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エルフ食神伝  作者: 秋野なのか
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10話・ニート騎士がニートになった日

「ヤスタカ、ラーメン三つに豚盛り2つにゃ!」


「はいよ!」


「こっち替え玉にゃ!」


「はいはい!」


 屋台を二日しか経っていないが、恐ろしい熱狂ぶりだった。

 パイロンの秘伝のラーメンと言う看板を売りにした屋台の前には、テーブルがいくつも並び、椅子が限界まで敷き詰められている。

 相席なんかお構いなしに、そのすべてが埋まっていた。


 ≪調理≫スキルでごまかしているラーメンだが、こんなに売れていいものだろうかと不思議に思うほど、お客さんが入った。


 王都ディスペア。人間の住む最大都市。

 人も多ければ、偏見も少ない。

 エルフと亜人がやっている妙な店でも、物珍しさで客は押し寄せてくるのだった。


 そして夕刻近くになって、お客さんが引いてきたので、一度店じまいにする。

 夜にはまた開くのだが、小休止だ。


「お疲れさん」


 給仕役をやってくれているアビィに水を渡しながらねぎらう。

 一人じゃ捌ききれないお客さんの量だ。本当に助かっている。


「ヤスタカのラーメンは美味しいからお客さんいっぱいで大変にゃあ」


 ごくごくと水を飲みながら、汗をぬぐうアビィ。


「それは違うぞ。正直、味はそれほどじゃない。単に珍しいから客が入ってるだけだろうな。今は差し当たっての営業だけど、いつか、最強に美味しいラーメンを作ってきちんとした店もやってみたいな」


「ヤスタカは向上心もあるにゃ。ラーメンでも世界最強なのにゃ?」


「ああ、当然ラーメンでも世界最強だな。と言っても商売敵が今のところいないんだけどな。まあこの世界の材料で作れる、最高のラーメンを作りたいんだ」


「ところで、ヤスタカは何でそんなに世界最強にこだわるにゃ?」


 アビィからすれば世間話の様な流れでその質問をしたのだろう。

 ただ、何と言うか……それにうまく答えられない。


 気が付けば最強を目指していた。

 何か衝動があったわけでもなく、何か原因があったわけでもなく。


 そんな俺のしばらくの煩悶を見て、アビィはニコニコ顔のまま言う。


「ヤスタカがしたいようにするといいにゃ。アビィはそのお手伝いをするのにゃあ」


「……ありがとう。助かるよ」


 二重の意味で。深く突っ込まれたらただ格好いいからとしか答えられなかった気がする。

 それはそれでいいのかもしれないけど。


 それに、正直素の能力では未だアビィの方が強いからな。

 上級体力の護石タリスマンも返したし、ステータスは貧弱なエルフそのものに逆戻りしてしまっている。


 せっかくスキルを持っているのだから、もっとお手軽に最強になれるはずが、雑魚モンスターばかり口にしているせいか、なかなか能力が上がらない。

 もう一度強力なモンスターの住まうところで修行をし直すのも手かもしれない。

 内功の修行は怠ってはいないが、維持する程度で、爆発的に増えるほどの修行は日常では行えない。


 しかしラーメンの事も考えると……シュエメイ師匠に食べさせる最高のラーメンの材料探しもしたいしな。

 いかん、二兎追う者の状態になりつつあるぞ。


 そんなことを考えていると、ウィローとセレナがやって来た。

 相変わらずの総髪で飾りのない布の服のウィローと、メイド服姿のセレナだった。


「おう、盛況みたいだな。噂は聞いてるぞ」


 手を振りながら、気安い調子でウィローが言った。


「おかげ様で」


「ヤスタカ様。額に汗が」


 ハンカチを手にさりげなく擦り寄って来るセレナを、アビィがフシャー! と威嚇した。


「ですがお風邪を召されます」


「いいよ。自分で拭くから……」


 ただならぬ気配に恐れをなしながら、額の汗をぬぐった。


「それよりも、こっちに来たってことはもう上層部と話は済んだのか?」


「まあな。ベルゼバブの言ってた通りだった。神話が落ちてくるんだってよ。何だそりゃ、って感じだけど」


 思ったよりはずいぶん早かった。

 さすがに貴族の言葉は無視できないという事なのだろうか。


「んでまあ、ヤスタカのことは人間国ディスペアには知られてないみたいだったな。多分、今のままじゃ援助は期待できそうもない」


「それは最初から期待してなかったけど。単に真偽が知りたかっただけで」


「まあ、そういうな。そこで俺は考えた。ディスペアが支援しないのであれば俺が個人的に支援しようと」


「はあ?」


 そこでウィローはどうどうと胸を張った。


「騎士団を辞めてきた。俺も旅に同行してするってことだ」


 働きたくないが口癖のニート気質だったが、本当にニートになったのか。


「ってええ!? マジで、大丈夫なのか?」


「マジマジ。いやあ、騎士団に所属したまんまだと自由に動けないからさー。でもリヴィングストン家の威光は健在だから、結構役に立つと思うぜ?」


 役に立つどころではないが……腕も立つし、心強いことこの上ないのは確かだ。


「もちろん私も同行します。ウィロー様御付のメイドですので」


 ちらりとアビィにけん制するような視線をやって、セレナは言った。

 そして屋台を見て思いついたように、


「旅立つ際には屋台も材料ごとストレージしましょうか。そして行く先々で腕のいい店主と美人のメイドのいる屋台として名を馳せましょう」


 淡々とした口調ながら、自分を美人と言ったぞ……まあ、実際表情に乏しいものの、美人ではあるのだけど。


「つーわけで、今日から俺たちは冒険者。ヤスタカ、まずどこから行こうか。転移の魔術石もたんまり持ってきたからな。好きな所行き放題だぞ」


 楽しげな表情でウィローは言った。

 本当に何というか生き生きとしてるな。


「強いモンスターがいるところか、もしくは小麦粉の名産地とかあったら、そこに行ってみたいかな。パン用の小麦粉使ってるせいか、いまいち麺にコシがないんだ」


 かん水は諦めたが、それでも麺に関してはスキルに頼らずともいいものを提供したい。

 ウィローはしばらく考えて、


「個人的にはラーメンも捨てがたいが、強いモンスター、つまりお前自身が自身が強くなることが先決だと俺は思う。だから、ここに行ってみないか?」


 地図を取り出し、王都から西に離れた山を指さした。

 アイコンが飛び出し、『天空龍の山・脅威度85』と示された。


「脅威度85!?」


 脅威度4のダンジョンで苦戦していたが、いきなり数字が跳ね上がったな。


「近くにはトレドって街がある。大量生産で小麦粉の質はよくないが、有名な風車があるから見学してみてもいい。まずそこに転移しよう。一昼夜で攻略できる山じゃないから、そこに腰を落ち着けて、じっくり天空龍に挑戦してみないか?」


 風車――そうか。風力発電なんてもちろんないから、この世界の風車の意義は小麦粉引きになる。

 興味はもちろんある。

 そこで力を蓄えつつ攻略に臨めば、脅威度85だろうがなんだろうが突破できる――いや、してみせる。


「分かった。そうしよう。ひとまず出発は明日でいいか?」


「おう、準備は怠るなよ?」


 俺は力強く頷き、まずは夜のためのラーメンの仕込みに着手するのだった。

ラ・マンチャ→トレドに変更

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