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第十二話 アイスクリーム

 はるちゃんはダンスサークルに入部した。

 ダンス部の部員の人たちは普段から計画的に練習をしているだけあって、はるちゃんの踊りよりも華麗にそして活発的に動いているのがダンスにあまり詳しくない私でも分かった。

 はるちゃんはそれを見て最初は萎縮したものの、私たちにいつも見せてくれているダンスを演じきった。

「動きはちょっと硬くて抑え気味な所はあるけど、センスはいいと思うわ」

 サークルの部長さんは私がかつて気になった点と同じところを指摘したけど、全体としてははるちゃんの才能を認めた。

 それを聞いたはるちゃんは喜びのあまりその場で入部を決意したのだ。

 ところが、今は喫茶店で私たちの前で

「……ちょっと早まったかな……」

 と、後悔している。

「ええっ!はるちゃん、いきなり何を言うの」

 しぃちゃんは驚いてプラスチックのスプーンをチョコレートアイスクリームに根元まで刺し込んでしまった。

「お父さんにまだダンスのこと言っていないのに……」

 伊井国教授が聞けば激しく反対するのは確実なダンス部に何の相談も無く入ったことを気にしているようだ。

「これでお父さんにダメだと言われたら、どうしようかなって、何も考えていなかったからさ」

 はるちゃんが選んだオレンジシャーベットの氷をスプーンで砕くだけで口に運ぼうとはしない。

「うーん、私はこれでよかったと思うけどな」

 バニラアイスをスプーンで練りまわしながら私ははるちゃんに答える。

「これをきっかけにお父さんにはっきりと言えばいいのよ。隠し続けていたって今のままだといつかはきっと授業サボっていることバレルだろうし。ダンスサークルに入った以上これ以上あいまいにしているとサークルの人にも迷惑をかけてしまうかもしれないし」

 父親がその大学の教授ならなんらしかの影響は出る確率はかなり高いと思う。

「だから、早まったかなって思っているのよ」

「うーん、お父さんのことを考えるとそうかもね……」

 かろうじてアイスから出ているスプーンを指で軽くつまみながらしぃちゃんも悩み始める。

「ちょっと二人とも、さっきまでの勢いはどうしたのよ!」

 十分に練りこんだバニラアイスクリームがたっぷりとくっついたスプーンを私は二人に向けて叫んだ。

「今日は記念すべき「一人はるちゃん」のスタートの日でしょ。それが初日からこんな風に落ち込んでいるようじゃいつまで経ってもお父さんから卒業できないわよ!」

 改めてはるちゃんにスプーンを向ける。

「今日のはるちゃんのダンス入部は確かに早まった部分もあったかもしれない。だけど入部を決めた以上、もう引っ込みがつかない。はるちゃんはこれを気にお父さんに自分の思いを思いっきりぶつけるのよ!」

「確かにそれはそうかもしれないけど……」

「もう一つ道があるとすれば、ダンスサークルの部長に「お父さんのことがあるのでやっぱり取り消します」って言うことだと思うけど、それをやったらこの大学でのはるちゃんのダンスの道は閉ざされてしまうと思うわ」

 ちょっと乱暴で過激な言い方かもしれないけど、悩んでいる友達に発破かけるにはこのくらいの「はったり」は必要でしょ。

「かっちゃんの言うことにも一理あるわね……」

「そうでしょ、しぃちゃん」

 アイスクリームが付いたままのスプーンを勢いよくしぃちゃんに向ける。

「でもダンス部の人には一応話はしていたほうがいいと思う。もちろん「取り消します」って言うんじゃないのよ」

 アイスが溶け出してきたのか、しぃちゃんのスプーンがようやく取れた。

「ダンスサークルに入ったからにはお父さんのことを部長さんに話したほうがいいと思う。ごたごたしたままで入部したら向こうもはるちゃんに接しづらいだろうし……。サークルの了承を得たところで、お父さんにはっきり言ったほうが精神的にはるちゃんに楽になると思うな」

 細かい配慮といった面ではやっぱりしぃちゃんにはかなわないな。

「うーん、そうか……。そうだよね、もう引き返せないんだよね……。かっちゃんのしぃちゃんの意見、私やってみる」

「よーし、その意気だはるちゃん」

「それじゃあ、まずはまた部長さんに会ってこないとね」

「そうだね、部長さんにお父さんのこと話してみる」

 席を立とうとするしぃちゃんとはるちゃんを私は

「ちょっと待った!」

 と、止めた。二人は驚いて私のほうを見る。私は冷静に答える。

「その前に、アイスを食べましょう」

「いけない、すっかり忘れてた。ありがとう、かっちゃん」

 慌ててしぃちゃんはスプーンの柄についているアイスを拭き取る。

「そうだった、まずはこれを食べていかないと……って、ええっ!!」

 はるちゃんが叫びだしたので、今度は私のほうが驚いてしまった。

「どうしたの?はるちゃん」

「私のオレンジシャーベットになんか白いのがついてる」

「そういえば、私のアイスにも……ってテーブル中になんか白いのがついてるよ」

 よく見るまでも無くテーブルには「なんか白いもの」が点々とテーブルについている。それを見ながら私はさっきまでの自分の行動を思い出してみる。

「あー、それ私のバニラアイスだ、ごめん。でも食べても問題ないから」

「もーう、かっちゃん。アイスはいいけど、テーブルがべとべとして気持ち悪いよー。」

「オレンジとバニラって意外とあうのね」

 アイスクリームを十分味わった私たちは再びダンスサークルへと向かった。部長さんの反応は私たちに好意的だった。前にもはるちゃんと同じようなケースの部員さん(さすがに家族にこの大学の教授がいる点は違ったが)いたらしくて、その時は部全員がその人を守ったそうだ。

「別に相手がこの大学の教授だからって問題ないわよ」

 はるちゃんより背が高くて髪の短い(胸もはるちゃんより小さい)この部長さんを「姉御」と心の中で読んだのは、私だけではなくしぃちゃんもはるちゃんもそうだったと思う。

「よかったね、はるちゃん。頼れるお姉さんで」

「うん、なんかさっきまで心配していた自分が馬鹿らしくなってきちゃった」

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り出した。休憩を挟んだ後の授業は私としぃちゃんは別の教室とはいえ履修している教科がある。

「うわー、次はこの四号館から一番遠い五号館だ……。しぃちゃんはいいな、近い一号館のしかも同じ階だから、渡り廊下を行けばもうすぐそこなのね」

 チャイムとともに中庭へと出てくる学生たちを見て私はため息をついた。

「うん、そうだね。でもかっちゃんの教室は地下にあるでしょ。ここから降りるだけだから上るよりはマシだと思うよ」

「五号館の地下って……。かっちゃんの授業ってもしかして……」

 うーん、このはるちゃんの問いかけは何か嫌な予感がするな。

「「心理学A」だよ」

「私も「心理学A」だよ!一緒に行こう」

「はるちゃん……。その授業ほとんど出ていないでしょ」

「うん、出ていないよ」

 ……嫌な予感が的中した。幸い人数が多いから出席は点数に入らないといえ、これはしぃちゃん怒るだろうな。

「もーう、はるちゃん。今日からちゃんと出るのよ」

「分かったって、かっちゃん。一緒に行こう」

 「ノートのコピーもお願いね」とそっと私に耳うちをするとはるちゃんは中庭へと続く階段を駆け下りていった。

「ちょっと、はるちゃん。早いよー」

 私も急いで彼女の後を追いかけた。

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