第二十二話 まずは自己紹介
これまでのあらすじ
小さい頃から「御徒町」「御徒町」とからかわれて続けた御徒真知は、文京大学へ入学。そこで椎名真智と友達になり、彼女が大ファンのプロボクサー町田イラケン(まちだ イラケン)と知り合いになる。
その後伊井国遙と出会い友達になるが彼女は自分と父親の望む将来像がそれぞれ異なるという悩みを抱えていた。
そんな遙の悩みも解決し、前期テストも無事終了。夏休みに入ったところで彼女達は初めての合コンに挑む。
前期テストも無事終わり、夏休みに入って一週間がたったある日の午後、私たちは梅雨明けの太陽の強い日差しを新宿の街で受けていた。
今日はしぃちゃんが片倉君にどうしてもと頼まれ、つい受けてしまった合コンの日である。場所は新宿南口を歩いて約十分のところにあるファミリーレストランだ。
「片倉君も友達二人連れてくるというから、ちょうど三対三だね」
交差点の向かいにあるファーストフード店についてある大きな時計を見ながら私たちは横断歩道を渡る。約束の時間まであと十五分といったところか。これなら時間に間に合いそうだ。
「ここをまっすぐ行って右手に牛丼屋さんの見える十字路に着いたら、この大きな道路の反対側へ渡ってその横の道に入ってまっすぐいけば着くらしいよ」
しぃちゃんがプリントした地図を片手に私たちを案内してくれる。この大きな道路は甲州街道と言い、昔は江戸と甲府を結ぶ重要な街道だったらしい。現在でもその重要度は変わらないのか、行きかう車と人の量は多い、そのために人ごみに巻き込まれたり信号で待たされたりしているせいで遅刻なんてことになるかもしれない。
「かっちゃん、今日はあんまりやる気なさそうね……。服もいつも通りだし」
はるちゃんが私の顔を意地悪そうに見る。そういうはるちゃんは、いつもTシャツにジーパンという服装をしているのに、今日は長めのスカートというなんだか女の子らしい服装をしている。私はというと普段と同じTシャツにシーパンの組み合わせなのだ。
「うーん、普段の自分を出したほうが男の人と接しやすいと思ってね」
はるちゃんの言うとおりあまり乗り気じゃないのもあるけど。
「しぃちゃんもいつもの服装だよ」
人ごみを交わしながら私達の案内役を務めるしぃちゃんの今日の服装は水色のリボンのついた白い半袖のカットソーと、薄ピンク色のスカートをはいている。
「うん、ただ友達の友達と会うだけだから別に服装は意識しなくてもいいかなと思って」
私達の話を聞いていたのか、しぃちゃんが振り向く。前の人にぶつかりそうになったが、よろめきながらなんとかかわすことができた。
「あーあ、私だけか。お洒落してきたのは」
はるちゃんがちょっとつまらなさそうに呟く。
「はるちゃんはこの出会いで彼氏を捕まえようかと思っているの?」
私が聞くと、はるちゃんは自信満々な顔で
「そんな訳ないじゃない。友達に必死にお願いして合コンをセッティングしてもらう男の人なんてたかが知れているわよ」
と、答えた後で「まあでも第一印象は良くしないとね」と小声で呟いた。
「合コンって言っても変なゲームとかするわけじゃないでしょ?しぃちゃん」
牛丼屋さんの角で赤信号になったので、しぃちゃんに今回の趣旨を聞いてみる。
「場所はファミリーレストランだからね……。そういうことはしないと思うよ」
しぃちゃんもその点については少し不安を持っているようだ。
「変なゲームってあれでしょ。ポッキーゲームとか野球拳とかでしょ、あと王様ゲーム。私ああいうの大っ嫌い。王様の言うことは絶対、ってアホらしい」
王様ゲームを否定した彼女だが、仮に彼女が王様になったならば、かなり嫌な命令を出しそうだ。
「そんな雰囲気になったら私、帰るからね」
私もそういうゲームは好きではないので、先に釘を刺した。好きでもない男の人とポッキー食べて最終的にキスだなんて、考えられないったらありゃしない。……ってしぃちゃんに釘を刺してもしょうがないか。
「私も嫌いだよ。だから既に片倉君を通じて、そういうことはしないように、って伝えてはいるんだけど……、もし本当にそんなことになったらほんとにごめんね」
しぃちゃんが悲しそうに頭を下げる。
「いや、しぃちゃん必ず決まったわけじゃないからさ……。しぃちゃん、ほら信号青になったよ」
落ち込んでいるしぃちゃんをなだめて私達は再び目的地へと歩き出す。
「そんなことよりもかっちゃん、かっちゃんにはもっと心配なことがあるんじゃないの」
「う……、はるちゃん。痛いところつくわね」
そう、「合コンでお馬鹿なゲームが開かれる」という心配よりも私はもっと心配しなければならないことがあるのだ。それが今日の合コンにあまり乗り気ではない最大の理由である。
それは私の名前だ。「私の名前はおかちまちです」なんて合コンの最初の盛り上がりのタネとしては格好の材料である。
「私、かっちゃんの名前聞いてみんなが馬鹿にするようだったらそいつに水ぶっかけてやるから」
「はるちゃん……。ありがとう」
水だけでなくこの前やろうとした右ハイキックもお見舞いしてください。
「私もかっちゃんの名前笑う人がいたら許さないから」
「ありがとう、しぃちゃん」
自慢の強烈な右ストレートをその男の顔でも腹でもどこにでもお見舞いしてください。
「まあみんないい大学生なんだからそこまでひどくはないと思うけどね。ひょっとしたらカッコよくて性格のいい男の人かもしれないし。」
なんかこのままだと、名前で笑われるのが規定路線になりそうで怖いので、私はまだ顔も知らぬ彼らにフォローを入れることにした。
「そうだね、会う前にこれから会う人のこと悪く言っちゃダメだよね」
「まあそうね、せっかくお洒落してきたんだから、無駄にしたくはないし」
一番乗り気ではなかった私がみんなの合コンに対する気合を高めてしまった結果になったところで、目的のファミリーレストランのある建物にたどり着いた。
一階は駐車場で、レストランはその上の二階という造りになっている。近くに踏切が見えたので私はどの路線の踏切か少し気になった。
「あの踏切は……、JRじゃないとしたら小田急線かな?」
「かっちゃんの鉄道知識を聞くのは久々だね」
しぃちゃんが本当に嬉しそうに私の顔を見る。
「えっ、かっちゃんって鉄道オタクなの?」
はるちゃんが驚きの顔で私を見る。
「いや、違うって……。ただこの辺りの路線をよく知っているだけで……。ほら、もう入るよ」
私は二人の手を引っ張って階段を駆け上がる。
「ちょっと待ってかっちゃん、片倉君に着いたって電話するから」
しぃちゃんが携帯を手にした右手を大きく振るので、私は階段の真ん中辺りで足を止めた。
「……もしもし、片倉君?椎名です。今着いたんだけど……。あ、もう中にいるのね」
電話を切ったしぃちゃんが私の前に出る。今度は私がしぃちゃんに引っ張られる形になったのだ。
「三人はもう中にいるみたい。片倉の連れ、って言えばお店の人が案内してくれるよ」
私たちは禁煙席の奥のほうへと案内される。そこには先月しぃちゃんと熱くボクシングについて話していた片倉君と、ほっそりした髪の短い男の人と、同じく髪は短いけど、がっしりとした体格の男の人が三人同じ長椅子に一列に並んで座っていた。
名前を知らない二人の背丈は同じくらいで、片倉君だけが、頭一つ分高い。そこで私は心の中で彼らを(片倉君と細いほうとがっしりしたほう)と覚えることにした。ちなみに片倉君の体格は、細いのとがっしりしているとの中間ぐらいに当たる。
三人とも顔は……、カッコよくもなければ悪くも無く普通である(まあ片倉君は中の上か)。
細いほうの男の人が私達を見つけるや、テーブルを挟んで向の席に移る。
「さ、どうぞどうぞ座って座って、こっちに二人、向こうには一人」
同性同士が固まらないために男女互い違いに座ることに決まっているらしい。さて男に挟まれる席には一体誰が座ろうか……。
「それじゃ、私こっちに座る!」
はるちゃんが元気よく手を上げて、男に挟まれる側の席に着いた。それをきっかけにしぃちゃんがその向の奥へ、片倉君と向き合う形で座り、私は細い男の人を挟んで通路側の席に座る。つまり私の向にはがっしりしているほうの男の人がいるわけだ。
全員が着席したところで自己紹介が始まる。真っ先に手を上げたのは片倉君だ。
「えーと、今日の合コンを企画した片倉小次郎です。小次郎と呼んでください。ちなみに最近ハマッているものはボクシングです。」
「よーし、じゃあ小次郎からジグザグに自己紹介」
「がっしり」の指示で、自己紹介の順番が決まった。よりにもよって私が最後だ。
「えーと、椎名真智です。みんなからはしぃちゃんと呼ばれています。私も片倉君と同じくボクシングが大好きです。あと、料理も好きです」
「しぃちゃんよろしくー」
細いほうが早くも「しぃちゃん」と呼ぶ。しぃちゃんが「椎名町」だという事実に気づいた人は誰もいないようだ。(片倉君は今までのしぃちゃんとのやりとりから知っているかもしれないけど)
「次は俺だな。長瀞太一と言います。たいち、と呼んで下さい。好きなことは野球とサッカーを見ることです」
長瀞か……、秩父鉄道だな。スポーツ好きが偶然三人続いたところで次は……。
「こんにちは、伊井国遥です。みんなからははるちゃんと呼ばれています。好きなものはダンスで、現在文京大学の女子ダンスサークルに所属しています」
伊井国と聞いて彼女があの「日本史」の伊井国造郎教授の娘であると気づいた人はいないようだ。はるちゃんのほっとした顔を私は見逃さなかった。
「じゃあ次は俺だな。君ヶ浜昌平です。しょうへいと呼んで下さい。好きなことは柔道です」
君ヶ浜……、銚子電鉄か。がっしりしている体格は柔道によってできたんだな。
「さて、自己紹介も終わったところで……」
「こらこら、まだ終わってないだろ」
上手いことごまかそうと思ったのに、「がっしり君ヶ浜君」に止められてしまった。自己紹介なんて正直やりたくない。最後に「おかちまち」という名前なんてオチが着くのもいいところだ。
しぃちゃんとはるちゃんが、「笑いものにしたら帰る!」と言ってくれたのはありがたいけど、やっぱり笑われるのは辛いよ……。
だけどこうやっていつまでも言わないでいるのも不審に思われるし、「おかちまち」と聞いたときの笑いの効果もその分増えるだろうし……。
ええいっ、ぐずぐずするな!思い切って言ってみればどうにかなる。
数秒間のためらいの後、私は覚悟を決めて思いっきり早口になって言った。
「私の名前は御徒真知です。みんなからはかっちゃんって呼ばれています。好きなことは散歩をすることです!」