で伝えてくるのは非常に分かりにくいのだが……何か意図があるのだろうか。
「伝言はなんだ?」
「簡潔に言うぞ、風車の件は貪欲の悪魔の暴走なので、出来ればお前たちの手で解決してほしいそうだ。そしてお前、<魂食い>は覚えたのか?」
「風車の件はどの道関わるつもりだ。<魂食い>はついさっき覚えた」
「それなら都合がいい――覚えていなければ見逃せという話だったが、これで殺せる」
ざり、と裸足が土を蹴る音が聞こえて、同時にミノタウロスが目の前にいる。
俺の目と、骸骨の向こう側の赤い目が合う――が、気を取られてはならない。相手の武器は今どこにある? バトルアクスが振り下ろされているのを確認する暇もない。
とっさに転がってその場を離れた。
誰もいない空間を、抉るような速度でバトルアクスが弧を描いていた。
あのまま突っ立っていたら大けがでは済まなかっただろう。
「ちなみに――この一層の本当の守護者は<レッドキャップ・オークLv120>が三体だったんだが、邪魔なんで先に片付けておいてやったよ。感謝してくれよな」
原始的な見た目に関わらず、随分話し好きのようだ。
しかしこちらは内功を巡らせる痛みで話しどころではない。
が、自分を鼓舞するために、言い返した。
「そりゃどうも。本当にあんたはここに伝言に来ただけなんだな。なら、こっちも安心して殺せる」
こいつがそれを知っているかは分からないが、アビィの時のような展開にはならないという事だ。
喋る相手に対する殺害の忌避感は、少なくとも今のテンションでは持ち合わせていない。
強くなりたいのだ。まるで燻っていたものが猛火に変わったように、俺の中でその気持ちが強くなっている。
「お前を倒して、喰らう。そのことに、何の異存もない――」
軽身功で相手の側面に立ち、降魔四十八神掌・鶏頭を打ち込む。
目標はミノタウロスではなく、その手に持つバトルアクス。
「ちぃっ」
ミノタウロスが舌打ちする。
意表をついて相手ではなく武器破壊を狙っていたことが功を奏したのか、ミノタウロスがバックステップで逃れようとする頃には、すでにもう俺の四指はバトルアクスの刃の側面を貫いていた。
ありったけの頸力のこめられたその攻撃は、刃の部分だけでなく、武器そのものを粉々にした。
「――武器が無くなったけど、まだやるか?」
俺は一応尋ねた。牛の骸骨に隠れてミノタウロスの顔は見えないが、もしもこれで心が折れたようであれば、一瞬で楽にしてやれる。
しかしミノタウロスは意に介さぬように、ハッと笑った。
「くそ重てえ斧をぶっ壊してくれてありがとうと言いてえくらいだ」
ミノタウロスはそう言いながら、握りこぶしを頭の前に出し、肘を締めたアップライトの構え――ボクシングかキックボクシングか、ひどく懐かしい構えを見せた。
身長は今の俺と同じくらい、体重差で言えば向こうの方が随分と重いだろう。
だが、いくら相手がモンスターで筋骨隆々だからと言って、体術で負ける気はしない。
俺は半身に構え、ミノタウロスが不用意にはなってきたハイキックを左腕で受け止めて、深々と降魔四十八神掌・鶏頭を相手の胸に突き立てた。
「弱すぎるぞお前」
「お前が強くなったんだ馬鹿野郎が。でもまあ、急造じゃこんなもんだろ――」
四指を突き立てた胸から黒い粒子になって消えていく。
結局骸骨の中身は見られないまま、その姿を消してしまった。
ドロップ品は何もない――いや、黒い粒子が蟠ったまま、その場に滞留していた。
「<魂食い>か」
俺はつい先ほどレベルアップした<食い意地>の事を考えた。
だから、戦う前に<魂食い>にまで成長したか聞かれたのか。
「趣味が悪い」
予めこうなることも想定していたのだろう。
字面から思うに、存在そのものを食べ事の出来る<魂食い>
今後は肉が残らなくとも、滞留したものをスキルで形にして、食べることができるのだろう。
ベルゼバブが加護を形にした時のように。
俺は黒い粒子に手を伸ばし、巻き取る様に<魂食い>と一応<調理>を発動させる。
手のひらの上で黒い渦を巻き、それは黒い粒に変わった。
口に入れて、かみ砕くようにして飲み込んだ。
すでにこの程度の魔物ではステータスは上がらないが、スキルに変化があった。
スキル<魂食い>UP!
<アリアドネ―の加護Lv2>習得 以後、一度印を付けた場所ならば何度でも転移可能。印は現状2つまで。転移はヤスタカ本人のみ。
<バッカスの種>が<デュオニソスの種>へと変質 スキル詳細不明
<エウリュアレの種>習得 スキル詳細不明
<ヘラクレスの種>習得 スキル詳細不明
ミノタウロスと言う存在を食べてしまったせいか、それとも無茶な戦闘を続けたおかげか、謎のスキルが増えてしまった。
<アリアドネ―の加護>は魔術石に頼らない転移が可能になったという事か。
だが、俺一人と言うのは性能の面でパーティーごと転移できる魔術石に及ばない。
レベルが上がっても印の数が増えるだけという事になるのか?
その辺は上がってみないと分からない。
そのほかのスキルは<食い意地>を覚えた時のようにさっぱり分からない。
元の世界で暇なときに見たインターネット百科事典の記憶だが、エウリュアレと言うのはゴルゴーン三姉妹の一人だったか、それにしても他の二つとはギリシャ神話という事以外統一性がない。
スキルが<バッカス>だった時も思ったが、種という事はいつか萌芽するときが来るのだろう。
強くなれるのであれば、それは早い方がいい。その条件も知らねばなるまい。
一通り確認し、一層と二層を繋ぐ魔術石の乗った台座に寄りかかるように腰を下ろした。
と、同時に今まで続けていた無茶な内功の運用を通常に戻し、ポーション、マジックポーションを一度に飲んで、<ディアン・ケヒトの加護>を使いながら調息する。
「ふぅ……」
やっと一息ついた、という感じだ。
守護者さえ倒してしまえば、この広場は安全地帯になるというのはそれとなく確認済みである。
ミノタウロスと言う闖入者は別としてだ。
それにしても通常に戻っても内功が以前に増して少し深くなっているのを感じる。
少しは強くなったのだろうか。ステータスを確認してみる。
名前:ヤスタカ 種族:エルフ 所持金:0G 50S 60C 場所:天空龍の山
装備:万能包丁 布の服 所持品:ポーション×3 マジックポーション×6
ステータス 体力:B(60) 魔力:A(76) 筋力:C(51) 耐久力:C(55) 素早さ:B(61)
スキル <魂食いLV3><内功Lv11><パイロン式武術Lv9><マーシャルアーツLV7><調理Lv12>
<ディアン・ケヒトの加護Lv4><アリアドネーの加護Lv2><ディオ二ソスの種><エウリュアレの種><ヘラクレスの種>
やっと<内功>がLv11とは。ステータスはずいぶんと上がったが、それはあくまで基礎的な能力に過ぎない。
結局はどう使うかが重要であり、いくら数字が有ろうと何もできなければただの案山子に過ぎない。
パイロン式武術とマーシャルアーツもまだまだ磨かねばならないし、出来ることは山のようにある。
だけど、今は少し休もう。
内傷で内功の運用に支障が出たら元も子もない――もっとも、それも覚悟しての行動だったのだけど、幸いにも調息で十分回復可能だ。
置手紙には大言にも「一層のゴールで待つ」と書いてきた。
アビィたちがここに来るまで、しばし休憩だ。
フロムダスクティルドーン・アロンソ――豚の館の女王――
という短編も同時に書きました。他作品の番外編ですが、これ単体でも良い出来なのでぜひ読んでみてください!