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真意


 翌朝、身支度を済ませた義兄は部屋から去った。

 これからどうするのかとか、娘のネネのこととか。

 そんな話は、何一つなかった。



     ◇



 それから、翌日。

 司法解剖を終えた姉が、実家に無言の帰宅をした。

 その日に行われた、通夜でのこと。


「……久しぶりに、ミホが帰ってきてくれたのに」


 そう言って心労を押して遺族席に並ぶ母の隣で、私はただ淡々と参列者に頭を下げ続ける。

 私は義兄とのことでの後ろめたさもあったが、何かにつけ自分を姉と見比べてきたこの母に対しても、居心地悪いものがあった。

 母を挟んで、放心状態の父が立ち尽くしている。

 時折声をかけられては、その隣に居る義兄が変わりに応えるの繰り返し。

 参列者は、居たたまれない様子で、私たちを……見つめてその場を去っていった。

 もう深夜に差し掛かり、訪れる人ももう葬儀に見えるだろうと思われた。

 その時、


「……?」


 若干眠気もきていた私はぼんやりと奥の扉のほうを見やった。

 少しだけ開かれていた扉の隙間から、何かかが飛び出してきたのがわかった。

 私は首を傾げて見つめていると、それはこちらに向かってきていた。

 それが何なのかすぐに理解できず、気づいたときには、


「え……」

「ネネ!」


 私の脚に、まだ幼いネネ、姉の子供がしがみ付いていた。

 義兄の両親が、奥の部屋でお守りをしていたはず。

 何があったのか分からないが、ネネは脚の間の窪みに顔を埋め、がっちりしがみ付くネネに戸惑いながらもただ見下ろしていると、


「ネネ、離れるんだ」

「……」


 父である義兄の言葉に耳を貸さず、黙ったままの彼女に、


「どうしたの?怖い夢でも見た?」


 努めてやんわりと、優しく頭を撫でて声をかけるた。

 すると、とんでもないことを口にした。


「ミホちゃんの子になるっ」

「え……」


 言われた意味がわからない。

 実家を飛び出して以来、実家に電話すらしなかった私。

 そんな自分が今日初めて、送られてきた出産報告の写真でしか見たことないこの子に、なぜそんなことを……。

 自分で言うのもなんだが、姉とはあまり似てるほうじゃない。


「ネネちゃん。ミホお姉ちゃんはママになれないのよ?」


 その場にしゃがみこんで、ネネの目線まで下がった母が、少しうろたえた様子で諭すように言い聞かせる。

 けれどネネは、必死に首を横に振って聞こうとはしない。

 私は疲れから冷静に物事を考えられなかった。

 このままネネを引き剥いでさっさと出て行こうかとさえ思ったが、


「すみませんお義母さん。ネネを寝かしつけて来ます。ミホちゃん……」

「え?」


 そう名を呼ばれてハッとした私を見上げた義兄は、私に有無を言わさないような鋭い眼光を放っていた。

 それがなんとも言えない恐怖を感じ、私は慌ててネネに視線を戻した。


「ネネちゃん。私も一緒に行くから。ネンネしよっか」

「ミホちゃんも、ネンネ?」

「……うん。一緒にネンネ」


 やっと顔を上げた愛らしいくも、不安げに見上げてくる大きな瞳にニッコリ微笑むと、


「ミホちゃんとネンネ!」


 心底うれしそうに、屈託ない笑顔を見せてくれた。



     ◇



 そこは葬儀場の仮眠室。

 中にいた義兄の両親たちと入れ替わり、私たちは寝台にネネを連れてった。

 寝るには硬く薄い布団の上に、私は奥へと先に。

 その後ネネを抱きかかえて、喪服のまま横になった、

 その手前で、ネネを挟むように義兄が寝台の端に腰を下ろした。


「ミホちゃんは、ずっといてくれるんだよね?」


 すでに決められているかのような問いかけに、私は一瞬言葉に迷ったが、


「私は、お仕事とかあるから、ママのお葬式が終わったら帰らなきゃいけないの」


 ゆっくり、優しく語るも、ネネは言われている意味がわからないという表情で、私をじっと見つめる。


「ちがうよ。ネネはミホちゃんのこどもになるから。ずっといっしょなんだよ」

「なに……言って」


 さっきもそんな事を口走っていた。

 母親を失ったショックから気が動転しているのかと思ったが、


「そうだね。ミホちゃんはネネのママになるんだもんな」

「……義兄、さん?」


 至極あたり前かのようにネネに応える義兄に、私は目を見開いた。

 優しくネネを見つめていた瞳が、


「……っ!?」


 我が子をあやす、父の眼差しではなく、


「そうだろ?」


 女を欲する、男の眼をしていた。


「にっ、んんっ!?」


 突然後頭部を掴まれ、無理やり引き寄せられたかと思ったら、


「ふっ、あっ……」


 激しく、絡め取られるような口付け。

 子供の居る前でと、必死に下に目を向けると義兄が開いた掌でネネの眼前を覆っていた。


「何、余所見してるんだい」

「やっ!?」


 体勢が崩れて、義兄にの腕の中に倒れこんでしまった。

 咄嗟にネネを踏みつけないように体を浮かし、思わず義兄を見上げると、塗れた唇を舌先で舐め上げていた。

 こんな時ですら、ゾクリと体が戦慄く自分に嫌気がさした。


「そんな顔しないで」

「あ、当たり前でしょっ」

「これは、君の姉さんが望んだことなんだから」

「え……」


 何、言ってるの?


「彼女は何よりも君を優先してきた、死ぬその瞬間まで、それは変らなかった」


 射抜くような視線を向けたまま、淡々と語る義兄の表情は崩れず、言い放った。


「彼女は、この子に言い続けた」



 ミキは、次のママはミホだとネネに植え付けたんだ――。




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