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第二十四話 そして女王が産まれた

 二次会が始まって十五分足らずではるちゃんはもうお酒一缶分(三五〇ミリリットル)を飲み干してしまい、二本目に手をつけていた。

「はるちゃん、ペースが速すぎるってば」

 私やしぃちゃんたちの注意を受けてやっとゆっくりと飲むようになったものの、はるちゃんはすでに頬を赤く染めている。

「はるちゃん、ほらこっちも飲んで」

 私は少しでも酔いを醒ましてもらおうとウーロン茶をコップに注いではるちゃんに渡す。

「かっちゃん、早すぎるよ。まだ二杯目は終わっていないし」

 はるちゃんはウーロン茶をお酒と勘違いしたらしく受け取ってはくれなかった。

「伊井国さん、御徒さんが持っているのはお酒じゃなくてウーロン茶だよ。酒とウーロン茶と交互に飲むととても酒が美味しく感じられるんだ」

「片倉君ほんと!?」

 そう言うと、はるちゃんは私からウーロン茶を取り上げると一気に飲み干した。そして白ブドウ味のお酒にまた口をつける。

「ほんとだー。ウーロン茶の味と白ブドウの味が交互に来て面白いー」

 はるちゃんはすっかり上機嫌でウーロン茶をコップに注いでお酒とウーロン茶を交互に飲み続ける。

 その姿を見て私も試しにウーロン茶とブトウ味のお酒を交互に飲んでみる。……うーん、あまり美味しく感じないぞ。白ブドウとブドウの味の違いなのかな?

「かっちゃん、かっちゃん」

 しぃちゃんが私の肩をそっと叩く。彼女もすでに二杯目に達していて、頬がほんのり赤い。

「片倉君ははるちゃんにウーロン茶を飲ませるために嘘を言ったんだよ」

 私は片倉君を見てさすが酒屋の息子だけあるな、と感心した。商売柄お客様に悪酔いをしてもらわないよう防止策や酔い止めの方法などいろいろ知っているのであろう。

 

 しかし、片倉君の作戦ははるちゃんが完全に酔っ払ってしまうまでの時間を遅くしただけであり、防止するまでには至らなかった。長瀞君と君ヶ浜君の両氏がわんやわんやと盛り上げてはるちゃんに酒を飲ませ続けたからである。一時間後にははるちゃんは缶を四本開けてしまい、すっかり顔を上気させていた。

 しぃちゃんも「お船」をちびちびと飲んでいるものの、すでに三杯目。顔全体が真っ赤に染まり、首筋まで赤くなっている。

 一方の私ははるちゃんとしぃちゃんが悪酔いしないかと心配ですっかりお酒が進まず、まだ二杯目だ。頬に若干温かみを感じるものの、まだ普段のような立ち振る舞いはできるはずだ。というかこの二次会の中で大丈夫な人って私と片倉君だけではないのか?

「あのねー、かっちゃん、片倉君……」

 しぃちゃんが上体をゆっくりと前に倒しながら私達に声をかける。

「スケベニンゲンはボディーブローが強いのだよぉ……」

 そう言いながら両手を構えるしぃちゃん。まずい、このままでは誰かのボディーが狙われてしまう。

「そ、そうだね。椎名さん。スケベニンゲンはボディーブローが強いよね」

 片倉君は相槌を打ちながらしぃちゃんの手を押さえようとする。

 その瞬間片倉君の右手がはじかれる。私が気づいたときは、しぃちゃんの左拳が片倉君の鼻先でぴたりと止まっていた。

「あとこの左のジャブよ。この素早い左のジャブをなんとかしないといけないのだよぉ」

 しぃちゃんの視線は片倉君の目に向けられ離れることはない。

「うん……そうだね……。左のジャブをなんとかしないといけないよね」

 片倉君は恐る恐る自分の鼻先にあるしぃちゃんの手を下げる。

「ね、ねぇしぃちゃん……」

 私がしぃちゃんに声をかけた瞬間。私の目の前に何か飛んできてぶつかる直前で止まった。その何かとはしぃちゃんの右拳だった。

「イラケン選手は右のストレト(ストレートのことかな)が早いのよ。スケベニンゲンの左ジャブとイラケン選手の右ストレットの対決なのよ」

 私の目をうつろな目で見つめるしぃちゃん。その目には鋭く光る何かを感じる。

「そ、そうだね……楽しみだね」

 引きつり笑いを浮かべながら私はしぃちゃんの右拳をやさしくそっと彼女のひざの上に置いた。

「御徒さん」

 しぃちゃんの左手を優しく抑えながら片倉君が私の耳元へ顔を近づけ、こう言った。

「彼女がボクシングの話をしている間は下手によけようとすると返って危険だよ」

 私はそれを聞いてしぃちゃんがお酒を飲む前に言った「誰も怪我をしていなかった」と言う言葉を思い出した。しぃちゃんが寸前でパンチを止めていたので、誰も怪我をしていなかったのだ。酔っていながらも手の動きは正確なのだ。

 しかしだからといって危険な状況には変わりない。

「しぃちゃん、ボクシングの話は置いといて料理の話をしようか。私、最近作ってみたい料理があるんだけど……」

「へーっ、御徒さん。椎名さんに料理教わっているんだ。今度はどんな料理にチャレンジするの?」

 私の意図を読んだ片倉君がとっさに合いの手を入れる。

「うーん?かっちゃん一体何を作りたいのぉ……」

 「お船」の入ったコップをゆらゆらと揺らしながらしぃちゃんは私の肩に頭を預けるように傾ける。もう胸の辺りまで真っ赤だ。

「私ハンバーグを作りたいんだけど、ちゃんと焼けなくて困っているの。どうしたらいいと思う?」

 私は教育番組で子供たちをあやすような口ぶりでしぃちゃんに問いかける。

「ハンバーグはねぇ……」

 やった、作戦成功だ。しぃちゃんの頭の中は完全に料理で占領されている。その時だった。


「えーっ、やらないのー。せっかくの合コンなんだから、やろうよー」

 私の左隣から突然はるちゃんの甘えるような声がした。気がついたらはるちゃんは五本目に手をつけている。

「どうしたの、はるちゃん」

 私ははるちゃんの方へと体を向ける。しぃちゃんをなんとかできたと思ったのに、今度はまたはるちゃんの番だ。はるちゃんは口を尖らせながら

「長瀞君と君ヶ浜君が今日のためにいろんなゲームを考えてきたらしいんだけど、私がやりたいゲームが入っていなかったのよ」

「いや、でもあのゲームはねぇ……長瀞」

「そうだよ……いくらなんでもああいうのは俺達も苦手だというか……」

 盛り上げ屋さんの長瀞、君ヶ浜両氏が渋るほどのゲームをやりたいなんて、はるちゃんのやりたいゲームはよっぽど過激なものなのだろうか。

「それではるちゃんのやりたいゲームは一体何?」

 私が訪ねるとはるちゃんはにっこり真っ赤な笑顔を輝かせて一本の割り箸を握り締めて私の目の前に差し出した。

「割り箸?割り箸で何をやろうと言うの」

「割り箸といえば決まっているじゃない」

 はるちゃんは握りこぶしから割り箸を抜いてこう叫んだ

「王様だーれだ!」

 「王様だれだ?」ってそれってはるちゃんが「あんなお馬鹿なゲーム」って言っていた「王様ゲーム」じゃないか。

「はるちゃん、それはやりたくな……」

 突然私は後ろから強い力で引っ張られた。両腕が私の首に巻きつく。その両腕の主はしぃちゃんだった。しぃちゃんは耳元で甘くささやく。

「かっちゃーん。ハンバグ(ハンバーグのことだろう)はね。蓋をすれば焦げずに中まで火が通るのだよー」

 しぃちゃん……ずっとハンバーグの焼き方を考えていたのね。

「一回だけでいいから王様ゲームやろうよー」

 はるちゃんが右手にお酒の缶を(今度はライチ味だ)左手に割り箸を持って体を左右に揺らす。

「伊井国さん、そんなに頭を動かしたら酔いがさらにひどくなるって」

 片倉君の注意を聞いたはるちゃんはさらに

「やろうよー」

 と激しく体を左右に揺らす。確信犯だ。私達は彼女の言うことに従うことにした。

「分かったよ……はるちゃん。やろう、王様ゲーム」

 私がみんなを代表してはるちゃんに服従の言葉を宣言した。

「やったー!王様ゲームだー!!」

 はるちゃんは嬉しさを表現しているのか体上半身を左右に動かした。

「だけど一回だけだからね!」

「うん、分かっているって一度でいいからやってみたかったんだー」


 一から五までの数字が一つずつ先のほうに書かれた割り箸が五本、そして「王様」を表す王冠の書かれた割り箸が一本――合計六本の割り箸が私達の前に並べられる。有無を言わさずはるちゃんがその六本の割り箸を握り締めた。

「さあみなの者、割り箸を引きなさい!」

 王様はこれから決めるというのに、はるちゃんはなんだか女王様気分である。

 長瀞君から反時計回りで割り箸を引き、私は最後から二番目に割り箸を引いた。一体何が書かれているのか気になるがまだ見てはいけない。

「じゃあみんな行くよ、王様だーれだ!」

 はるちゃんの掛け声にあわせて全員が手で隠していた割り箸の先を見る。私の割り箸には「三」と言う数字が書かれていた。王様じゃないのか……。

「やったー、王様は私ー!!」

 はるちゃんが掲げる割り箸の先にはしっかりと「王冠」のマークが。こうしてはるちゃんは名実ともに女王様になった。

 私はそれを見てほっ、とした。はるちゃん以外の人が「王様」になったら確実に「もう一回」があるような気がしたからだ。これで「王様ゲーム」は本当に一回で終わる可能性が高まった。後はその「一回の命令」に私が入らなければいいだけだ。

「じゃあ誰と誰にやってもらおうっかなー」

 誰と誰って確立は五分の二ですか、女王様はるちゃん

 女王様はしばらく周りを見回して(そんなことをしても誰が何番だか分かるわけがないのだが)いたが、やがて命令の相手を決めたらしく一気に二つの番号を叫んだ。

「三番と五番!!」

 「三番」って私じゃん……。相手の五番が誰なのか気になるが、女王様の命令を下すまでその相手は誰だか分からない。

「三番と五番はみなの目の前でキスをしなさい!」

(えーっ、キ、キス!?これがファーストキスじゃなくてよかった……)

 って安心している場合ではない。人前でキスをしなくちゃいけないなんて相手は一体誰だ。

「三番の者、手を上げよ」

 女王様のお声がかかったので、私は目を閉じながら手を上げた。女性が手を上げたので、長瀞君と君ヶ浜君から驚きの声が上がった。

「おい、御徒……、いやかっちゃんとキスできる相手って誰だよ」

 長瀞君の悔しがっている姿を見るからに彼ではないようだ。

「五番のもの手を上げよ」

 女王様が割り箸を采配代わりにして五番の者に命を下す。しばらくの沈黙の後「はい」と五番の者の声がした。

「御徒さんと、椎名さんか……」

 「椎名さん」ってもしかして?と私は目を開けて左隣を見ると、そこには手を上げるしぃちゃんがいた。彼女の持つ割り箸には「五」の数字が大きく書かれていた。

「しぃちゃんと私がキス……」

 お酒をそんなに飲んでいないのに(というか飲める状況ではなかった)私の顔はもちろん首筋から耳の裏まで赤くなってしまった。そんな私に元々胸元まで赤いしぃちゃんが顔を近づける。

「うふふ……かっちゃんとキスするのか……」

 嬉しそうな声を上げるとしぃちゃんの右手がそっと私の左頬を撫でた。

「私がいいって言ったらキスをするのよ」

 はるちゃんが円陣の真ん中に座って私達を見つめる。私としぃちゃんのキスシーンを真正面から見ようというつもりなのだろう。

「うん、分かった女王様」

 そう言ってしぃちゃんは左手で私のもう片方の頬を撫でる。キスをしてくるはしぃちゃのほうで、私は受ける側だな。と私は感じた。

 キスする相手が女の子でよかった――。と私は目を閉じて女王様が合図をする瞬間を待った。

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