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2 消えた娘

「娘を探していただきたいのです。」

 少しの間をおいて、天川折姫が切りだした。

「娘さん?」

「はい。私の娘です。」

「まさか…家出?」

 この時の俺は、とにかく家出調査だけは勘弁してくれといった状態だった。もう、ガキのケツを追いかけるのは勘弁して欲しいくらいの状態だったのだ。この時点での唯一の救いは、「私の娘」と天川折姫が言った事。追いかけるのがガキでも青臭い生意気な野郎じゃないってことくらいだった。

「家出なんてするわけありません。家出する理由がありませんもの。」

 そう言うと、天川折姫ははらりと涙を流したのだった。

 すると、黒田が話し始めた。

「天川先生は、家出は絶対あり得ない、と言っています。」

「いや、申し訳ない。このところ、失踪人捜索がガキの家出ばっかりでうんざりしてたんで。正直またか!って思っちゃうんだよ。」

 俺は天川折姫の顔を覗き込んだ。俺を見る目が、「信用してない」と言いたげだ。

「信じろ、って言う方が無理なんでしょうけどね。捜査するって、根掘り葉掘りききますしね、調べるうちに、痛いところも何もかも俺が知ってしまう結果になってしまう事もあるんですよ。さっきも話しましたけど、守秘義務で、誰にも話したりはしません。でも、信用できないなら、僕は調べません。いくらでも探偵はいますから。」

 俺がそう言って冷蔵庫から缶コーヒーを3本持ってソファーに戻ると、天川折姫は、

「いえ、こちらにお願いしたい、そう思っています。黒田さんからのご紹介ですし。他に頼れる人がいないんです。よろしくお願いします。」

 そう言って、顔色の悪いその女――天川折姫――はそっと頭を下げたのだった。


「天川折姫さん。あなたの本名は?」

 少し間をおいて、

小鳥遊(たかなし)冴子(さえこ)です。」

「で、お嬢さんの名前と歳は?」

小鳥遊(タカナシ)()(ヅキ)、18歳。T大の1年です。」

「タカナシミヅキさん。どんな字を書くんですか?」

「コトリがあそぶ、と書いて、たかなしと読みます。それから、美しい月。」

「ほお、タカナシさんとは、珍しいお名前ですね。」

「それが、私にとっては苦痛なのです。」

「苦痛?」

「すぐに誰だかわかってしまいますから…。」

「?」

 2人の会話に割って入るように、黒田が言った。

「天川先生は、ご家族はもちろんご自身も表舞台に出る事は望んでいないのですよ。今じゃ、文庫本も単行本も、表紙をめくれば作家の小さな顔写真が表に出ていますが、それも表に出してはいません。もちろん先生の本名も。出ているのは、天川折姫と言うペンネームと出身地だけ。表に出したくない、という先生の意向もありますが、そうすることで、付加価値がついて、ミステリー作家、天川折姫自身がミステリーとなって、今や、売れっ子。週文社内部にも最初は賛否両論ありましたが、天川折姫は天下人同然。珍しいお名前なので、これも一切シークレット。表には出していないのです。」

「なるほど。じゃ、週文社関係者以外では、俺だけが知っているのかな。天川折姫の本名を。」

「そう言う事になります。」

 黒田は小さく頷いた。

「俺はずっと、天川折姫はこの世に実在しない、そう思っていたよ。」

「高山さんはそっち派でしたか…。」

黒田は笑った。

「いろいろ言われていたよね、ミステリーロマン大賞の授賞式でさえ、貴方が出てこなかったから。」

 そう言って、俺は天川折姫の方へ視線を送った。

「こちらとしては、売れてしまえばそれはそれで良しとなりますが、その一方で、天川折姫と云う名前で複数の作家が創作活動をしている、とも云われてましてね。確かに、天川先生は次々世の中に作品を送り出してくれるし、創作しているもののジャンルがかなり広い。そう思われても仕方が無いくらいですよ。」

「横道にそれてしまって、申し訳ない。で、お嬢さんが居なくなったのはいつ?」

「1月8日の午後です。」 

 天川折姫は娘の失踪について、ゆっくりと話し始めたのだった。

 天川折姫によれば、1月8日の午後、依頼されていた小説の原稿を週文社の担当が取りに来たのが15時頃。編集者が持ってきたアップルパイを娘の美月共々3人で食べ、編集者が帰って行ったのが16時過ぎ。そのあと、「今日はお寿司が食べたい」と言いだした美月のために天川折姫が自ら寿司を注文し、その寿司が届いたのが、注文通りの19時。でも、その時にはもう娘は自宅におらず、娘が失踪したのは16時から19時までの3時間の間だという。もう大学生になる娘なので、思春期にありがちな母と娘の衝突や諍いがなかったとは言わないが、特に厳しくしてきたわけでもなく、家を出て行かなくてはならない理由は思い当たらない…と言う。

「時間は間違いない?」

「ええ。確かよ。」

 そういう天川折姫をフォローするように、黒田は言った。

「その日、原稿を取りに言った芝原にも確認しましたよ。あ、芝原というのは、天川.折姫プロジェクトの担当編集者です。いろいろ理由がありますが、天川折姫はシークレットを売りにしているので、担当者も数名専属で動いてます。」

 頷きながら、俺は言った。

「お嬢さんの写真は?」

 そう言うと、天川折姫は、

「これが、娘の写真です。」

 そう言って、3枚の写真をテーブルの上に置いた。

「ほお、これは美しいお嬢さんですね。T大ということだし、天が二物を与えちまった、って事だね。」

「冗談はやめてください。」

 天川折姫は、細い指で持っていたハンカチを握りしめながら、抗議の瞳を俺に向けた。

「いやぁ、冗談を言ったわけではないのですよ。なかなか美しいお嬢さんだと。これだけ美しければ、寄ってくる男だってたくさんいるでしょう。お嬢さんに恋人は?」

 俺は構わず続けた。これだけ美しい娘が消えたのだ。男関係を聞かないわけにはいかない。

「娘には恋人がいます。この写真に隣同士で写っている彼がそうです。」

 写真はテニス部の練習中に撮ったものだという。何人も写るその写真の中で、天川折姫の娘――小鳥遊美月――と恋人は人一倍の笑顔を浮かべている。

「名前は?」

「法学部の長瀬隆さん。」

「連絡とってみました?」

「ええ。でも、携帯も繋がらなくて。」

「一緒にいる可能性は?」

「わかりません。だって、連絡が取れないんですもの。でもね、私はうちの娘に対して、連絡もせずにどこかに行ってしまうような、そんな娘に育ててはいませんよ。今までだって、何一つ隠しごとなく娘は育って来たんです。長瀬君との事だって、反対なんてしていませんから。」

 そう言うと、気丈に話していた天川折姫の瞳から涙がこぼれおちたのだった。

「警察へは届けました?」

「届けましたよ。行方が分からなくなった翌日には。相談を受けて、僕が一緒に行きました。」

 と、黒田は言った。

「所轄はどこ?」

「青山警察ですよ。」

「青山ね…。」

 俺の頭に浮かんだのは、やっぱり青山か、という思いだった。それくらい、青山と云う場所が天川折姫には似合っている。

「わかりました。で、お嬢さんの父上は?」

「…」

 答えない天川折姫を、俺は見据えた。

「未成年者が行方不明になったような場合、恋人か、離れて暮らす親を調べないわけにはいかないのですよ。話してください。」

「あの子に父親は居ません。」

 天川折姫は唇を真一文字に結んでいる。頑なにそれを隠そうとしている…。

「何か事情があおりのようだが、そのままにするわけにはいかないのです。話してください。そこにお嬢さんが居るかもしれませんよ。」


――そこにお嬢さんが居るかもしれませんよ――


 そう言うと、天川折姫は、握りしめたハンカチをさらに強い力で握りしめながら、言ったのだった。

「絶対に口外しない、と約束してくださいますね。」

 天川折姫が言った。

「天川先生、良いんですね?」

 黒田は何か知っているようだった。


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