遺志
私は姉のものをいつも欲しがっていた。
着るものも、食べるものも、使うもの全てが、欲しくて堪らない。
同じものを与えられても、どうしても姉の持つものがいいように思えたから。
だから欲しくなると私は、いつも駄々をこねた。
両親はそんな私を必ず厳しくしかる。
けれど私は欲しがり続けた。
すると最後には、
『ミホが欲しいなら、これあげる』
姉は必ずそれを譲ってくれた。
一度だって、くれないことはなかった。
けれど、あの時だけは、
『お姉ちゃん!結婚なんてやめてよ!!』
『……』
『お姉ちゃん知ってたでしょ!私が、私がずっと!!』
『……ごめんね』
『!?』
あの時だけ、初めて、姉は私のワガママを聞き入れなかった。
だから私は、自棄を起こし、実家を出て行った――。
◇
私は気づいたら、義兄の頬を平手打ちにしていた。
だって、ネネを、姉が、そう躾けたって。
「何、馬鹿なこと言ってるの。ネネは、お姉ちゃんの……」
「ミキの子供だ。紛れもなく、俺との間の」
その言葉に、ずきりと胸が痛む。
このごにも及んで、私はまだこの男が……。
「この子はミキが産んだ子。けれど、この子は……」
――ミホの為に産んだ子だ。
「……は?」
頬を叩かれた勢いで、俯いたままの義兄。
私はその事の意味がすぐに理解できなかったけど、
「……まさか」
ひとつだけ思い当たるふしに、私は両手で口を押さえて俯いた。
「まさか……お姉ちゃん」
「……」
「義兄さんも……?」
「……」
「お姉ちゃんも、アンタも!!」
――私が子供埋めない体だから!!
気づいたら私は義兄の襟首をつかんで締め上げていた。
私たちの間で、きょとんとした表情のネネが見上げている。
彼は苦しいそぶりも見せず。ただ黙って、私を見つめていた。
「何、もしかして……私に、子供ができないからって」
「そうだよ」
「何よ、それ……」
声を震わせる私に向かって、義兄がさらに、
「それに」
「何よ、今度は……」
「ミホはいつだって、ミキのものを……欲しがってたから」
その言葉に、私は言葉を失った。
あまりの事実に脱力し、彼から手を緩めた私はそのまま俯いた。
「……なんとか、いいなさいよ」
「言わないよ。俺の本心を言ったら君はきっと、俺を許さない」
「……」
「それに、ミキにとって辛いのは、ミホに……、」
この世で何よりも愛する君に、忘れ去られてしまうことだから――。
姉はいつだって、私が欲しがるもの全て与えてくれた。
それはいつだって、例外でなく。
きっと、あの時の『ごめんね』は……。
「私は、お姉ちゃんのものが、欲しかっただけじゃない……」
「……あぁ」
「お姉ちゃんみたいに、なりたかったの……お姉ちゃんが、」
お姉ちゃんが、好きだったから――。
その想いは、同じなのだろうか。
私達の抱いた想いは、カタチは違えど、その本質も……違う?
私はズルズルと、その場で泣き崩れた。
唇をかみ締め、嗚咽を混じりになき続ける私に、小さな手が何度も頭を撫で、大きな掌が優しく背中を摩ってくれた。
この事故は、本当に偶然だったのかもしれない。
けれど、姉が秘めていた想いは、確実に――。
『ミホが欲しいものは、お姉ちゃんが全部あげる』
この男と娘という鎖で、私の心を……。
end