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薄暗い店内でエーリヒの声が響く。
先程のような熱気は既に無くなり、今はただ静かにエーリヒの口から紡がれる計画の内容だけが淡々と空間を満たすのだった。
「警備が比較的薄い首都内部にて、アムブを使用した大規模な作戦活動の準備が各地の組織に伝達された。アムブの出処はどこでも構わないという話だが、ともかくアムブや兵器及び、戦闘員を徴用し、首都内部にて合流。その後、企業に対し、攻撃を仕掛ける」
「簡単に言ってくれるが、お粗末すぎる内容じゃねぇか?」
「クリストフ、最後まで聞いてくれ。この作戦は既に始まっているのだ。各地から我が同志達がアムブや戦闘員を載せ、首都へ向け一斉に移動している。我々もその大いなる作戦に参加するべき義務がある」
「...それでアムブは幾つ集まった?それと、アムブを寄生させる機体は?」
「2つだ。機体もなんとか2機入手した」
「戦闘用か?」
「お世辞にも天使共に太刀打ちできるとは思わないが、そこらへんはアムブを上手く使ってくれ」
「ひでぇ」
クリストフ老人は吐き捨てるように言うと、エーリヒを憎々しげに睨みつけた。
彼が言ったアムブがどの様な奴らかは知らないが、きっと企業管理からハッキングしてかっ攫ってきた連中だ。使い物になるかわかったものではない。
『アムブ』はただのOS等ではない。
元が人間の脳細胞であったこともあり、自己学習をし、個性や性格もしっかり存在する。
言わば兵器に人間が乗り移る様な物であり、その『アムブ』に補助されながら『アムブ乗り』は兵器を運用するのである。
現在では『アムブ』のみで動く機体が主だが、民間機体の大半はバルドゥルの様な人の手を必要とする。
「で。その機体とアムブはどこに置いてあるんだ?」
「ここから東の2ブロック先にある廃工場にある。アムブは既に寄生させておいた。いつでも動かせるはずだ」
バルドゥルが聞くと、エーリヒは静かにそう答えた。
あえて集合場所をそこにしなかったのは、機体を若者連中に見せたくなかったのであろう。
多方、工事現場で使うような重作業機であることは見当がつく、若者達の士気をこれ以上下げても仕方がない。
「それで・・、俺等は何をすればいい?」
「話が終わったら早速乗り込んでもらって、駅の方へ向かってくれ、他の同志も既に終結している。北区から、2機、南区から1機、そして我々の東区から2機集めれば、合計5機集まる。それだけあれば戦闘員と合わせて輸送車両を強奪することは可能だ。現場に着き次第、別の同志が指示を出してくれるはずだ」
「わかった。で、他の連中は?」
「クリストフとお前がここを出たら、私は皆を率いて、天使達をこちらに惹きつけるよう騒ぎを起こして、陽動作戦を行う。この日のために密輸品だが、爆薬と銃は用意しておいた」
そう言ってエーリヒは席を立ち上がると、店内の隅に置いてあった包をテーブルまで持ってきた。そして、包から一丁の自動小銃と簡易的なものではあるが、瓶の口に布切れを詰めて塞いだ火炎瓶と思わしき物を幾つか、テーブルの上に並べた。
それを見てテーブルを囲んでいた若者の一人が思わず自動小銃を手にとったので、エーリヒはそれを鋭く咎めた。
「勝手に触るんじゃない。銃を使うのはアーベルだ。お前らはそれを使ったことがないだろう」
「すいません。エーリヒさん...」
エーリヒが鋭くその銃を手にとった若者を睨んだので、彼は一瞬ひるんで、銃を静かにテーブルの上に戻した。
「...お前らが使うのはその瓶だ。一人2つずつ持っていけ。駅から離れた企業の玄関にそれを投げつけろ。」
エーリヒはそれから、細かく若者たちへ火炎瓶を投げ付けてからの逃走経路を教え、そして、火炎瓶の有効的な扱いを短時間ではあるが、若者たちへ指導した。
若者達は熱心にエーリヒの指導を真剣な面持ちで聞き、何度も頷いている。
そんな彼らを見ながらクリストフ老人は溜息をついた。
「こういうとこだけ、あいつ等生き生きしおってからに...」
「あぶねぇ連中だ」
「お前が言えた台詞じゃあるまい」
そう言ってバルドゥルとクリストフ老人の二人は小さく笑いあった。
そして、エーリヒが一連の動きを若者たちに再三確認すると、今度は二人に話しかけた。
「それでは、二人にはさっそく機体に乗ってもらおう。カウンターの裏側に隠し通路がある。下水道につながっているから、下りたら東へ2ブロック進んで、廃工場へ出てくれ」
「...それはわかったんだが、一つだけ質問がある」
「なんだ?」
「あんたが持ってきたアムブだが、...どんな奴だ?」
バルドゥルはジャンバーのポケットに手を突っ込んで、エーリヒに聞いた。
そのアムブとは多分これから、死ぬまでの付き合いになるのだ。
一応、先にどんな性格でどの様な奴か知っておきたい、アムブと搭乗者の相性は機体の動きに大きく関係する。言わば持ちつ持たれつの夫婦の様なものだ。
「あぁ。企業管理のアムブをハッキングしようとしたのだが、どれも防御機能が高くて、中々プログラムに侵入できなかったのだが、君達二人の教えてくれたパスワードを使えば難なくハッキングできた。しかも、天使共の管理プログラムから抜き取れたのだ。性能は申し分無いはずだが」
「...なんだよ。それじゃあアイツか。」
バルドゥルはエーリヒの言葉を聞いて、面倒臭そうにまた頭を掻いた。
その仕草を見て、エーリヒは少し怪訝な顔をする。
「何か問題でも?」
「大有りだ。ついてねぇ」
バルドゥルは疲れたようにそう言うと、懐から先程の煙草を一本取り出して、一本吸おうとした。企業管理のプログラム内で、しかも天使内にて、昔軍隊時代に使っていた俺のパスワードで通過できるアムブなんて一つしかない。
クリストフ老人はバルドゥルが煙草を吸うのを見て、ここは禁煙だと茶化すが、これからまた『アイツ』に会わなければいけないと思うと、少しでも気を落ち着かせたかった。
「まぁ仕方ねぇよな...。カウンターの裏だって?あぁすぐに向かうことにする。行こうぜクリストフ...軍曹。」
「階級で呼ぶのはよせ、今の俺ぁただの電装屋だ」
バルドゥルが紫煙を漂わせながら、カウンターを乗り越えようとすると、突然、店内にいた皆の耳を激しい炸裂音が刺激した。
入口の方から激しい音は伝わり、若者達は皆当惑し、無防備に突っ立っているだけだが、炸裂音が耳に入った瞬間、エーリヒとバルドゥル、そしてクリストフ老人は直様姿勢を低くして身構えた。
そして、炸裂音が鳴り終わった瞬間、喫茶店の入口が勢いよく開き、同時に外から先ほどの屈強そうな男が飛び込んできた。
「アーベル!」
エーリヒが叫びながら、屈強そうな男に駆け寄る。
アーベルと呼ばれた男の片足は無くなっていた。
太腿から流れる血が店内を汚し、若者達は何が起こっているのか理解できずに、立ち尽くしている。
「天使だ。天使が来た」
アーベルはそれだけ狂ったように叫ぶと、動かなくなった。
手には先ほどの炸裂音の元であろう、自動小銃の銃口から煙が漂っている。
直様エーリヒはテーブルに置いてあった自動小銃を握り、入口の方へ突進していく。
若者たちも半ば恐慌になりながらも、テーブルに置いた火炎瓶を携え、直様エーリヒに続いた。
「畜生!バレてやがった。二人共、早く行ってくれ。応戦しろ!」
エーリヒはそれだけ言うと、若者達と共に店内から慌ただしく出て行く。
二人は彼の恐慌を止める暇も無かった。
「内通者か?」
「さぁホームレス共もしれねぇ。連中、今日生きるためなら、明日を殺すのさ」
二人はそう呟きながら、カウンターの裏にある隠し通路を下り、下水道に下りた。
下水道から漂う腐臭が鼻を刺激し、降りてきた穴の方から炸裂音と悲鳴、そして軍隊時代によく聞いた人間の潰れる音が耳を刺激した。