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魔女達は嗤う  作者: mo56
第1話 街にて
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2


 ニット帽を被った男は階段を下り、地下喫茶のドアを開けた。

 耳に聞きなれた入店を告げる鈴の音が入ってくる。

 「遅いぞ」

 その聞きなれた鈴の余韻に浸る男の耳に、先ほどのしわがれた男の声が聞こえた。

 その声のした方へ顔を向けると、以前はレジが置いてあったであろうカウンターに無線機を置き、耳に大きなヘッドフォンをはめた老人が座っていた。

 「皆集まってるから、早く座れや」

 老人に指図されるがまま、男はカウンターの端の席に腰をかけた。

 ここに来るまでずっと歩いてきたので、椅子の感触が有難かった。


 男が椅子に座りながら店内を見回すと、中央の席に数名の男女が腰掛けていた。

 レジの老人と男を除いて、椅子に座っている男女は皆、若く見えた。

 皺や白髪も無く、童顔の域をまだ超えていない奴までいる。

 その中において最も歳を喰っていそうな奴でも、男には彼が20代後半の若者に見えた。

 自分も彼とさほど年齢は違わないはずだが、自分の方が薄汚れていて余計に歳を食っているように見えるのは気のせいだろうか。

 20代後半と思わしき青年は、長い黒髪を後ろで束ねて、自分の座っている席のテーブルに一丁の真新しい自動小銃を置いていた。

 

 先の大戦でよく使われていた型だと、男はその銃を見て思った。

 『アムブ』を寄生させれば、自動照準などの機能が使えるそうだが、生憎その銃には『アムブ』を寄生させるためのスロットとして活用するための、枠が見受けられなかった。

 銃は青年の顔と同じ綺麗な色をしていた。

 きっとまだ一度も使われていないのだろう。

 戦争を知らぬ青年と、発砲されていない銃。

 お似合いの組み合わせだと、男は思った。

 「...『バルドゥル』か?」

 そんな事をぼんやりと考えていた男に、青年が声をかけた。

 何処か値踏みするような目で青年は男を見ていて、男はそれに応えるようにニット帽を脱いで汚れた金髪を垂らしながら頷いた。

 「これで全員揃ったな」

 青年は満足そうに椅子の背もたれに寄りかかった。

 それを見て、青年を取り囲む数人の若者の目が彼に集められる。

 レジに立っている老人は無線機を弄っているが、尻目に青年を見ていた。

 『バルドゥル』と呼ばれた男は、青年に対して興味がわかず、ぼんやりと視線を老人の弄っている無線機へと向けた。

 「諸君に集まってもらったのは他でもない...」

 バルドゥルが無線機に視線を移したと同時に、青年は席からゆっくりと立ち上がると、声高に何かの演説を始めた。

 その声が店内に響き出すと、周りは静かに熱気を帯びていった。

 青年が行っている演説の内容は、要約すれば企業に対する純粋なる反発であった。

 次第に強まる企業からの抑圧や、下層階級民への更なる圧迫など、国民の大半が抱えている企業への反発を青年は少ない言葉で見事に表現していた。

 「今こそ、企業へ我々は反旗を翻し...」

 青年は熱弁を奮って、若者たちへと呼びかける。

 あまりにも時代錯誤な調子だとバルドゥルは思ったが、ここに集まっていること自体が時代錯誤も甚だしい行為であることを改めて思い知らされる。

 しかし、そんな蚊帳の外で青年の熱弁を右から左へ聞き流すバルドゥルに、不意に若者達の視線が注がれた。

 どうやら、青年はバルドゥルの経歴の説明をしているらしい。

 「そして、今日ここに我々の意思に呼応し、集まってくれた二人の『アムブ』乗りを紹介しよう」

 青年が声高に男を指差したので、バルドゥルは面倒臭そうに丸く少々太った体を若者達へと向け、たたでさえ細い目を一層細くして、皆を見回した。

 若者たちは一様に、瞳に期待の色を浮かべているのがわかるが、一体何を期待しているというのだろうか、若者達の熱い眼差しとは逆に、バルドゥルの面持ちは大分冷めていた。

 それはバルドゥルと同じく『アムブ乗り』と称された、無線機を弄っている老人も同じで、二人は熱意と一種の狂気に飲み込まれた彼らに対して、一種の忠告にも似た冷めた表情を持って返した。 

 だが、それを若者たちは実戦経験のある者が持つ洗練された面持ちであると勘違いしたようで、彼らは一層盛り上がって二人を歓迎するかのように、歓声をあげた。

 「一人は、先の大戦にて数多くの戦果を挙げた英雄。クリストフ。バシール盆地戦においては...」

青年のまるで人気のレスラーを紹介するような調子の説明は、どことなくクリストフと呼ばれた老人の気に障ったのか、青年と若者たちには見えない程度に彼は眉間にしわを寄せたが、近くにいたバルドゥルにはそれがよく見えた。

 「そして、もう一人は...あぁ」

 ここで急に青年の熱っぽい調子が一瞬下がった。

 バルドゥルについての経歴を彼は知らないらしい。

 別にそんなことなどバルドゥルにはどうでもいいことなのだが、ここまで盛り上がった場の勢いを下げてしまうのは良くないだろう。

 だが、いい加減な経歴が付けられても邪魔である。

 「バルドゥルだ。 一応、アムブ乗りだが、作業機専門だ。1ヶ月前まで工事現場にいた。戦闘用には乗ったことあるが、そんなのは短期間だ。変な期待はしないで欲しい」

 バルドゥルは面倒臭そうに汚らしい金髪頭を掻いて、言い終えると若者と青年達へ背を向けた。

 背中から今までの盛り上がりが冷めていくのがわかる。

 しかも、それに追い討ちをかけるように、老人も若者たちへと向けて言い放った。

 「...俺もバルドゥルと同じ作業機専門だ」

 若者たちが怪訝な顔をし始め、青年はそれを取り繕うかのように『謙虚な人だ』と適当な言葉を並べて、取り繕うとしたが、クリストフ老人はそんな青年の言葉も気にせずに続けた。

 「大戦には確かに参加してたがぁ・・・あんたらが思ってるような戦果なんて一つもねぇぞ。後方勤務の電動系等の整備用に使う機体に乗ってただけだ」

 そう言ってクリストフ老人は、バルドゥルに倣って髪の少ない頭を面倒臭そうに掻いて、無線機をまた弄り始めた。

 そして、慌てふためく青年を見据えて

 「エーリヒ。お前が躍起になっているのはよくわかるがぁ、嘘はイケねぇ。確かに実戦経験もねぇガキ共まとめて、ドンパチおっぱじめるには、そりゃぁ勢い付けていかねぇとダメだが。後でわかるような嘘はよくねぇな」

 「クリストフ...だが...」

 青年は言い淀み、しばらくの間店内に沈黙が流れた。

 そして、その沈黙を破ったのはクリストフ老人であった。

 青年より声は大きくはなかったが、店内によく響く低い声だ。

 「まぁ...なんだ。ここに来てるアンタラは、俺に言わせれば皆立派だと思うぜ。『天使』共にミンチにされても構わねぇって言うぐらいに肝っ玉が座ってるってことだ。だが、あんたらは連中を間近で見たのかい?え?まぁ...見たからこそ、ここに居るかもしれんがぁ、奴らは一切容赦をせずに俺たちを殺しに来る。絶対に命乞いは通用しねぇ」

 「俺は命乞いした奴の脳天をぶっ潰す天使を見た。間近で」

 クリストフ老人に続くようにバルドゥルも口を開く、老人ほど響く声ではないが、内容としては十分であっただろう。若者達の顔が先ほどの熱気を帯びた顔から、徐々に冷めていくのがわかる。

 「俺はアムブに乗るが、お前らはどうするんだ?俺には棺桶があるが、お前らには無い」

 そのバルドゥルの言葉に何か返してくる者はいなかった。

 店内はひどく静かになり、青年は俯いてしまった。

 

 だが、若者達の表情が冷めはしても、彼らに落胆の色は無かった。

 多少冷静になったのであろう。狂気じみた色は消え、顔には冷静さが彼等に戻ってきた。

 そんな若者達を見て、クリストフ老人の表情が朗らかになった。

 「そうだ、その顔だぁ。それを忘れるなよ。...エーリヒ。演説はやめだ。計画の話をしようや」

 「あぁ」

 エーリヒと呼ばれた青年は少し面白くなさそうに、椅子に座った。

 彼がこう熱っぽく演説をするのが、別に今が初めてというわけではない。

 彼は月に何度か熱心に集まりの人数を増やそうと、路上で先ほどの演説と似たような内容のモノを叫び続けている。

 それに対し、今ここに集まっている若者は何か共感を覚えたのであろう。

 いや、そんな生易しいものではない。

 企業の行う抑圧は既に死活問題と化しているのが現状であり、この様な無謀と言える行動に身を投じ無い限り、精神の均衡を保つ事ができないのかもしれない。

 


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