第十一話 一人はるちゃん
「……はるちゃんってひょっとしてこの大学に来たこと後悔している?」
いろいろと説明するのも回りくどいなと思ったので、私はいきなり確信をついてみた。
「……なによ、いきなり」
少し驚いたような返事をするところを見ると、私の言葉は外れではないらしい。さらに私は突っ込んでみる。
「お父さんにダンスのこと反対されているんでしょ」
「勝手なこと言わないでよ。」
「しぃちゃんも私も心配してるの、せっかく大学に入って一緒になったんだから一緒に卒業したいじゃない」
「心配しているからって私とお父さんのこといろいろ言うことないでしょ!」
はるちゃんが声を荒げて叫んだのと同時に「バチッ」と音がした。「叩かれた」と一瞬思っけど痛くない。
はるちゃんの方を振り向くと彼女は別のほうへ視線を向けている。その先へ目をやると、しぃちゃんといきなり乱入してきた男の人が申し訳なさそうな顔をしている。
「ごめんねー、驚いたでしょ。ワンツーパンチ打つ真似していたらついこの人の手に当たっちゃって……」
「しぃちゃん……」
私の呼びかけも聞かず、彼女は隣の人とまた話し出す。今度は「キック」の話題に移ったようだ。まだ彼女の熱は冷めない。
ところがはるちゃんの方の熱は少し冷めたようで、大きく息を吐いた後、
「……お父さんもお母さんも私のダンスのことは知らないよ。」
と、これまでの二人のいきさつを話し始めた。
小さいころからお父さんの言うことばかり聞いてきたこと、ダンスに出会って初めてお父さんと意見が違うことに気づいたこと、それを隠し続けていたこと。今までのの大学での不真面目な態度はお父さんに対する「せめてもの反抗」であること。
「私が授業にあまり出ていないことはもうすぐお父さんにも分かると思う。そのときになったら私は私の気持ちを伝えるつもりよ」
お父さんへの対決姿勢をきっぱりと宣言したはるちゃん。そんな彼女に私は当然答えが用意されているであろう質問を投げかける。
「はるちゃんが本当に行きたかった所はこの大学じゃないならどこだったの?」
先ほどの真剣な目つきとは違い大きく目を丸くしたはるちゃん。視線を上に上げると、途端に気が抜けたかのようにうつむいてしまった。
「どこへ行きたかったんだろう……」
彼女の反応に私は少々戸惑う。
「ダンスをやりたかったんでしょ。だからダンスの専門学校に行きたかったんだよね」
はるちゃんは手に持ったコップを揺らす。底の方に薄く残ったアイスティー作る円が形を変えていく。揺らしながら彼女は小さく、かろうじて私が聞き取れるぐらいの声で呟く。
「ダンスをやりたい気持ちはある、でもそれよりも「お父さんの言いなりになりたくない」気持ちのほうが強かった。だから私はそれ以外、何も考えていなかった。逆らったあとどうしようかなんて……」
「はるちゃん……」
私とはるちゃんは似ている。と思った。
私と同じく家族のために悩み続けている。私のほうは人からからかわれるだけだが、彼女の場合はそんなお笑い程度(いや、私自身にとってはものすごく真剣な悩みなのだが)では済まされない。
しかし、彼女と私が大きく異なる点は私の悩みが自分自身ではどうにもならない(生まれた時からのものだからね。)悩みに対して、彼女のそれは自身の努力で解決できる可能性が大いにあることだ。
テーブルに置かれた携帯電話に陶器の河童がさみしくぶら下がっている。河童は自分がこの家族に生まれたいかどうかを選択できる。
「はるちゃん、この大学にダンスのサークルがあることを知ってる?」
「ううん、この大学のことについてはあまり興味を持ちたくなかったから」
はるちゃんは元気なく答える。表情もいつものキリッとした彼女からすっかりかけ離れている。
「次のゼミの授業が終わったら一緒に行って見ようか。」
「え……」
「大学とダンスを両立させている人たちと会うことで、はるちゃんがどうしたいかが見つかると思うの」
「……うん、行こうか……」
少し笑顔を浮かべた彼女を見て、私は嬉しくなった。ちょうどしぃちゃんのボクシング話、いや格闘技話も一段落着いたようだ。
「しぃちゃん、教室行って発表の打ち合わせをしよう」
私たちはしぃちゃんを連れ去るようにして食堂を後にした。幸いにして男の人は後を付いてこなかった。