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質素な教会の前に二人の女性が立っていた。
片方は美しいダニーラと、それとひどく対照的に醜いナンシーである。
これから厄介な聖職者2名の動きを封じるということで、二人はこうして教会の前までやってきたのだが、ダニーラが教会の扉の取っ手に手を付けたとき、ナンシーがそれを止めた。
「?...どうしたんだい?」
「...少し、そこのベンチに座りませんかぁ...?」
「ここまで着ておいてかい?」
「えぇ...入る前に...少しやることがありましてねぇ...」
そういいながら、ナンシーは扉の近くにあったベンチまでまた、おぼつかない足取りで歩いていって、背中に背負っていた大きな荷物を、ベンチの上に置いた。
ダニーラに座っておけといいながら、その荷物のせいで彼女の座るほどのスペースは無かった。
「...さっきから気になっていたけど、なんなんだい?この機材は?」
怪訝な顔で、ダニーラはベンチに勝手に座り込んで息を整えているナンシーを見ながら、聞いてみた。
自分を呼びだしてから、彼女はずっとその重い機材を背負ってここまで歩いてきた。
途中で何度も手伝おうかと言ったが、彼女はダニーラの申し出を聞き入れなかった。
「...これですかぁ...障壁を発生させる物ですよぉ...少々中で荒事を起こしますと、すぐに管理者が飛んできますからねぇ...」
「...電脳の外から持ち込んだのかい?」
「えぇ...プログラムを大分弄くりました...慣れない事はするものじゃぁないですねぇ...お陰で腰が痛くてぇ...戻ったらダニエラに揉んでもらいましょうかねぇ...」
ナンシーは老婆のような物の言い方をするが、表情はこれからイタズラをしようとしている幼い子供のソレであった。
「最初からソレだけ置けば、貴女だけでも事が足りたんじゃないのかい?」
「いえいえ...私はどうも...荒事は苦手でしてねぇ...」
「...よく言うよ。私だけに拳銃を持たせておいて、本当は貴女も持ってるんだろう?」
ダニーラはため息をつきながら、ポケットの中身を少し布越しに突っ張らせてみた。
その独特の膨らみは、拳銃の銃口を表すものであり、ナンシーの言う、荒事とはつまるところ、聖職者2名の暗殺であった。
本来なら、電脳空間において他者を傷つけることは、生身の肉体を持たないため不可能であり、ましてや殺害などもってのほかなのではあるが、プログラムを一部的に、もしくは瞬間的に変更することができれば、それは可能な事である。
アムブのデータを削除するのではなく、そもそも最初から存在しなかった様にデータを変更してしまうのだ。
そんなことモーテルの一室でもできそうな気がするが、そのデータを変更するには皮肉にも原始的な方法を用いねばならなかった。
つまり、目標を直接殺害し、一瞬にして脳波を電脳から無かったように抹消する必要があるのである。
そのような違法中の違法を、行えるナンシーはこれまで幾つかの荒事をダニーラと処理することがあった。
それは肉体があった大戦時は勿論、また肉体を失った現在でも同様である。
ナンシーは大戦時に作られた電脳のシステムへ深く入り込む事へ長けている。いや、それを作った開発者の一人であるなら、長けていることは当たり前だろう。
「バレてましたかぁ?」
「うん。歩き方が荷物を背負ってるにしても、ぎこちなさすぎるよ。...今度は手首にでも潜ませた方が良いんじゃないのかい?」
そうダニーラが愉快そうに指摘すると、ナンシーは不気味に微笑みながら、彼女へ、コートの陰から掌に収まるほどの、消音機を銃口に装着した拳銃を見せた。
大戦時にそういう連中が好んで使っていた物だ。
情報将校は、デスクワークのみで楽そうだと肉体のあるときに笑っていた自分が無知であったと、今ならダニーラは理解している。
「ふふ...まぁいいや。段取りはいつも通りだね?」
「えぇ...私が入り口に立っていますから...ダニーラさんは二人を...」
「待ってよ。それは飾りかい?」
「いぇ、護身用ですねぇ...」
やはり情報将校は楽な仕事であると、このときダニーラは思い直しながら、仕方なく彼女と共に教会へ入っていった。
教会の扉を開くと、中は静かだった。
ミサは開かれていないらしく、人影が一つ奥の壮大な装飾の施されたステンドグラスを前にして、一人のシスターが祈りを聖教の像へ捧げていた。
しかし、二人の来訪者に気づくと、祈りを中断して、こちらを振り向いた。
端整な顔立ちを青を基調としたベールに隠して、前へ一歩踏み出たダニーラへ歩み寄ってきた。
「こんにちは」
ダニーラは優しげに微笑んでシスターに会釈した。
「えぇ、こんにちは」
それに対してシスターが彼女の10歩程前で軽く頭を下げたとき、ダニーラは素早くポケットから拳銃を抜いた。
そして、全くの躊躇無く10歩先のシスターの頭にねらいを定めて、連続して引き金を引いた。
3発ほど続けざまに発砲したらしく、全てシスターに命中した。一体何が起きたのかという疑問の表情すらも、無慈悲な弾丸が破壊して、シスターはその場に崩れ落ちた。
しかし、ダニーラはそれでは止まらずに、素早く倒れたシスターへ近づくと、頭にもう一発と胸にもう一発、発砲し、それを終えると今度は、奥の祭壇脇にあるドアへ、走っていく。
その一瞬の光景をナンシーは微笑みながら、扉の前に立って見ていた。
相変わらず鮮やかな手並みだと、感心していた。
その間に、ダニーラは祭壇脇のドアを開け、中を確認すると、教会内の横に長い椅子を一つ一つ丁寧に確認しながら、素早くナンシーの方へ戻ってきた。
「一人いないよ」
「...何か地下室などはありませんでしたかぁ?」
「いや、そんなものは無かった。でも窓が一つ開いたままだ...逃げられたね」
「そうですかぁ...じゃぁ帰りましょうかぁ...」
「?...いいのかい?」
「えぇ。一人いなくなれば...それで十分ですからねぇ...」
ダニーラは少し息を整えつつ、落ち着き払っているナンシーを見た。
「...二人が祈りを捧げる時間を把握していなかったのかい?」
「...いぇ、今ここで二人ともいなくなったら、彼らが退屈してしまうと思いましてねぇ...」
そういいながら、ナンシーは静かに教会を立ち去る。
それに続いて、ダニーラは拳銃をポケットに仕舞いながら、彼女と同じように教会を出た。
辺りは先ほどと全く変わりなく静かであった。
ただ、ふと開けはなった扉へダニーラが目を向けると、血を赤い絨毯へ滴らせるシスターの遺体が残っている。
だが、それもあくまで電脳上の表現であり、しばらくすると血と共に体全身が姿を消した。
「どうしましたぁ?」
そんなダニーラを見ながらナンシーが不思議そうに問いかけた。
平然と何事もなかったかのように、煙草をポケットから取り出している彼女を見て、ダニーラは明らかに人を殺すことについて、この女は感覚が麻痺しているのだろうとダニーラはふと思ったが、それ以前にこの女にそんな物など最初から無かったのだと思い直した。
大戦時の時からそんな感じだった。
彼女が唯一興味を向けるのは、己が訓練し育て上げた遣い魔達と、特にその中の一人だけらしい。
「いや、なんでもないよ。...早く戻ろう。お楽しみが待ってるよ」
ダニーラは狂人に優しく微笑んだ。