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魔女達は嗤う  作者: mo56
第1話 街にて
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 月明かりに照らされる廃工場から二機の作業機が出てきた。

 目の前の通りに人影はなく、広い通りを2機はゆっくりと歩みだした。

 先頭を歩くは鈍重そうな2本足で、若干前かがみの姿勢となっているクリストフ機。

 後ろはそれよりも遥かに鈍重そうな4本足で歩行する、バルドゥル機。

 「ちゃんとついてこいよ。駅につく頃にゃぁ夜が明けちまうぞ」

 「そうしたいのは山々だが、これで全力だ」

 「何?それでか?」

 「あぁひでぇエンジンで、3世代は前だ」

 クリストフ機の歩行速度は低速なのであるが、バルドゥル機は必死に路上に4本足を立たせて動いているが、それでもクリストフ機に追いつけるスピードは出ない。

当時は路上で走行することなど、意識して開発されなかったのだろう。

 お陰でウロバエのエンジンがいくら唸り声をあげようとも、クリストフに追いつくどころか、逆に距離が離れてしまう。

 「アクセルの調整はちゃんとやってあるのか?」

 「あぁ大丈夫だが、それでも駄目だ」

 「畜生、なんとかしねぇと置いてくぞ」

 「そうしてくれ。後からゆっくり行く」

 そう言ってバルドゥル機が立ち止まると、クリストフ機は通りの奥へ消えていった。

 そして、置いていかれながらもバルドゥルは必死にアクセルを限界まで踏みつつ、少しでも機体の速度が上がらないものかと、色々努力をしてみたものの、その度にエンジンからは無駄に騒々しい音だけが鳴り響く。

 「くそっオンボロめっ!」

 そうバルドゥルが苛立ってメーターを殴ると、彼が座っているシートの端にちょこんと座っていた彼女が、バルドゥルを窘めた。

 「駄目ですよぉ...優しくしてあげないと...」

 「お前、そんなこと言ったって...」

 「これからこの機体には散々世話になるんですからぁ...謝ってくださいよぉ」

 「...わかったよ」

大きな眼をギョロギョロ動かしながら、彼女に横から見つめられると中々、嫌とは怖くて言えず、バルドゥルは少し申し訳なさそうにメーターを撫でた。

 しかし、それに一体何か意味があるのか、メーターは先ほどと変わらぬ針の動きで、機体も先ほどと速度も変わらない。寧ろ若干、遅くなった気さえする。

「おい、今のは一体何の意味があるんだよ」

 「仲良くしないと長生きできないってぇ...いつも言っていたじゃないですかぁ」

 「これだよ」

軍隊時代でもそうだったが、彼女は素っ頓狂なことばかり言うのが好きだ。

 ほかの連中のアムブはどれも個性的ではあったが、狂人ではなかった。

 そこそこ愛想がよくて、搭乗者の命令は大体聞く。

 時には反発してくる奴もいるが、むしろ彼女のように、こうも変にベタベタされるよりは、憎み言の一つ言ってくれてもいいぐらいだ。 

「どうも苛々していますねぇ...何処かお加減でも悪いんですかぁ?」

 「これからドンパチを、しかも、むざむざ殺されるような場合だって言うのに元気なわけないだろうが」

 「えぇ?バルドゥル。死ぬんですかぁ?」

 「このままだとな」

これから駅に辿り付けたとしても、所詮雑魚の寄せ集めだ。

 警備部の連中と戦闘になったとして、一人でも生き残って本隊と合流できれば御の字だが、それもこの機体では非常に難しい。

 しかも、先ほどの喫茶店での襲撃から街には、厳戒態勢が敷かれ始めたであろう。

 駅に着く前に天使に発見されれば、それこそ目も当てられない。

 「...一本吸ってもいいか?」

 「いいですよぉ。お構いなく」

 「...本当にいいのか?前は駄目だって、いつもごねる癖に」

 「換気扇が付いてるんです」

 「...そこだけは褒められる」

 嫌なことなど全て煙に巻いてしまいたい。

 そう思いながらバルドゥルは片手で懐をまさぐり、煙草を一本取り出してから、それを口にくわえ、火を点けた。

 ガラスで囲われたコクピット内で紫煙が漂い、換気扇がエンジンと同じような唸り声を上げて、外に紫煙を排出する。

 軍用機には換気扇すらついてなかったから、これだけはマシだとバルドゥルはウロバエをオンボロと呼ぶのはやめる事にした。

 煙草を吸える棺桶とは洒落なものだ。


 ゆったりと機体に揺られていると、死にゆく者の緊張感は先ほどの煙草と彼女の甘い言葉に露と消え、バルドゥルはしばらく心地よくしていたのだが、それは路地裏の隙間を通り過ぎる際に、人影がその路地裏から飛び出してくるのを見て吹っ飛んだ。

 別にただの浮浪者ならば意も返さず、やっと慣れた4本足を操作し、躱すところだが、問題はその人影が何やら、銃と思わしき物を携えているからだった。


 その人影が路地裏から素早く4本足の下へ潜り込んだので、直様、バルドゥルはウロバエの下部照明を点灯させ、その人影を照らしてやる。


 バルドゥルはその一連の操作を、脂汗を垂らしながらやってのけた。

 今搭乗している機体の下に潜り込まれるということは、懐に飛び込まれることと同じことであり、軍隊時代もゲリラ連中もしくは、工兵共に爆薬を設置された苦い記憶が、ありありとバルドゥルの脳裏に蘇る。

「...エーリヒ?」

 照明に照らされたのは、先ほどの若者達のリーダーであるエーリヒであった。

 若きリーダーは顔中体中に血を被り、片腕がありえない角度に曲がっているのを見て、彼と若者達に何があったかは容易に想像できる。

「...あんたか。助かった。」

 「それはどうだろうな。いいから乗れよ」

搭乗席横のドアを開けて、エーリヒを中に入れてやると、タバコ臭い搭乗席内に血の匂いが追加された。

 そんな彼を彼女は哀れみを込めた瞳で見つめるが、エーリヒは彼女を見て、訝しげな目を向けて、バルドゥルに問いかけた。

「彼女は?」

 「アンタがその上の方にぶち込んでくれた、アムブの中身だ」

 「彼女が」

 「アンタ本当にアムブを扱ったことがねぇな。おまけに機体まで酷い物持ってきやがってからに...」

バルドゥルは憎々しげに呟きながら、ドアを閉めて、再びウロバエを前進させる。

 一応クリストフ老人に、エーリヒを回収したこと、若者たちがどうなったか告げねばならないので、彼は受話器を取り出した。

 しかし、そのバルドゥルの仕草を見ながらエーリヒは呟く。

「いや、別に初めてというわけではないのだが...何分クリストフの物より、お前のアムブの容量が大き過ぎて、ちょうどいい寄生方法が思いつかなかったのだ。...それに」

 「それに?」

 「私はここまで不気味なアムブの立体映像を見たことがない。彼女は妖怪か何かか?」

それを聞いてバルドゥルは苦笑したが、彼女はその不気味な容姿を一層酷くさせながら、恨めしそうにエーリヒを睨む。


 「失礼な人ですねぇ、私はこれでも女ですよぉ...」

 「あっ...いや、すまない」

そうエーリヒが立体映像に向かって頭を下げるので、バルドゥルはいよいよ可笑しくなって吹き出してしまった。

 だが、その矢先にバルドゥルの視界に不吉なものが映る。

 しかし、エーリヒにはそれが見えず、彼女に弁明するのが面倒くさくなって、無理やり話題を変えようとしている。

「...それにしても、お前に出くわして良かった。天使から逃げて、ここまで必死に走って、奴を撒いたのだが、これからどうしたものかと・・・」

 「ちっと静かにしてくれよ」

そうバルドゥルは彼を制して、前を見るように合図した。

 それを見た途端エーリヒの顔が青くなる。

「撒いてなんかいねぇよ。奴は足もあるが、翼もあるんだ」

ウロバエの正面に街灯に照らされる大きな影があった。

 今まさに着地したのであろう、ウロバエのエンジンが五月蝿いせいで、危うく奴の着地音を聞き逃すところだった。

 

 「ナンシー...お客さんだ」


 今になってバルドゥルは久しぶりに、相棒の名を言った。


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