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バルドゥルとクリストフが駅内に入ると、中は先ほどクリストフが言ったとおり、銃が腐る程落ちていた。
だがクリストフの言ったことと唯一違う点は、その落ちている銃の傍らにはその銃の持ち主であった人間の死体が転がっていることであろう。
自動小銃に短機関銃、奥には破壊された機銃陣地に、まだ使うことができそうな軽機関銃が放置されている。
「好きなのを持って行けよ。」
「長い奴は遠慮したいな。ナンシーが重たくてよ。これ以上重たい物は持ちたくねぇ。」
「あ~・・・女性にそんな事言うのは失礼ですよぉ・・。」
「・・悪かったよ。けど本当に重たいんだからよ・・。」
そうナンシーの立体映像に小突かれながら、バルドゥルは手頃な銃を探す。
そして、銃を選ぶのにそこまで時間を掛けるわけにはいかないので、偶然足元にあった短機関銃に手を伸ばした。
その銃の持ち主は既に事切れているが、銃だけは離さないようにと死後硬直もあってか、力強く銃を握っていたのだが、バルドゥルが容赦なく持ち主の手に蹴りを加えると、握っていた銃は持ち主の元を離れた。
その短機関銃は民間に出回っている物だった。
本来、全自動式の銃器は民間で違法とされていたが、これは少し改造を加えると、全自動式の凶暴な代物に早変わりする。
北区の連中はこれをきっと大量に所持していたのだろう。
辺りには同型の物が大量に落ちている。
そのお陰でバルドゥルは北区の連中の死体から、多数の弾倉を抜き取り、ポケットやベルトの隙間に大量に押し込むことができた。
「もうちょっと戦死者に敬意を払ったらどうだ?」
「・・軍曹。そういうのは後回しだ。」
「バルドゥルは意地汚いですねぇ。」
「ナンシー・・少し黙ってくれよ・・。」
武装を整えるバルドゥルにクリストフとナンシーが注意したが、元はといえば軍曹がそこら辺の銃を使えと言ったではないかと、バルドゥルはバツが悪そうに睨んだ。
そして、しばらく二人は施設内を注意して進むと、改札口へ辿り着き、負傷した北区の連中に出くわした。
北区の連中は当初、奥から現れたバルドゥル達を見て、天使の新手かと思ったが、遠目でもよくわかるバルドゥルの薄汚れた姿に、すぐに味方であると理解した。
そのことに対して、バルドゥルは大変遺憾であったが、誤射されるよりはマシだと自分に言い聞かせ、ナンシーはそんな相棒の苦悩に微笑を浮かべた。
「北区の部隊はこれで全員か?」
苦悩するバルドゥルを余所に、クリストフが負傷している連中に話しかけた。
彼が問いかけると、負傷者達のうち一人が、苦しそうに前へ出てきた。
腹部に一発被弾したらしく、一言喋るだけでも辛そうだが、他の既にもう動かなくなった仲間よりと比べれば、まだ元気そうだった。
「いや・・・リーダーとまだ・・動ける連中が指令所に行ったが・・・、行ってからもう・・30分経った・・・多分もう・・全員・・。」
「わかった。もう喋るんじゃない。俺達が確認してくる。」
「頼む・・・。」
そう苦しそうに呟くと、負傷した北区の男はそれ以上喋らなくなった。
目は見開いたまま、動かない。
どうやら、事切れたらしい。
大戦の時はこんな連中を大勢見てきたせいもあって、クリストフは何も言わず、目を見開いて死んだ北区の男の瞼を閉じさせた。
彼は亡くなってしまったが、他の連中はまだ息がある。
「バルドゥルついてこい。指令所へ行くぞ・・・。」
「了解だ、軍曹。」
クリストフは銃を構え直して、バルドゥルを先導しながら走り出した。
息絶えた彼が言ったとおり、クレーメンスはきっと生きてはいないだろう。
腕利きの彼が死んだということは信じたくはなかったが、戦死するときは誰しも呆気ないものだと言うことを彼はよく理解していた。
「誰か来る・・・一人・・いや、二人。やっと来たわね・・ナンシー・・。」
暗い通路で、フローラは嬉しそうな声を出した。
通路の入口である階段から、足音を立てないように慎重に歩いてきているようだが、神経を研ぎ澄ます狙撃手にそれは無駄なことだった。
その僅かに聞こえる足音から、フローラは敵が二人と判断し、おまけに一人は何か重たい物背負っている事まで推測できた。
それがアムブを寄生させる記憶機であることは、ナンシーから自然と発せられる不気味さが近づいている事がそうだと告げている。
彼女のような得体の知れない者の気配は、消そうと思って消せるものではない。
大戦時にだって彼女は目標から発せられる気配といえばいいか、オーラと言えばいいのか、言葉では表せない何かを常に感じ取っていた。
その感受性は肉体を失った今でも健在であり、寧ろ精神体となったことで以前より研ぎ澄まされた気さえする。
「魔女を狙撃できるなんて光栄だわ。今までで一番大きい獲物よ・・。」
作戦の際、私語は厳禁であるが、生身の人間には聞こえないアムブ体の声なら、幾らでも喋ることができる。
仮に声のせいで、ナンシーに自分の存在が明らかになったとしても、それはそれで面白いとフローラは思っていた。
正々堂々なんて言葉に、狙撃手である彼女は唾棄するが、ナンシーにはきっと自分がここに潜んでいることなど隠しきれないだろう。
彼女は私と同じで、同類の匂いはすぐに嗅ぎ分けられる者だと確信している。
屍の山を作り上げ、そうすることによって命を繋いできた私の匂いを彼女が気付かないはずがない。
「さぁ・・・早く来なさいな・・。」
女神はまた嬉しそうに呟き、対物ライフルの照準を覗き込んだ。
3人は指令所へ繋がる階段を下りていた。
その前にこの階段がある通路に着いた際、破壊された機銃陣地を発見し、またその周りに北区の連中の死体と防衛部隊であろう死体を見つけた。
今度は両者とも息のあるものは一人もおらず、皆恐ろしい顔で、死んでいた。
だが、その死体の中にクレーメンスの死体は無く、どうやら生き残った連中はさらに深く侵攻したと、すぐに察しがついた。
「死体の数から察するに、クレーメンスを含めて、生き残りは少ないな。」
「指令所に行くったって、頭数がお粗末すぎる。車両を確保してる連中に増援頼めば良かっただろうに・・・アイツのアムブは何も言わなかったのかね。」
「エッバはああ見えてぇ・・・忠実ですからねぇ・・。皮肉は言っても反対はしなかったんでしょうねぇ・・・。」
階段を下るバルドゥルの背中で、ナンシーが少し悲しげに言った。
ナンシーは同じアムブから幾ら嫌われようとも、自分から他人を嫌おうとしない。
だが、バルドゥルはナンシーと違って、クレーメンスのアムブがどうも好きじゃない。
ナンシーの様に突拍子もない事は言わないが、皮肉屋であり、他人を嘲るのが大好きな女だ。
現に以前体型の事で手酷く言われたことが何度かある。
豚と言われたときは流石に傷付いた。
そんな、苦い記憶が思い出されそうになった時、急に階段を下っていたクリストフが片手を静かに上げた。
それを見たとたん、嫌な記憶はどこかへ消え去って、自分の体中が戦闘に対する興奮によって流れるアドレナリンに満たされるのを感じた。
「止まれ。・・・この先にいる。」
「軍曹、わかるか?」
「あぁ・・・ベッタリと血の香りがするぜ。」
そう言ってクリストフは自動小銃を静かに構えた。
バルドゥルもそれに倣い、短機関銃を構える。
「バルドゥル。先に行け、液体装甲を切らすなよ。」
「あぁ・・勿論。行くぞ、ナンシー。」
「はぁいぃ・・・。」
若干、ナンシーの間の抜けた口調には気が抜けるが、今更そんなことを気にせず、バルドゥルは自身の体にナンシーのあの奇妙な液体を身に纏わせ、クリストフより前に立ち、静かに階段を下り始めた。
階段を下りた先に続いている通路は、照明に照らされ明るかったが、バルドゥルにはそのどこにでもある平凡な通路が、地獄の入口に見えた事は言うまでもない。