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1 登場

横浜本牧の地に小さな探偵事務所を開いて、そろそろ5年が経とうとしている。俺が地方の刑事を辞め、横浜本牧埠頭に近いこの地で、探偵事務所を開いてからと云うもの、どういうわけか高校生やらなんやらのガキの家出人の相談調査が群を抜いて多い。これで喰っているのだから、文句を言っても仕方が無いが、どうせ探すなら、とんでもない美人とか、おもいっきり金持ちとか。そんな仕事はないもんか、と、最近思うようになって来た。

警察官だった時、惚れた女がいた。荒れた生活をしていた女だった。そいつをそこから救いあげようとした時、その事が週刊誌の記事になった。辞めなければならない状況になり、決断した途端、女は姿を消したのだった。その女を探しているうち、赤の他人を探す事が俺の仕事になった。もう何年もこうして俺は誰かを探し続けている。


「ふあっ…もう朝かよぉ。」


 昨日も親に怒られて家出していた高校生を見つけ出し、親元に無理やり連れ戻した。なんやかんやでここに戻ってこれたのは、深夜2時を回っていた。

――ガキの癖にいちいちブータレやがって、挙句の果てに女子大生のところにもぐりこんで、とんでもねぇ、ガキだったな…――

 そんな事を思いながら、部屋のカーテンを開けた。窓からは、本牧埠頭が見える。今日もまた寒そうだ。ここのところ、この部屋のソファーが俺のベットだ。本当のねぐらに戻れるのはいつになることやら…。

「やれやれ…」

 手帳に目をやる。ああ、今日も人探しの依頼を受けていたんだったな。俺――高山(たかやま)(はる)()39歳――の手帳にはぎっしりと人探しのためのアポが書き込まれている。刑事時代の習慣か、とにかくぎっちりだ。

実は今日の依頼人が誰なのか、俺は知らない。俺が知っているのは、俺にこの仕事を持ってきた男が、週文社という雑誌社の編集の仕事をしている、黒田という男だ、と言う事だけだ。俺はニ度この黒田と仕事をしたことがある。美味い酒は飲ませてくれるし、金払いもいいので、こちらからお願いしたいところだが、今度の仕事はちょっと胡散臭い。何しろ相手が有名人過ぎる。そんな有名人の仕事が俺のところに廻ってくるなんて、何かウラがあるのだろう、と思わざるを得ない。まあ、金になればなんでもいいのだが…。


 最初の仕事は、『昔懐かしの芸能人が今どうしているか』、と云った特集記事で、何人かどうしているかわからない昔のアイドルの近況を調べてくる、と云うものだった。何人かピックアップされた元アイドル達のうち、何人でもいい、とにかく近況を調べて報告しろ、と云うものだった。それなりに喰いつなげて、俺にとっては美味しい仕事だった。

2度目の仕事は、週文社が協賛していた映画の撮影中、ある若手歌手の護衛を頼まれた。とにかく、人気絶頂だったので、誰に狙われるかわからない、何かあったら困るから、守れ。と云うものだった。結局護衛中は何も起こらず。後になって、「殺す」という脅迫状が届いていた事がわかったのだが、何も起こらなかったので、良しとした。

その仕事のあと、しばらく連絡のなかった黒田から、「会いたい」と携帯の留守電に連絡をもらったのは、3日ほど前の事だった。緊急と言われたけれど、こっちは、高校生のケツを追いかけていたので、今日に先延ばしにした。その時に、黒田から、「今回の依頼主は超がつくほどの有名人」と、言われた。ガキばかり追いかけてきたので、なんとなくワクワクした。

その日、黒田がこの事務所に現れたのは約束の11時を少し廻った頃だった。

「すいません、駐車場探すのに時間がかかって…。」

 ドアを開けるなり、黒田はそう言った。その黒田の後ろに立っていたのは、仕立ての良さそうな黒のワンピースと質の良いカシミアのコートを羽織った女だった。横浜よりも青山が似合うような女だった。水商売より、ブティックとか洒落たレストランに居そうないい女だ。

「久しぶりですね、元気でした?」

「ああ、それなり。いつも通りだよ。」

 俺がそう言って、後ろに立つその女に目をやると、黒田が、

「こちらは、天川折姫さん。今回の依頼主…。」

 と俺の顔を覗き込んだ。

「天川折姫…?って、作家の、あの天川折姫?。」

「そう、女流作家の天川折姫。」


天川折姫は新進気鋭の女流作家である。いわゆる大衆文学を好んで書き、週文社主催の「ミステリーロマン大賞」で金賞を受賞し、賞金1500万を受け取ったのは、つい最近の事である。ここ数年小説は書き続けていたようだが、週文社での大賞受賞前から、さまざまな賞を受賞し、文学界を席巻している。だが、その私生活はすべてベールに包まれていて、メディアへの露出は一切行っていない。もちろん、天川折姫と言うのはペンネームであり、本名、年齢、その他一切明らかにされていない。そのことがより一層、天川折姫が描く世界への欲望をかき立てるのか、出せば売れるどころか、出すのを誰もが待っているほどの状態である。


「一切極秘と言う事で、お願いしますよ。」

 黒田はそういうと、一瞬のうちに目つきが鋭くなった。

「極秘…。ま、探偵はいつでも極秘任務ですよ。」

 と言うと、

「守秘義務ってことですよね。」

 と、黒田が言った。

「ええ、口は固いですよ。」

 と俺が笑うと、黒田も笑った。が、天川折姫の表情は暗かった。と同時に何かを隠している固さが簡単に読み取れた。

「こちらが、お話していた、探偵の高山春馬さん。元刑事さんなんで、頼りになりますよ。」

そう言った黒田の様子からも、厄介な仕事を持ち込んで来たのがアリアリと伺える。ま、久しぶりで血が騒がないわけでもない……。


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