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第十四話 思わず、考察

 はるちゃんは思い切りがいいのが長所だがそれが長続きしないのがいけないところだ。目を覚ましたはるちゃんのテンションは梅雨だというのに晴れている天気の代わりに暗いものだった。

「あー、大学でお父さんに会ったらどうしよう……。今日は大学行きたくないよぉ」

「こらー、昨日までのはるちゃんはどうしたー」

 私ははるちゃんの頬を軽くつねる。

「寝ているうちにどこかへ行ってしまいました」

 落ち込むはるちゃんは最近よく見るが、いつもと違うこのはるちゃんの気弱な態度は朝が弱いせいかもしれない。そう思いたい。

「はーい、二人とも朝ごはん食べよう。かっちゃんのお母さんが作ってくれた肉じゃがだよ」

 二日目の肉じゃがを美味しく頂いた後で、後に気象庁から空梅雨と言われることになる六月の青空の下を歩いて登校した。はるちゃんがバスの定期券を持っていないことと、歩けばはるちゃんの元気も取り戻すだろうというのがその理由だ。

 午前中は三人そろって何事もなく授業に出席した。(はるちゃんにとっては二時限連続で授業に出席するのがまれだったらしいが)。問題は昼休みの後の三時限目。伊井国造郎教授の「日本史」である。

 さすがにこの授業にはるちゃんを出席させるわけにはいかないので、はるちゃんはダンスサークルの部室へと避難した。

 昨夜家を飛び出すとき、はるちゃんは伊井国教授に行き先を告げなかった。だからはるちゃんがしぃちゃんの家で寝起きしていることを教授は知らない。私としぃちゃんは何食わぬ顔で出席した。


「椎名さん、御徒さん。ちょっと待ってください」

 授業が終わったので、そそくさと退室しようとする私としぃちゃんを教授は見逃さなかった。私たちとしてはこの事態は予想の範囲内なので、別に動揺はしない。教授がこれから話そうとしていることも読めている。

「……実は情けないことながら娘の遥が家出をしてしまったのだ……」

「ええっ、はるちゃんが家出したんですか?まさか、はるちゃんがそんな……」

 私は自分自身でも大げさだと思うくらいの驚きの声を上げる。

「はるちゃんが……。伊井国先生、いったいはるちゃんに何があったのですか」

 驚きながらも教授に質問するしぃちゃん。私たちが伊井国教授に答えるはずだったのに、これで立場が逆になった。

「君たちは遥から何も聞いていないのか?」

「ええ、最近「お父さんのことで悩みがある」とは言っていましたが……。まさか家出なんて……。それはいつのことですか?」

 純粋にはるちゃんのことを心配しているという様子でさらに問い詰めるしぃちゃん。

「昨日の夜のことなのだが……、そうか君たちなら遥の居場所について何か知っていると思っていたのだが」

 当てが外れてしまったので、伊井国教授は右手で頭を抱えて悩みだした。白いお饅頭をひっくり返したような頭を見つめながら私ははるちゃんの家出について何も知らないふりをし続けた。

「私、もしはるちゃんから何か連絡があったら早く家に帰るように説得します」

「頼む、説得してくれ。一体どうしてこうなってしまったのか……、今まで一度も私の言うことを聞かなかったことはないのに」

「事情はよくは分かりませんが、子供の立場として言うならばはるちゃんの意見にも少しは耳を傾けたほうが良かったのではないかと思います」

 「生意気なことを言ってすみません」と頭を下げると、しぃちゃんは教授に背を向けて歩き出した。私もぺこりとお辞儀をしてしぃちゃんに続く。

「教授は気づいたかな?」

 話の切り上げ方がちょっと不自然な気がしたので、私は少し心配になった。

「あの様子だとまだ家出のショックから立ち直れなくてそれどころじゃないと思うけど……」

「立ち直っていようがなかろうが、はるちゃんの思いをしっかりと受け止めなきゃ。親の勝手で子供のやること成すこと全て決められちゃたらないわよ」

 そう言う私の脳裏にはお父さんとお爺ちゃんの顔が浮かんだ。この二人のせいで十八年間ずっと「御徒町」である。

 結婚して苗字が変わればいいけど、相手の方の苗字次第では「御徒町」から別の町へ引っ越しただけになってしまう。

 

 そんなことを考えているうちにダンスサークルの部室の前に着いた。

 かすかにドアからアップテンポな曲が漏れ聞こえる。入っていいものかちょっと躊躇したけど、授業に遅刻するわけにはいかないので、そっと私は扉を開いた。

 踊っているのははるちゃん一人だけだった。その姿を見ながらニコニコと微笑んでいる部長さん。大勢いると思ったけど、中にいたのはこの二人だけだった。

「いい具合にはじけてきたんじゃない」

 部長さんの言うとおりはるちゃんの踊りからは最初私が見たとき思った「抑えようとしている感じ」が薄くなって来ている。もっともダンスの経験者から見ればそれいがいに感じるものがあるかもしれないが。

「その調子でどんどんはじけていけば、見ているみんなを楽しませるダンスができるわよ。もっと輝けるわよ!」

「ありがとうございます。浅野先輩!」

「頑張るのよ、遥!」

「はい!!」

 曲が終わるとはるちゃんと部長さんは私たちに気づかずいかにも体育会系な熱血シーンを演じて見せてくれた。うーん、なんだか懐かしい光景だ。

「はぁー、青春だねぇー」

 思わず漏れてしまった私の言葉に二人としぃちゃんは驚いて私のほうを見た。

「あ……、いらっしゃい」

 別にいちゃいちゃしていたわけではないのに、まるで恥ずかしいシーンを見られたかのように「部長さん」こと浅野先輩は慌てだす。まああれだけの熱血ぶりを見られてしまったら恥ずかしいか。

「いらっしゃい。かっちゃん、扉閉めて鍵をかけてくれる?」

 私に扉をしっかりと閉めるよう促すとはるちゃんはTシャツを脱いで濡らしたタヲルで体を拭き始めた。いきなりセミヌードだなんて大胆だよはるちゃん。そしてなすごい綺麗な形の胸だよ、はるちゃん。

「お父さん何か言ってこなかった?」

「うん、はるちゃんが家出したから居場所を知らないかって、だから「知らないです」って言ったよ」

 慌てているのは私だけか?

 しぃちゃんは普通に受け答えしている。ふだん格闘技好きだから裸になれているのだろうか。

 つい今しがた慌てていた浅野先輩はまったく気にしていない顔をしている。先輩、今こそ恥ずかしがるべき時ではないでしょうか。

 目のやり場に困った私は部室の中を見回してみる。よく見るとこの部室にはシャワールームが無い。この四号館のどこかにあるらしいのだが、そこへシャワーを浴びに言っては次の授業に間に合わない。ひょっとしたらここの部員はみな授業に間に合わないときはシャワーの代わりに今はるちゃんが私の目の前でやっている「濡れタオルでセミヌード」をしているのだろうか。

「私たちが「知らない」って言ったから、お父さん本当にはるちゃんがどこでどうしているか分からなくなっていると思うよ」

 私が「はるちゃんのヌードの理由についての考察」を展開させているうちにさっきの伊井国教授とのことはしぃちゃんの口からはるちゃんへと伝わったらしい。

 「そっか……」と呟くとはるちゃんはブラジャーを着けて朝着てきたこれまたTシャツを手にする。私だけほっとため息をつく。

「そろそろ次の授業行こうか」

 着替えを終え、スポーツバックを肩にかけたはるちゃん。こんなに授業に積極的なはるちゃんは初めてじゃないか。これもダンスのおかげ?

「よーし、行こっか!浅野先輩、お邪魔しました」

 はるちゃんの姿勢にしぃちゃんも私と同じことを感じたらしい。いつもよりご機嫌な声で浅野先輩にぺこりと頭を下げた。

「どうもお邪魔しましたー!」

 私も二人に釣られていつもよりももっと元気な声で、頭を下げる。

「授業が無くて暇だったらいつでも来てねー」

 と、浅野先輩は手を振った。浅野先輩……、「いつでも来てね」って、まるでいつでも自分がここにいるみたいなこと言っているけど自身の授業は大丈夫なのだろうか。

 部室を出て数歩あるいたところで、私の心の疑問に答えるかのようにはるちゃんが既に閉まった部室の扉を振り向いて言う。

「ああ言っていたけど、実は結構単位取っているのよ。浅野先輩みたいな人が文武両道というのかしら」

「そうだね、自分のやりたいことをやって、授業もきちんと受けるなんてそれをやっている大学生なんてそうそういないと思うよ」

 しぃちゃんも立ち止まって部室の扉を見る。その二人の言葉にまるでそ知らぬふりをしているかのように部室からまたアップテンポな曲が流れ出した。

 たぶん先輩が踊っているのだろう。

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