13話・魔物を倒したので魔物を食べる
天空龍の山の入り口には、朽ちた祭壇があった。
昔何か祭っていたのか――と聞くと、珍しくセレナが答えてくれた。
「昔、トレドで麦の栽培が始まるより以前、この地には生贄の風習がありました。口減らしの意味も込めて、生きた女子供を天空龍に捧げていたのです。馬鹿な人たち。置いて帰った女子供は、天空龍に届くどころか麓の魔物に食べられて終わりですのに」
全く無意味な習慣の名残ですね、とわずかに眉根を寄せて言った。
「それより気を引き締めてください。一歩足を踏み入ればここは魔物の巣窟。4層より上は前人未到のワンダリングダンジョンです。命に代えてもお守りしますが、何分、私とて万能ではありませんので」
魔法も家事もウィローの世話も難なくこなす万能メイドだと思っていたが、そのセレナをしてこういうのだから、やはり脅威度85は侮れない。
一層は山道になっており、むき出しの土の道をそぞろ歩く――そして数歩も歩かないうちに囲まれてしまった。
「一層の入口は常に見張られてると思っていい。洗礼だと思ってくれ」
ウィローが刀を構えながら言う。陣形などありはしない。
四方を<イエローオークLv70>5体に囲まれているのだ。
それぞれが背中を合わせ、対処するほかない。
「止めは俺かセレナに任せて、ヤスタカとアビィは防御優先、以上!」
ウィローは言うなり、イエローオークのうちの一体に向かっていく。
イエローオークはおよそ3メートルほどの黄色い巨体で、カエルの様に目が出っ張っている。
手には丸太を削って持ち手に布を巻いたような太い木の棒を持っている。
ウィローとイエローオークが激突する瞬間、イエローオークはその丸太のような木の棒を一瞬で三度振りぬいた。見た目に似合わない早業だが、ウィローの体にはかすりもしない。一振り一振りに反応し、そのすべてを避けたのだ。
そしてすれ違いざまに、俺の目には止まらないほどの斬撃をいくつも見舞い、イエローオークはその場に倒れ伏した。そのまま黒い粒子になって消えていく。ほんの僅かな瞬きの間に、ウィローは一体仕留めてしまったのだ。
俺がそれを見ている間にも、セレナは動き始めていた。氷結魔法で他のイエローオークをけん制しつつ、氷槍魔法で一体を刺し貫く。1メートルほどの鋭い氷の槍は、まっすぐイエローオークの心臓部を射抜き、こちらは倒れ伏す間もなく黒い粒子に変わる。
防御優先と言われたが、この活躍ぶりを見てじっとしてはいられなかった。
ウィローがすでに二体目を倒し終えたと同時に、残った二体のうちの一体に、俺は突進していた。
肉薄すると同時に、イエローオークの三連撃が襲ってくる――俺にはこれを避ける技は無い。
が、内功で最大限強化した身体能力で二つまで避けて、残りの一撃は硬功夫で受ける。
胸に自動車が激突したような衝撃が走り、俺は弾き飛ばされそうになるも、なんとかその場に踏ん張る。
「馬鹿! 無理するなっつったろうが!」
慌ててウィローがこちらに加勢しようとする――が、
「にゃああああああああああ!」
それよりも早く、ワ―キャット化したアビィが、三連撃を終えて隙の出来たイエローオークの目を狙って引っ掻いた。
鋭いが殺傷力の低い爪は、しかし牽制には十分で、イエローオークがたたらを踏む。
その隙だらけな体に、降魔四十八神掌・鶏頭を貫くように打つ。
硬功夫で強化した右手は何とか刺さったが、イエローオークは左手で俺の体を振り払い、その太い腕の力で、俺の体は宙を舞った。絶命させるには攻撃力が足りなかったようだ。
十分に内功は発揮していたし相手も無防備だった。それでも一撃必殺には足りていなかったのだ――地面に叩きつけられながら、俺は歯噛みした。
結局止めをさしたのはウィローとセレナだった。残った二体とも、あっさりと黒い粒子に変わった。
僅かだがダメージを負ったのは無謀な行動をした俺だけ。アビィに何事もなかったのは幸いだった。
「焦る気持ちはな、分かるんだよ。敵を前にして、ぼんやり仲間が倒していくのを見てるだけってのは、男として辛いよな」
ウィローはドロップしたイエローオークの肉を空の魔術石で回収しながら言う。
「ヤスタカの修行は適正脅威度のダンジョンででじっくりやった方がいいかとも思った。けど、世界最強目指してるんなら、そんなちまちました作業より、一気に強くなれる方法がないか、俺なりに考えてみたんだよ。結果として、天空龍の山に行くことを提案したんだけど、それは俺やセレナの強さを見せつけてどや顔するつもりなんかじゃなくて、お前に厳しい環境に慣れてほしかったんだ。この先、俺とセレナ二人じゃどうしようもない化け物がいくらでも出てくる。その時お前がどうするか――俺はそこに期待してたし、成長する鍵があると思ってたんだ。だから、こんな入口の雑魚相手に無茶してダメージを貯めるようなことはしないでほしかったんだけど」
「それはウィロー様のエゴかと」
ウィローの長い話を、遮るようにセレナは言う。
「ヤスタカ様が強敵に挑むのは世界最強を目指す以上当たり前の事。私のフォローが至らなかったというだけの話です。それよりも今ドロップしたオークの肉を早速焼きませんか? 以前いただいたゴブリンの肉、大変美味しゅう御座いましたし」
気を取り直して、ということなのだろうか。
セレナなりに気を使っている――それは俺が弱いから、気を使わせてしまったのだ。
悔しさは心で殺して、イエローオークの肉を焼いた。
顔で失敗したことを照れくさそうに笑う。そういう風に演じた。
これで二度目だ。世界最強と口では言いながら、弱くて仲間に迷惑をかけたのは。
ほどなくして焼けたオークの肉は、噛み締めるほどに甘い肉汁が口いっぱいに広がる旨さだった。
けど、美味しいと感想を言い合う他の三人ほどこの味に喜びを感じない。
何の感慨も無くても――ステータスは上がる。
<体力・魔力・筋力・耐久力・素早さ>UP! スキル<神の舌>UP!
全ステータスが上がる。力が一回り大きくなったのを感じた。
その後も、一層をぐるりと回り、そこそこ戦闘をして、二層への魔術石にたどり着く前に日が暮れたので、リヴィングストンの別荘に帰還した。
その一連の流れを、俺は殆ど無感情でこなした。話には相槌を打つし、戦闘時はフォローに徹した。
時々<調理>スキルを駆使して、魔物をご馳走にも変えた。ステータスはそこでも上がった。
山を出る前に確認すると、今まで俺は何をやっていたのかと疑うほどの、ステータスの伸びだった。
名前:ヤスタカ 種族:エルフ 所持金:1G 50S 60C 場所:天空龍の山
装備:万能包丁 布の服 所持品:ポーション×4 マジックポーション×10
ステータス 体力:E(38) 魔力:B(63) 筋力:E(30) 耐久力:E(30) 素早さ:D(47)
スキル <神の舌LV4><内功Lv8><パイロン式武術Lv3><マーシャルアーツLV2><調理Lv6>
<ディアン・ケヒトの加護Lv4><バッカスの種>
成長限界は取っ払ってある、とベルゼバブは言っていた。
エルフである以上、成長率には差はあるだろうが、食べれば強くなれるのだ。
別荘に帰った俺たちは、順番に風呂を浴び、夕食を食べ就寝した。
そして俺一人、深夜にそっと別荘を抜け出した。
目指す先は、天空龍の山である。




