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4 消したい男の過去


そう言って、黒田は出て行った。なんでもこの近くに住んでいるライターのところに原稿の上がり具合を見に行くのだという。

「ご苦労さん。」

 俺は見送った。

 ひとまず今夜は元町にある、ピアノバー・エンジェルをあたってみる事にしよう。しかし、天川折姫はまだ何か隠している。見つかりたくない、と言いながら、マセラッティだなんてありえねぇ。


 15時ジャスト、インターネットから、俺の口座を確認した。黒田の言っていた通り、天川折姫名義で50万円が入金されていた。金のあるところにはあるもんだ。今夜はピアノバーに行くことにして、その前に、皆藤渉の住所に行ってみることにしよう。

 横浜市中区本牧Ⅹ―Ⅹ

      皆藤(かいどう) (わたる)

 その住所を地図で調べる。

歩いて行くにはちょっとあるが、同じ本牧だ。散歩がてら行ってみることにした。

「身を隠すほど会いたくなかった男の居場所の近くまで、いくら娘が行方不明だからって派手な車で来るかねぇ」

 昼間、事務所で話している時も、黒田からマセラッティときいて、天川折姫が理解できなくなっていた。そして、この住所までの道すがら、益々、その疑惑は膨らんだ。天川折姫は何度かここへ通ったと言っていた。俺の事務所がそこへほど近い事くらいわかっていた筈だ。会いたくないのに、見つかるかもしれない危険を冒してやってきた。


――なぜ――


こんな日は、必ずネクタイを締める。その方が、情報を得やすい事を、長年の経験から俺は知っていた。探偵なんて恰好はどうでもいいだろう、なんて思われるのが一番困る。信用されなければ、誰も何も話してはくれないのだから。

 その男の住所は、俺の事務所からは歩けば分20の距離だった。だけど、人の流れとは全く逆の、どちらかと言えば、あまり人気のない、そんな場所だ。何棟かの賃貸オフィスビルが並ぶ、建物と大きな駐車場に挟まれるように立っていた。

駐車場と、その家は薄いブルーのフェンスで囲まれていた。おそらく、この駐車場の持ち主がこの家の売主だったのだろう。駐車場と、その家は、小さな扉で繋がっていたが、その扉は針金でぐるぐる巻きにしてあった。

「皆藤 実」

 道路に面した表札にはそう書かれていた。父親だろうか。周りが真新しいマンションや、瀟洒な家が立ち並ぶせいか、その家には「昭和の匂い」がした。2階建てで、バルコニーやベランダと言うよりは、物干しという言葉がぴったりと当てはまるスペースが、2階の南側にはあった。すべての窓に雨戸が閉められ、一見して誰も済んではいないように思われる。モルタル塗りの外壁はひどくひび割れが入り、あるところはそれが割れて崩れかかっている。駐車場スペースもガランとしていた。


「何か、御用?」

 そう言って、俺に声をかけてきたのは、どうやら、斜め前の大きなビルの住人らしい。俺が覗き込むのが気になって、隣から出てきたようだった。品のよさそうな、60代くらいのご婦人だった。

「あ、いえ。」

「まさか、ここを買おうって気かい?」

「え、あ。そんなところです。」

「ほお、ここをかい?」

「ええ。」

「ま、悪くはないが。あんた、この町の者かい?」

「ええ。5年ほど、本牧にいます。」

「5年か。じゃ、あの事をあんたはしらないんだね。」

「あのこと?」

「5年じゃ知らないんだろう。ここに住んでいた家族のこととか。買うって言うなら止めないが、私とこは、そこで不動産屋やっててね、こうしてしゃべっちまったんだから、教えてやるよ。まあ、入りな。」

 そう言って、そのご婦人は、皆藤渉の実家前にあるビルの1階に入って行った。おそらく、皆藤渉の実家もこの不動産屋が管理しているのだろう。中から、若い男が出てきて、

「社長」

 とそのご婦人を呼んだ。

「お客様だ。お茶をだして。」

 そう言って、応接に腰を掛けた。

「まあ、どうぞ。」

 俺は言われるままに腰を掛けた。

「この辺りに小さくてもいいので、日当りの好い家を探しています。」

 言った事は嘘ではない。田舎に置いてきた母親と一緒に住める場所を探していた。今の事務所に住民票をおいて2年。いつかまともに暮らせる日が来たら、あの事務所とは別に安住の地をここに見つけてやる、と思い続けて、もう2年だ。

「別に隣じゃなくてもいいんだろ。」

「そりゃそうですが、あのくらいの所なら、安く買えるかな、なんて思っちゃいまして。」

 俺は、適当に話をした。

「もう、隣は誰も住んではいないんですか?」

「あたりまえだろう。住める訳がない。」

「……」

「おや、本当に何にも知らないのかい?あのこと。…何があったか知らないで買っちまっていいのかい?」

「えっ、隣は事故物件か何かですか?」

「まあ、そんなところだね。物件はいくらでもあるから、隣はやめておいた方がいい。」

「そうなんですか…。」

「事故物件といったって、気にしなけりゃお買い得なものはたくさんあるさ。殺人、自殺、火事なんていうのは、問題外だろうけど、たとえば、隣に暴力団の事務所があるとか、売主が暴力団とか、最近なんかじゃ、宗教団体関係も嫌がられるね。」

「そういう問題を抱えてるんですか?」

「近いね。」

「そうでしたか…。で、どんな?」

「隣の息子。」

「?」

「警察に2度も御用になってね。」

「2度…。」

「そうさ。そのたびに隣の家は世間にテレビや新聞でお披露目さ。」

「新聞にも載るほどの事件を息子が起こしたって事ですか?」

「そうさ。だから、おススメはしないさ。」

「なるほど。」

「どれくらい前の事なんですか?」

「うちの初孫が生まれた頃だから、最初はもう17年も前になるさ。もともと暴走族だ何だと素行の悪い奴だったけど、あれからここには寄りつきゃしないさ。ご主人は亡くなって、奥さんは、元町の方だったか、呉服屋をやっている実家に戻ったって聞いたけどねぇ。」

「ずっと空き家ってことですか?」

「もともと、あの家はうちの父が住んでいてね。それを売ったのさ、息子のオヤジにね。いろいろあって売りに出して欲しいと言われていたんだが、とても無理さ。」

「息子は何をしたんですか?」

「あの男、とんでもない、趣味をお持ちだったのさ。」

「趣味?」

「そう、趣味さ。」

「本当に何も知らないのかい?」

「じゃ、特別に教えてやるよ。」

 こちらにちらりと目をやって、ご婦人は話し始めた。

「おかしくなり始めたのは、20歳くらいの頃じゃなかったかねぇ。身なりが派手になって、こう、首周りに金のネックレスぶら下げて肩で風を切っているようなそんな感じだったね。その程度なら、まあ、男の子だったら、誰でもあっても不思議じゃないだろう。誰だって、そのくらいならね。でも、隣のドラ息子はそれじゃ済まなかった。サラ金に手を出してね。家にも取り立てが来ていたよ。サラリーマンの親父にずいぶんとお金を出させたみたいだったさ。だけど、そうこうしているうちに、今度はドラ息子、何を思ったか、そのサラ金で働くようになったみたいでさ。取り立て屋になっちまってね。相当ひどい取り立てやったらしくて、借金していた家族が、一家心中しちまったのさ。心中には違いないが、なんて言ったかな、そういうひどい取り立てをしちゃいけない、って法律にひっかかるような事していたらしいね。相手に暴力振るったりしたって事で、逮捕されちまったんだよ。」

「逮捕?」

「そう、逮捕さ。どこでどう調べたのか知らないけど、ある日突然、ワイドショーや何やかやがここに押し掛けてくるようになってね。親父さんはサラリーマンを続けられなくなって、家に引きこもっていたんだよ。でもね、当時は社会問題の一つでもあったからか、写真誌がしつこく張り付いていて、顔写真撮られて、「これが取り立て屋の父親」みたいに雑誌に載っちまったのさ。そんなショックもあったんだろうが、心筋梗塞とかであっという間に亡くなっちまってね。」

「そんな事があったのですか。全く知らなかったです。」

「驚いたかい。」

「ええ。びっくりしました。」

 俺が、オーバーなくらいにびっくりを強調して言うと、そのご婦人は、

「でもねぇ、本当にびっくりしたのはその後さ。」

 と言って、もったいつけて、続きを話し始めた。

「しばらくの間、警察のご厄介になっていたんだろうけど、親父さんの葬式にも当然ドラ息子は欠席で。いくらも経たないうちにまたドラ息子がさ。」

「また何かした?」

「今度は、幼児ポルノだそうだ。幼児ポルノ。あんたわかるかい?」

「未成年の…ですか?」

 実際、俺にはまったく興味のない話だった。

「そうだよ。でも、未成年どころか、幼稚園くらいのまだまだ、かわいい盛りの子供の裸を撮ってたんだよ。」

「隣で、ですか?」

「そうさ、息子がしばらく出入りしているな、と思ってたらそんな事をやってたらしい。最近じゃようやく、そういうのを取り締まる法律ができたらしいけどね。なんでも、昔のサラ金の取り立ての仲間とやってたらしいけど、サラ金に金を返せない母親達から、子供を連れてこさせて、写真を撮ってたらしい。警察にも散々聞かれたさ。いい迷惑だったよ。家の名義は母親にあるらしくて、後になって鍵を変えたらしいけどね。捕まった後、テレビのワイドショーなんかでも盛んにこの辺りが放送されちまってね、ずいぶんとたくさんの写真や雑誌が押収されたって言ってたねぇ。」

「それで、隣は2度目のお披露目ですか…」

「他にも叩けば埃ばっかり見つかるのだろうよ。真面目にやってたときだってあったんだけどねぇ。」

「じゃ、隣は止めた方がいいか。」

「あんたが住むのかい?」

「山の中に母親残しているんで、陽のいっぱいあたる場所で一緒に暮らそうかと…。」

「ほお、親孝行なんだね。協力したいが、隣はやめておきな。いい事ないさ。買うんなら更地になってからだね。値も下がるだろうから。もっとも、持ち主は売る気が無いようで、とりあえず管理は任されているんだが、中には荷物も残っているから、入ってもらっちゃ困ると言われていてね。家の中はそのままさ。雑草が生い茂って、夏は蚊が増えちまうんで、小さいながらもあの庭だけは、年に2階、うちの駐車場と一緒に植木屋呼んで綺麗にしているがね」

「そうですか。わかりました…」

 俺は頭を下げてその場を立ち去ろうとしたその時、そのご婦人が、

「そう言えば、」と、俺を呼び止めた。

「なにか?」

「いや、孫の言う事だから、よくはわからないけどねぇ。あんた、マセラッティって言う車知ってるかい?」

「ええ、高級外車ですよ。」

「私なんて、走りゃいいと思っているからどれがどれだかわかんないけどね、1カ月くらい前に、そこんとこにマセラッティが停まってて、隣の様子を窺っていたようだったって言ってたよ。また、やばい事にならなきゃいいんだけどね。」

 そう言って、路地に曲がる直前の四つ角を指さした。

「中には綺麗な女が乗ってたらしいけど。まったくねぇ…。」

 

――また、マセラッティか…。――


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