9話・談話
コルト村に帰った俺たちを待っていたのは、ニコニコ顔の守銭奴シスター、マリアだった。
「皆さまお疲れ様でして! さあ、教会でゆっくり寛いでください。お湯もたっぷり沸かしてありますよ。おや、見ない顔が一人?」
洞窟から解放したアビィの事を言っているのは間違いないが、どう説明したものか。
まさかワ―キャットを連れて帰ってきたとそのまま伝えるわけにもいかないし。
「ワ―キャットのアビィちゃんですぞ。ヤスタカ殿が洞窟の加護を破り、連れ帰ってきたんですな」
朗らかにそのまま伝えてしまうパンサーだった。良いのかそんなノリで。
せっかく亜人の姿になってるのに。
それに加護を食べたこととか……やっぱりまずいよなぁ。
しかし、マリアは目を丸くはしたものの、アビィに近づいて頭を撫でようと手を伸ばす。
「そうでしたか、いいんですよ。ダンジョンが機能しなくなることはよくありまして。アビィちゃん、この村のシスターのマリアですよ。よろしくお願いします」
アビィは初めは恥ずかしがって俺の後ろに隠れようとしたが、俺が肩を押してやると、むず痒そうにそれを受け入れた。
「アビィにゃ。よろしくしてほしいにゃあ」
元モンスター――と言うか、実際今でもモンスターなのだが、そうとは思えない和やかな笑顔だった。
「ところでヤスタカ様。アビィちゃんの宿泊費はヤスタカ様持ちという事でよろしいのでして?」
そうなるよな……俺の残金が残り1シルバーと60カッパーで、なかなか懐が寂しい。
一泊20カッパー。昨日の分も合わせて60カッパーが消えていく。
払えないこともないから払うけれど、お金に関しては稼ぐ方法を考えなければなぁ。
「それとウィロー様の仲介料もまだでして。気安いとはいえ、一応段取りをつけたので1シルバーは頂きたいですね」
はい、素寒貧になりました。
いや、ドロップ品を換金すれば多少は金になるけど……。
そうなると、洞窟で手に入れた宝物の事が頭に浮かぶ。
中にはアイテムが一つだけしか入っていなかったところを、ワ―キャット・アビィを一人で倒したのだからと、皆が譲ってくれたのだ。
調理スキルがないと無用の長物だが、売ってその代金を山分けしようという人がいなかったのは素直に有り難かった。
<万能包丁>
<調理>の際、使用者の望む形状に変わる。
麺切りの際、長い刃を持つ包丁がなくて難儀したが、これがあれば綺麗な麺を作ることができる。
そういった意味でも手放したくはないのだが。
しかしいざとなったらこれが一番高値が付くのだろうし。
「おい」
俺が暗い顔をしてるのを察したのだろう。
ウィローがにやりと笑って提案した。
「ヤスタカ、お前やっぱり王都でラーメン作れよ。俺が上と話をしてる間にさ、移動式の屋台を作って売るんだよ。なあに、必要なもんがあったら揃えてやる。ただし、利益の半分は俺に寄越すってことで」
「いいのか?」
「おう。貴族だからな、実家に金はあるんだよ。投資って言えばいくらでも引っ張れる」
自分の金じゃないのかよ。
でもありがたい。少しでも旅の資金を稼ぐ場所ができればそれに越したことは無い。
「でも豚はここの物を使いたいな……かなり良いものだし」
「コルト村の豚は王都にも卸してるのでして。大量に必要なら今から念話の魔法石で連絡しておきますよ。多分安くなると思いまして」
マリアがそう言って、教会の奥へと引っ込んでいった。
「私も近隣調査の名目上警備録を書かねば、なあに、色々ありましたが、我々の不利益になるようなことは書きませぬよ」
パンサーも警備本部兼自宅に戻っていった。
そして残ったメンバーは教会の談話室でお茶を飲むことにした。
しばらくは誰もが静かにお茶を飲んでいたのだが、俺はここまでを振り返ってみて、展開の速さに思わず言葉が出た。
「何か……とんとん拍子に話が進んじゃったな。実際、人間の国がどう考えてるのか知るまで、うかつに動けないんだけどさ」
「魔物と人間とエルフが一丸にねぇ……ほんとそうなってくれりゃ、良いんだけど」
ウィローが小さな声で答えた。
俺は急にラーメン屋台を持つことになったことも含めて言ったのだが、やはりベルゼバブのあの話の事になるのは仕方がない。
が、それをいま議論しても仕方が無いようにも思った。
ここにいるのは、ただの身元不明のエルフと、ワ―キャットと、メイドさんで、世界に精通し、そして影響力を持つものはウィローしかいないのだ。
それだけに、ウィローは頭が痛いのかもしれない。
俺も影響力はともかく――この世界を知らなければならないと改めて思う。
ウィローと真剣な話ができるのは、それからだ。
「ウィローは平和主義者なのか」
今はそんな感想めいた言葉しか出てこない。
「ばっかおまえ、戦争がなくなりゃめんどくせえ軍の仕事しなくてよくなるだろうが」
「戦争が終わったら何をするんだ?」
「さあな。親のすね齧って道楽三昧か、冒険者か。ま、考えても詮無いことだわな」
「冒険! アビィはこれからヤスタカと一緒に世界を冒険するにゃ。ウィローもセレナも一緒に来てもいいにゃ」
アビィは猫耳をピコピコ動かしながら言った。
洞窟にいた時とはうって変わって、随分人懐こい性格をしてるのだな。
「はは、そうなりゃいいな」
ウィローが相槌を打つようにそう返すと、
「ええ、本当に」
と、相変わらず抑揚のない声だったが、セレナも同意した。
――セレナってこういうの、止める立場なんじゃないの?
「むしろ――ストレージの魔法を習得している私を連れていくべきだと思われます。旅の仲間には必須の魔法ですから」
それどころか、自分を売り込むようなことまで行ってくる。
「あの、セレナ? どうしたの?」
何となく不審に思って聞いてみると、僅かに熱のこもった眼でこちらを見てくる。
「忘却の魔術を使われたので胡乱な記憶なのが口惜しいのですが――あのベルゼバブに食って掛かり、アビィ様を救おうとした姿、素敵だと思いました」
「はあ、それはどうも……」
「この私が――素敵だと、思ったのです」
感情のわかりにくい声なので定かではないが、少なくともほめてくれているのか?
ウィローは何故かニヤニヤしているし。
「にゃあ! セレナはやっぱり駄目にゃ! 何か危険な感じがするにゃあ! ヤスタカはアビィのなのにゃあ!」
「急に騒ぐなよ。俺は別に誰のものでもないぞ」
にゃあにゃあと何故か賑やかになってしまった。
まあ、たまには、こんな時間もあってもいいのだろう。
そして時間は進み、三日後、俺とアビィはラーメン屋の屋台を引いていた。