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第一話 和菓子侍の家

「春眠暁を覚えない」って言うけれど……。まさに今の私がそんな感じじゃないだろうか。

「真知ちゃーん!そろそろ起きなさい。もうすぐお昼よー」

 ……お母さんの声だ。来月は朝早く起きなきゃいけないから今のうちにとことん寝るつもりだったのに……。


 しょうがない、起きるか。

 目をこすりながら、私は髪を後ろにまとめると手近にあったゴムで留めた。


 私の名前は御徒真知おかち まち。今年の四月から大学生だ。私の名前は一度聞いたら忘れる人はほとんどいない。なぜなら近くにある山手線の駅の名前と同じだからだ。

 部屋を出て階段を下りて居間に入る。

 その姿を見たお母さんが「まあ」と声を上げた。

 御徒理佐おかち りさ。私のお母さんだ。物事を気にしない性格なので、私がこんな名前を付けられたら一体どうなるか考えてもいなかったらしい。

 顔を見てもいかにも気にしなさそうな人間だというのが分かる。人間は笑うと目が垂れ、口の両端が上に上がるが、彼女は基がそんな目と口なので、目と口の端を線でつないだら綺麗な半円ができる。そうしてできた二つの半円の中にちょこんと置かれた小さな鼻が可愛らしい。

「珍しくすぐ降りてきたわね。もうちょっとでできるから待っていなさい」

 驚いた様子だったが、お母さんの目は開いてなかった。いや、正確には驚いたから彼女としては見開いたほうなのだろうが、目が細すぎて普通に開く私からすれば、そのように見えなかったのだろう。

 ちなみに私は物事を気にする性格なのか、お父さんに似たせいか目は普通に開く。


 TVのニュースが寝起きの私を早速苛立たせる。

「本日JR御徒町駅前で、グラビアアイドルのNORIKOさんが……」

 グラビアアイドルのNORIKOさんには悪いが、TVを消させてもらう。

「もう、御徒町に反応して……」

 リモコンを私から奪ってお母さんはTVをつける。気にしない性格だが、つけた直後にチャンネルを変える気遣いはしてくれる。

「なんで私こんな名前なのよ……」

 物心ついてから何度この質問をしただろうか。そして、何度お母さんは決まりきった答えをしただろう。

「あなたが生まれる直前にね、お爺ちゃんがおかしな宗教団体に騙されそうになったの。みんなが必死で止めたから何事もなかったのだけどね。お爺ちゃんはその事実に気がついてショックを受けちゃってその時の反省から「真実を知る」という意味で真知と名づけたのよ」

 一体その宗教団体と言うのはどこのどいつだ。私にこんな災難押し付けるなんて。

「真知って名前は普通にあるからしょうがないとしてさ、それよりなんなのよ、この御徒っておかしな苗字は」


「御徒の名を馬鹿にするでない!!」

 ……出てきた。私を御徒真知と名づけた張本人たち、お父さんの御徒寛太おかち かんたとお祖父ちゃんの御徒泰蔵おかち たいぞうだ。

 二人とも食べ物を扱う職人なので、髪は坊主とまでは言わないものの短く切ってある。それじゃなくても直毛で、あまり髪が伸ばせないのだそうだ。

 目はパッチリ開いていて口はへの字に曲がっている。髪と口はお母さんに似ていてよかったと私は思っている。


「我が御徒家は徳川家康公より長年の苦労の恩賞として御徒町に屋敷を与えられ、しかもその土地の苗字を名乗る事を許されたのだぞ!」

 ちなみに二人が言うには御徒を名乗る前は大久保おおくぼと名乗っていたらしい。

「そのさぁー、家康公にほめられた家が何で今和菓子屋やっているの?」

「ええいっ!何度も言わせるな!」

 話が長くなるので、私が代わりに説明すると、大久保と名乗っていたご先祖様は和菓子作りが趣味で、正月のたびに様々な和菓子を作って家康公を喜ばせていた。その技術は子孫に伝わり、徳川の世が終わった今では家族を養う大切な収入源になっているということだそうだ。その際、家を御徒町から今の谷中へと引っ越したのだそうだ。

「……というわけだ。さて今日も家康公とご先祖様に感謝しつつ、母さん。昼飯だ!」


 お父さんが言い終える前にお母さんは食卓に昼ご飯を載せていく。

「あれ、二人分足りない」

「真耶はお友達と遊びに行ったわよ」

 真耶まやは私の二つ下の妹だ。私と違ってまともなとても可愛い名前を付けられている。母親に似た細い眼でにっこり微笑まれると姉の私でもドキドキしてしまう。たぶん彼女は男の子にかなりモテるだろう。私は名前を言った瞬間に大爆笑されてお笑いのキャラに位置づけられてしまう。大半の男の子がそうだった。

 兄弟はあともう一人私の二つ上の兄がいるが、お兄ちゃんは現在、御徒家の和菓子屋を継ぐために、愛知の親戚の家へと修行に出ている。外見はまさに御徒家の男の遺伝子を受け継いでいる。

「お婆ちゃんは?また巣鴨にお買い物?」

「いや、今日はね……」

「真知ちゃーん」

 

 お母さんの言葉を遮るようにお婆ちゃんが襖を開けて登場した。

「どうしたのよ、お婆ちゃん。その格好は!?」

 天然パーマで白い彼女の頭にオレンジ色でくるくるとした毛が加わっている。髪だけではなく、顔といい全体の服装といいいつもよりさらに若々しく見える。かといって髪を除けば決して無理な若作りをしているわけではない。気持ちがそうさせているのだ。

「成田空港へペル様に会いに行くんだよ」

「ペル様!?」

 驚いて私はお婆ちゃんと逆、庭の方を振り向いた。薄茶色の雑種の犬がごろんと横になっている。我が家で「ペル」と言えば彼をさす。もっとも彼といっても子供ができないように手術をしてしまったので、元彼と言いのだろうか。

「ペルじゃないのよ。ペル様、最近香港の映画で話題のペル・チャンデスが来日するのよ」

「お婆ちゃんの追っかけはついに海を渡ってしまったのね」

 お母さんが説明すると、私はもう一度「我が家の」ペルを見て呟いた。お婆ちゃんはとても繊細な人で、先のお爺ちゃんの騒動で気を使い、直後に生まれた私や妹のことをいつも心配していたので、病気がちになってしまったのだ。

 私はお婆ちゃんになんとか気を紛らわしてもらいたいと思い、ある日たまたま友達からチケットをもらったアイドルのコンサートに連れて行った。

 そのコンサートにお婆ちゃんは感動し、以来そのアイドルの大ファンとなった。それ以降は自分で格好いいアイドルを見つけては追っかけるようになった。そんな生活をしているうちに、お婆ちゃんはすかっり病気知らずの体になってしまったのだ。

「大丈夫だよ。成田でお迎えするだけで、ペル様と一緒に香港に行くわけではないのだから。あら、いけないそろそろ高田さんの家に行かなきゃ」

 そう言うとお婆ちゃんは軽く鼻歌を歌いながら玄関のほうへと向かっていった。ひょっとしたらその鼻歌はペル様の持ち歌かもしれない。


「真知ちゃん。ご飯食べたらペルの散歩に行ってくれない。お婆ちゃんが朝から支度をしていたから今日はまだ行っていないのよ」

「うん、分かった」

 ペルはお婆ちゃんが三年前に拾ってきた。だからということもあるし、体力づくりという意味でペルの散歩はお婆ちゃんの日課になっている。

 それでも今日のように朝からお出かけの準備で忙しい時や、アイドルの地方公演で泊まっている時が年に何回かあるので、代理として私が散歩することになっている。

 

 昼ごはんを終えると私は紐を持って庭に出た。

「ごめんね、ペル。随分と待っていたでしょう」

 紐を見るやペルはくるくると回り出した。その姿が可愛かったので、じっと見ていると、早く連れて行ってとばかりに、何回か回るごとに私に飛びついてきた。

「分かった。分かったって」

 ペルを紐につなげて家を出る。私の家は店と一緒になっていて、店は不忍通り(しのばずどおり)に面しているが、家はそれとは逆の谷中の細い小道に面している。

 谷中は猫が多い町で有名だ。街中を歩くと猫に会うことが多い。私の庭を歩くことはしばしばだ。猫と犬は普通は仲が悪いそうなのだが、ペルはそんな猫の町で育った犬なので、吠えるというよりむしろ大歓迎と言うように尻尾を振って出迎える。

「ペル、今日もナナちゃんに会えるといいね」

 ペルと仲良しの猫の名前を言うと私は谷中の町へと走り出した。


 簡単だけど私の家族と町の紹介をしました。私はこの家族と町を愛しています。

 ……ただ一つを除いては……ね。

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