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魔女達は嗤う  作者: mo56
第1話 街にて
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プロローグ+1

人類は幾度となく大戦を経て、特に何か学習したかと聞かれれば、別にそんなことはなかった。

 大戦が勃発するたびに多くの国土と人命が蔑ろにされ、そして消えていく。

 しかし、人類はその大戦が終わるたびに目覚しいほどの科学と文化の発展を見せ、戦争なるものは本質的な物を変わらせる事はなかったが、表面的な部分では大いに変わりつつあった。


 その戦争の形を表面上変わらせる物の代表として、『アムブ』と呼ばれるものが存在する。

 有能な兵士の脳細胞を様々な兵器に寄生させ、通常の扱いでは不可能な、化物地味た性能を発揮させるという代物であった。

 『アムブ』のドナーは開発された当初のうちは、軍事関係の者のみとされていたが、大戦が長期化するにつれ、民間企業もその『アムブ』へのドナー提供へ参入した。

 老若男女問わずドナーは増加し、実体はないものの、精神は誰しも参加する。

 奇妙な戦場が出来上がったのである。

 だが、その『アムブ』を取り入れた兵器を扱うのはあくまで生身の兵士であり、その点に関しては、無人兵器を操作する兵士という遥か昔の形態をそのままとしていた。

 

 しかし、大戦が進むにつれ、『アムブ』は操作する者を必要としなくなった。

 その前は砲や銃などに副補助的な役割を持って寄生していた『アムブ』は、より本格的な人型兵器の主体的な動作を行うためのOSに変わり、生身の兵士はさほど必要とされなくなったのだ。

 そして、大戦が集結を迎える頃には、『アムブ』を真っ先に使用し、各国共に凌ぎを削った軍部は弱体化し、変わりに途中から『アムブ』の開発に参入した民間企業がその勢力を拡大した。

 勢力を拡大した『企業』は挙げ句の果てに、軍部はおろか、司法機関すらも吸収し、さらに勢力を高め、現在においては国の実権すら握る程の強大な物へと変貌していた。

 そして、それに反発をする組織に対しては、『天使』と呼ばれる『アムブ』を使用した企業直属の執行部隊を用いて、完膚無きまでに静粛を行わせるのであった。

 

 この物語は先の大戦にて名を馳せた『アムブ』乗り達の闘争記である。


 1


 暗く澱んだ空の下で、その空と特に変わりの無い、うす汚れたスラムの路上を一人の男が歩いていた。

 男は路上の真ん中を歩いているが、その路上の脇には多くのホームレス達が、立ち並ぶビルの壁に身を寄せて、必死に寒さにもがいている。

 だが、ホームレス達は路上の真ん中をヨタヨタと歩いている男の姿を見て、少し怪訝な顔をしたが、男をもう少しよく見てみると、すぐに寒さに耐えるように身をこわばらせる作業へ戻った。


 路上の真ん中を歩く男は、少し不機嫌そうな顔でただ真っ直ぐと正面を見ていた。

 汚れた緑色のニット帽を深く被り、ろくに手入れもされていない金髪を肩まで垂らしている。

 少々太って丸いその顔には、小さい傷跡が幾つかあるが、このご時世では別に大したことではない。その太った顔と同じような大きな耳には片耳の小さなイヤホンが突っ込んであって、イヤホンから伸びる細いコードは男が着ているジャンバーの中へと潜っていた。


 頭部だけ見れば男はすぐ脇にいるホームレス達とさほど変わらないが、唯一違う点が彼らとあるとするならば、それは着ているジャンバーであった。

 汚れている点はホームレス達が着ているソレと大して変わらないが、男の着ているジャンバーは先の大戦にて軍人の多くが着用していた軍用の物だった。

 階級章などは付けられていないが、右肩に以前付けられていたであろう階級章を、外した跡が幾つか見受けられる。

 そして、その汚れた灰色の軍用ジャンバーはホームレス達を当初、恐れるような目にさせた。

 今時、軍用ジャンバーを身につけているのは、『天使』ぐらいだ。

 奴らは自分たちを天からの使いと豪語し、『粛清』と称して、浮浪者などをその『アムブ』の巨体を持って押し潰す。

 この地域はまだ『天使』の姿を見かけていないが、路上の真ん中を歩く男を見て、ホームレス達は怯えたのだ。 

 だが、それは杞憂であったとすぐに浮浪者達は気付かされた。

 それは男の自分らとよく似た薄汚れた容姿と、どことなく彼から漂う落ちぶれた雰囲気が、浮浪者達に奇妙な安堵感を与えたのだった。

 浮浪者達は自分らの前を通り過ぎる男を、先の大戦にて軍部から大量にお払い箱として追い出された『復員兵』の一人だと思った。


 「もうすぐ、着きそうか?」


 不意に男の片耳に付けたイヤホンから、年老いた男性と思わしきしわがれた声が聞こえた。

それを聞いた途端に、男の表情から不機嫌な色は瞬時に消えて、目つきは鋭くなり、耳に神経を集中させるかのように歩みを止め、イヤホンに耳を澄ました。

音量はさほど大きく設定していなかったが、突然に鳴った為に、男は少しビクッと体を強ばらせながらも、その声を聞いた。

「いえ、まだです。今、通りを抜けるとこです」

 男は少し慌てながらも聞こえてきた声に応答できるように、懐から小さなマイクを取り出し、小声でそのマイクに言った。

 その男の声を聞いたイヤホン先の年老いた男の声は、少し苛立った調子で応えた。

 「早くしてくれ、こっちはもう皆集まってる」

 「...勘弁してくださいよ。集合時間には、まだ30分もあるじゃないですか」

 「時間通りに来る奴があるか、1時間前には来とくもんだ」

 「そんな理不尽な」

 男はまた顔を不機嫌そうにしながら、マイクに喋ると、年老いた老人の声は聞こえなくなった。無言ではあるが、早くしろとの向こう側の意思がはっきりとわかる。

 男はマイクを面倒臭そうに、また懐へしまうと、路上をまた真っ直ぐと歩きだした。

 時刻通りに集まる癖が、軍隊時代から中々抜けていないと男は歩きながら思った。

 それは本来、様々な場面にて重要な事であるはずなのだが、今男が向かっているその集まりは、寧ろそういう堅苦しい事を極端に嫌うのだ。



 男が10分ほど路上を真っ直ぐに進むと、集合場所である喫茶店が見えてきた。

 先程まで路上の脇には浮浪者たちが集まっていたが、喫茶店がある通りに出ると、人影は極端に少なくなる。

 それは浮浪者たちが極端に関わり合いたくない『天使』が、よく巡回に回る通りであったからだった。

 司法機関や政府を吸収した企業は今や神を気取っている。

 連中の意志こそ最上のものであり、それに反する存在と思想は『天使』によって粛清されるのだ。

 男はそんな連中に対して、特にこれといった反発を覚えたことはないが、不思議なことに今男が向かおうとしているその集まりは、本来、企業に対する反発の精神の塊であるようなモノだ。

 だが、男がその集まりに呼応して、この場に来ているということは、企業から見たとすれば、それは明らかな反逆の意思であると思われる。

 だが、男は企業も天使も関係なしに、その反発の集まりへ身を投じようとしているのだ。

 「遅いぞ」

 男が喫茶店の前まで来ると、入口に立っていた浮浪者の姿をしているが、見るからに屈強そうな男が、こちらへ手招きをしていた。

 「集合時間には、まだまだ時間があると思っていたのだが」

 「本来ならな。お前が一番来るのが遅かった。皆、下で待っているぞ」

 そう言って屈強な男は一歩横に退いて、喫茶店への入口を通そうとしてくれたが、男が通ろうとすると、ふと思い出したかのように呼び止めた。

 「おい、あれは持っているか?」

 「あれか」

 屈強な男に聞かれ、ニット帽を被った男は懐から、黄色い紙に包まれた煙草を取り出した。これが、男が身を投じようとする集まりへ入る際の印であり、またニット帽を被った男のお気に入りの銘柄でもあった。

 「よし、いけ」

 屈強な男は、その煙草を見ると、一本貰うぞと不躾に煙草を取り出し、勝手に吸い始めた。ニット帽を被った男はそれに対して、咎めることもなく、親切にお疲れ様ですと小さくお辞儀をして、男の脇を通り抜け、地下へと繋がる通路を下り始めた。

 

 地下へと続く階段を下りる男の肌を、冷たい空気が刺激する。

 それはこれから起こるであろう、凄惨な戦いの幕開けを拒んでいるかのように男は感じたが、今更それについて気にする余裕など男にはなかったのだが。


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