表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~  作者: パラレル・ゲーマー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/6

第6話 十連したら二人目が来ました

 月曜日の夕方。


 人生初の『異界での前衛戦闘員』としての仕事を終え、実家に帰還した直哉は、真っ先にシャワーを浴びて汗と疲労を洗い流した。


 風呂上がり、濡れた髪をタオルで無造作に拭きながら自室へと戻ってくる。冷蔵庫から持ち込んだ炭酸飲料の缶をデスクに置き、プシュッと音を立てて開けた。


 半日以上も緊張感のある異界を歩き回り、巨大な異界生物を相手に立ち回ったのだ。生身の体に戻った今、どっと疲労が押し寄せてきてもおかしくないはずだった。


 だが、直哉の頭は冴え渡っていた。眠気など微塵もない。


 理由は明白だ。


 彼の視界の右上で、黄金色の数字が燦然と輝いているからだ。


 《因果集結クロニクル》のシステム画面を開く。


 インベントリの端に表示された、もっとも重要なリソースの項目。


『因果晶:1,600』


 直哉はデスクチェアに深く腰掛け、その数字をじっと見つめた。


「よし……」


 自然と口から声が漏れる。彼が視線を向けたのは、赤と金で彩られたあの眩しいバナーだった。


『【限定キャラクター集結】』


『開催期間残り:12日と06時間』


『★5提供割合:0.6%』


『★4提供割合:5.1%』


『10回集結では★4以上のキャラクターを1名以上確定』


『80回集結以内に★5キャラクター確定』


『★5キャラクター出現時、50%の確率でピックアップ対象が出現』


『ピックアップ対象外の★5キャラクターが出現した場合、次に出現する★5キャラクターはピックアップ対象確定』


 そして、画面下部に青く点灯しているボタン。


『10回集結』


『必要因果晶:1,600』


 今回のこの石は、システムが最初に用意していたチュートリアル集結の無料分ではない。


 今日、自分で求人アプリから仕事を探し、見知らぬ能力者たちとチームを組み、何時間も異界を探索して、岩殻蜥蜴との戦闘までこなした結果として得られた、完全なる「自力で稼いだ石」だった。


 その重みと実感が、直哉の胸の奥で熱く燻っている。


「八万円の現金が確定した時より、こっちの石の数字を見た時の方が緊張するの……自分の人間として何か間違ってる気がするな……」


 だが、どうしようもない。根っからのゲーマーである直哉にとって、銀行口座へ入る八万円と、目の前で光っている十連ボタンでは、興奮する場所が違うのだ。


 ボタンを押す直前、当然のように淡い夢を見る。


(★5、来ないかな……)


 提供割合〇・六パーセント。


 十連程度でそんな都合よく最高レアリティが引けるわけがないことくらい、長年ゲームを遊んできた直哉にも分かっている。


 だが、人間は『10回集結』というボタンを前にすると、どうしても「もしかしたら」という夢を見てしまう生き物なのだ。


(いや、別に★5じゃなくてもいいんだ。とにかく新キャラだ。もう一人欲しい)


 現在、直哉が所持しているキャラクターは『東雲セナ』ただ一人。


 《因果集結クロニクル》では★3として排出されるのは武装だけで、キャラクターは★4以上に限られている。


 しかも十連なら、★4以上のキャラクターが最低一人は確定する。


 つまり今回、キャラクターそのものは必ず増える――とは限らない。


 普通のガチャと同じなら、既に持っている東雲セナが再び出る可能性だってある。


「頼むから新キャラ……! せっかく二人目が増えるチャンスなんだから、セナ被りはもうちょっと後でいい……!」


 重複したら何が起こるのか、それすらまだ分かっていない。


 それはそれで検証にはなる。


 なるのだが。


 今は新しい姿と新しい能力が欲しい。


 欲を捨てろ。無心になれ。


 そう自分に言い聞かせながら、直哉は視界のボタンへ強く意識を押し込んだ。


『因果晶×1,600を消費して10回集結しますか?』


『YES』


『NO』


 迷わず『YES』。


 画面右上の因果晶の表示が動く。


『1,600 → 0』


 直哉は思わずうめいた。


「うわ、綺麗にゼロになった……」


 半日働いて手に入れたものが、一回の操作で完全に消滅する。


 石を貯めるのには何時間もかかったのに、使うのは一秒。


 この辺りまで含めて、実にソシャゲらしい。


 空間が暗転し、集結の演出がスタートする。


 宇宙空間のような暗闇の奥から、無数の光の糸が集束し、流星となってこちらへ迫ってくる。最初に能力を得た日は何も分からないまま見ていた演出だが、今の直哉にはその色の意味が分かっている。


 一つ目。


 画面に衝突した光が、冷たい青色に弾ける。


 ★★★武装。


「はい」


 二つ目。


 青。


 ★★★武装。


「まあ、そうだよな」


 三つ目。


 青。


 ★★★武装。


 四つ目。


 青。


 ★★★武装。


 五つ目。


 青い光。


『★★★《量産型電磁拳銃・三式》』


 直哉は思わず顔をしかめた。


「またお前か。これで同じ拳銃が三丁目だぞ」


 六つ目。


 青。


 ★★★武装。


 七つ目。


 青。


 ★★★武装。


 直哉の顔から、徐々に表情というものが消えていく。


「……通常枠、全部武器じゃないだろうな」


 八つ目。


 青。


 ★★★武装。


「待て待て待て待て」


 九つ目。


 青い光が虚しく弾ける。


 ★★★武装。


「結局、保証枠まで全部青かよ……!」


 残るは最後の一つ。


 ここだけは★4以上のキャラクターが確定している。


 だからキャラクターそのものが出ることに不安はない。


 問題は――誰が出るのかだ。


「頼む。セナ以外……!」


 十個目の流星が画面へ衝突する直前、これまでずっと青かった光の軌道が鮮烈な紫色のプラズマへ変わった。


 ★4。


 直哉の姿勢が、椅子から前のめりになる。


「よし……!」


 画面が震え、キャラクター獲得の特別なカットインが始まる。


 背景に浮かび上がったのは、セナの時のネオン街とは違う、荒涼とした瓦礫の広がる廃都市のような風景だった。


 やや長めの黒髪を、首の低い位置で実用的にまとめた女性。


 濃いグレーの機能的なフィールドジャケットを身につけ、長銃を手に静かにこちらを見据えている。


 少なくともセナではない。


 その事実を認識した瞬間、直哉の口元が一気に緩んだ。


 画面に紫色の発光とともに、新しい名前が刻まれる。


『★★★★』


『鳴海伊織』


『《遠景の照準手》』


 同時に、落ち着いた大人の女性の声が脳内に響いた。


『国家特異災害対策庁、広域支援局第三射撃班、鳴海伊織。長いから伊織でいいよ。撃ってほしいものと、撃っちゃ駄目なものだけ先に教えて』


 直哉は数秒間、その画面を見つめたまま完全に固まった。


 そして、大きな声が部屋に響く。


「新キャラだ!!」


 ★5ではなかった。


 しかし、今の直哉にとってそんなことはどうでもよかった。


 十連保証でキャラクターが一人出ること自体は最初から分かっていたが、それが既存のセナではなく、今一番欲しかった二人目の新規キャラクターになった。


「よし! 二人目!」


 直哉は一人でガッツポーズを決め、炭酸飲料を一口流し込んだ。


 十連ガチャの結果一覧がパネルに並ぶ。


『【集結結果】』


『★★★★ 鳴海伊織《遠景の照準手》 ×1』


『★★★武装 ×9』


 そして右上の残高。


『因果晶:0』


「見事なまでにすっからかんだな……」


 直哉は苦笑しながら、限定バナーの下に表示されている天井カウントを確認した。


『★5キャラクター確定まで:70回以内』


 初日の無料十連はチュートリアル集結扱いで、この限定バナーの天井には加算されていなかったらしい。


 今回、因果晶を使って十回引いたことで、初めてカウントが進んだ。


「七十……」


 一回百六十石。


 残り七十回。


 直哉は計算する。


「百六十掛ける七十で……一万一千二百石」


 続いて、バナー上部へ視線を戻す。


『開催期間残り:12日と06時間』


 今日と同じように一件の仕事で千六百石もらえるなら、十連七回分。


 つまり、あと七件。


(十二日ちょっとで七件なら、数字の上では間に合う)


 ただし、それは毎回同じだけ因果晶が支給されるという前提だ。


 コンビニ強盗ではゼロ。


 青灰回廊では千六百。


 まだ因果晶の評価条件すら分かっていない。


「……やっぱり余裕ってわけじゃないな」


 一日一件受ければ済む、などと簡単に考えることもできない。都合よく毎日適した仕事が募集される保証もないし、仕事を成功させても因果晶が出ない可能性すらある。


 それでも、期限までの数字が見えたことで、むしろやることは明確になった。


 新しいキャラクターを試す。


 別の仕事を受ける。


 因果晶の条件も探る。


 上手くいけば、限定バナーの天井にも近づける。


「よし。まだ全然狙える範囲だな」


 直哉は逸る気持ちを抑えきれず、すぐにメニューから『キャラクター』のタブを開いた。


 これまでは『東雲セナ』一人だけが表示されていた一覧画面。


 そこに今、新しいキャラクターのアイコンがしっかりと並んでいる。


『★★★★ 東雲セナ Lv.20』


『★★★★ 鳴海伊織 Lv.1』


 直哉は画面を眺めた。


「増えた……」


 普通のゲームなら、キャラクター一覧へ一人追加されただけだ。


 しかし《因果集結クロニクル》では違う。


 自分が実際に変身できる姿と能力が、物理的に一つ増えたことになる。


 新しく追加された『鳴海伊織』のアイコンをタップし、詳細画面を開く。


 等身大の3Dモデルが展開される。黒髪を低い位置でまとめた、長身で落ち着いた雰囲気の女性だ。セナのような前衛特化の身軽さよりも、静かな安定感を感じさせる立ち姿をしている。


『★★★★ 鳴海伊織』


『《遠景の照準手》』


『Lv.1』


『属性:風』


『武器種:長銃』


『戦闘タイプ:中~長距離精密アタッカー』


『年齢:27歳』


『身長:171cm』


『所属:国家特異災害対策庁・広域支援局第三射撃班』


『現地登録Tier:3』


 直哉の視線が、プロフィールの最後の二行で止まった。


「……また『現地』だ」


 セナは、


『東都特異災害対策局・第七機動班』


『現地登録Tier:3』


 伊織は、


『国家特異災害対策庁・広域支援局第三射撃班』


『現地登録Tier:3』


 どちらの組織も、直哉の知る日本には存在しない。


 一人目のセナだけなら、「ゲームがそれっぽく作った設定」で流せた。


 だが、二人目も全く同じ形式で、わざわざ『現地登録』という妙な表現を使っている。


「なんで単なる『設定上Tier3』じゃなくて、わざわざ『現地登録Tier』なんだろうな……」


 さらに、もう一つ気になることがある。


「……二人ともTier3か」


 セナは★4でTier3。


 伊織も★4でTier3。


 自分自身も、八咫烏では現在Tier3として登録されている。


「もしかして、★4キャラってTier3なのか?」


 そう呟いてから、すぐ首を振る。


「いや、二人しかいないのに決めつけるのは早いか。★4の中でもTier4とかいるかもしれないし」


 レアリティとTierがどの程度対応しているのか。


 それとも、たまたま最初の二人がTier3だっただけなのか。


 ★5を引いた場合、Tier2以上になるのか。


 新しいキャラクターが増えたことで、また一つ確認したい仕様が増えた。


 ただ、それ以上に気になるのは、プロフィールを生成する時のフォーマットが妙に具体的で生々しいことだった。


 直哉は少し考えたものの、今の段階では答えなど出ない。


 ひとまずプロフィールの続きを読む。


 年齢は二十七歳。


 セナより六つ年上だ。


 性格的な情報も、セナとは明確に違っている。


【好きなもの】


『甘さ控えめのレモンティー』


『塩気の強いサンドイッチ』


『高い場所から眺める街並み』


『予定より五分早い到着』


【苦手なもの】


『射線へ勝手に入ってくる人』


『整備不足の銃器』


『「とりあえず撃ってみよう」という判断』


『集合時刻を守らない人』


 直哉は思わず苦笑した。


「めっちゃ真面目だなあ、この人。職人気質っていうか」


 キャラクターボイスの項目もいくつか再生してみる。


【能力について】


『必中じゃないよ。そんな便利なものじゃない。私は「当てられる一発」を、もっと当たりやすくしてるだけ』


「へえ……」


 明らかに、自ら敵陣へ飛び込んでいくセナとは、世界の見方も戦い方も違う。


 次に、もっとも重要な『スキル』の説明欄を開く。


『通常攻撃:《規正射撃》』


『長銃による最大三段の射撃を行う』


『第二射・第三射が《照準標》対象へ命中した場合、《観測値》を1獲得する』


『長押し:《精密射撃》』


『射撃姿勢へ移行し、照準後に高威力の精密射撃を行う』


『《照準標》対象の弱点へ命中した場合、《観測値》を1獲得する』


『スキル1:《零点規正》 CD:8秒』


『指定対象一体へ《照準標》を12秒間付与する』


『同時に自身へ《観測姿勢》を6秒間付与する』


『《観測姿勢》中:会心率+15%/《精密射撃》照準時間-25%/《照準標》対象への射撃ダメージ+10%』


『《観測姿勢》中に《照準標》対象の弱点へ命中した場合、《観測値》を追加で1獲得する』


『特殊リソース:《観測値》 最大4』


『《観測値》が4に到達すると、《射線確定》状態へ移行する』


『別の対象へ《照準標》を付与した場合、または《照準標》が消失した場合、保持している《観測値》はすべて失われる』


 直哉はテキストを読みながら頷いた。


「なるほど。スタックを溜めて戦うキャラなのはセナと同じか」


 ただし、使い方はかなり違う。


 セナの《電位》は自分自身へ蓄積する。


 一方で伊織の《観測値》は、特定の標的を観測し続けることで蓄積していく。


 しかも、弱点を正確に狙えるほど早く溜まる。


「ってことは、雑魚を次々処理するより、一匹の硬い敵を決めて撃ち続ける方が得意なんだな」


 続いてスキル2。


『スキル2:《偏差収束》 CD:12秒』


『保持している《観測値》をすべて消費し、《照準標》対象へ高威力の精密射撃を行う』


『《観測値》4/《射線確定》時:与ダメージ+110%』


『対象の防御効果をより大きく無視』


『命中後、《零点規正》の残りクールダウンを3秒短縮』


 直哉は思わず口笛を吹いた。


「与ダメージプラス百十パーセント……完全にボス用だな」


 そしてEX。


『EX:《遠景・終端射撃》』


『必要EXエネルギー:100』


『《照準標》対象への最終ダメージ+30%』


『《射線確定》状態で発動した場合、《遠景・終端射撃――確定》へ変化』


『最終射撃ダメージ+50%』


『対象の防御効果を大幅に無視』


『命中後、《偏差収束》のクールダウンを即時リセット』


『《観測値》を2獲得』


『《照準標》は維持される』


「分かりやすい」


 セナが敵の中へ飛び込み、高速移動しながらコンボを回す近接アタッカーなら、伊織は完全に逆だ。


 距離を取る。


 一体を決める。


 観測する。


 弱点へ正確に射撃を通す。


 《観測値》を最大まで溜め、《射線確定》から大火力を叩き込む。


 役割が綺麗に分かれている。


 スキルを確認し終えた直哉は、そこで重要な問題に気づいた。


「待てよ。伊織を引いたのはいいけど、武器はどうするんだ?」


 プロフィール画面に戻る。


『武器種:長銃』


「長銃……」


 直哉は『武装一覧』を開き、フィルターを『装備可能』へ設定した。


 すると、初日のガチャや先ほどの十連で手に入れた★3武装のいくつかがハイライトされる。


『★★★《制式突撃銃・二式》』


 直哉はパンと手を打った。


「おお、使えるじゃん!」


 どうやら『長銃』というカテゴリーには、突撃銃や精密射撃銃、狙撃銃などがまとめて含まれているらしい。


 もちろん、伊織の能力をより引き出せる上位の長銃も存在するのだろう。


 だが、今の直哉にそれを狙う石はない。


 少なくとも、既に持っている★3武装で戦闘そのものは成立する。


 直哉は伊織の武器スロットへ、


『★★★《制式突撃銃・二式》』


 を装備させた。


 画面の中の伊織が長銃を構える。


 次に直哉の指が向かったのは、『育成』のタブだった。


 現在の所持素材。


『《育成記録・初級》×12』


『クレジット:15,000』


 セナの時は、二十個の素材と二万クレジットをすべて投入し、一気にLv20まで上げた。


 だが今回は足りない。


 予測表示では、全投入してもLv15前後。


「どうするかな……」


 直哉は少し迷う。


 半端に十五まで上げるより、次の仕事でも育成素材が手に入るなら、それと合わせてLv20まで上げた方がすっきりする。


 それに、今ならLv1の伊織そのものを確認できる。


「いや、一旦そのままにしよう」


 指を育成ボタンから離す。


「まずLv1の状態で変身して、セナのLv1とどれくらい感覚が違うか見ておきたい。素材は次の報酬と合わせてからでも遅くないしな」


 《因クロ》のレベルが現実で何を変えているのか、現時点では最大HPの上昇以外ほとんど分かっていない。


 比較できる状態をわざわざ潰す必要もない。


 直哉は立ち上がり、自室のドアを施錠した。


 カーテンの隙間も確認する。


 姿見の前へ立ち、メニューから『鳴海伊織』を選択した。


『★★★★ 鳴海伊織』


『Lv.1』


『HP:2,180 / 2,180』


『【CHARACTER CHANGE】』


 直哉は一瞬だけ躊躇した。


 能力を得てから今日まで、キャラクターチェンジした相手は東雲セナだけだ。


 別の人間の肉体へ変わる。


 それがどんな感覚なのかは、まだ分からない。


「……やるか」


 直哉は実行した。


 青白い光が身体を包み込み、室内の空間が一瞬だけ揺らぐ。


 変身そのものはセナと同じ。


 しかし、身体へ返ってくる感覚はまるで違った。


 まず、視線が上がる。


 骨格の幅が変わり、手足が長くなる。短かった髪の感触が消え、代わりに後頭部で束ねられた髪の重みを感じる。


 衣服は、濃いグレーのフィールドジャケットへ置き換わった。


 数秒後。


 鏡の中には、二十七歳、身長百七十一センチの鳴海伊織が立っていた。


(高いな……)


 セナは百六十四センチ。


 差は七センチしかない。


 それでも、本棚の高さやドアノブの位置が少し違って見える。


 だが、本当に驚いたのは身長ではない。


 身体の重心だった。


 セナの体には、いつでも前へ飛び出せるような、バネに近い軽さがある。


 踏み込めば走れる。


 敵がいれば間合いへ入れる。


 そういう感覚が、立っているだけで身体の底にある。


 伊織はまるで逆だった。


 動くことより、止まることに向いている。


 両足を肩幅程度に開くだけで、身体が驚くほど安定する。肩や背中の余計な力が自然に抜け、呼吸まで静かになる。


(……身体の接続は問題なさそうだな)


 直哉は普通に、


「大丈夫そうだな」


 と言おうとした。


 実際に出てきた言葉は、


「……身体接続は問題なさそう。違和感もないね」


 だった。


 セナより少し低い、落ち着いた女性の声。


 直哉は鏡の前で目を丸くする。


(おお……)


 もう一度試す。


(セナよりずっと大人っぽいな)


 そう考えながら口に出す。


「セナより視点が高い。七センチでも結構違うね」


 完全に伊織の話し方だ。


 セナなら、同じ内容でももっと明るく口にしただろう。


(同じ俺が喋ってるのに、完全に別人だな……)


 直哉は少し実験してみることにした。


 あえて、セナの時なら似合いそうな元気な言葉を頭の中へ用意する。


(よし、今日も一日頑張るか!)


 発話する。


「じゃあ、今日もやれることから片付けようか」


 直哉は感心したように息を吐いた。


(そこまで変わるのか)


 単純に「俺」が「私」になったり、語尾だけ変わったりしているのではない。


 直哉が伝えようとした意味や感情を保ったまま、それを伊織なら自然に口にする表現へ変換している。


 セナ一人しかいなかった時には比較できなかった。


 二人目を引いたことで初めて、発話補正が単純な口調変更よりずっと深い処理であることが分かった。


 人格も思考も、森川直哉のまま。


 何を言うかを決めているのも直哉だ。


 しかし、その内容を外へ出す時の形式だけが、キャラクターごとに最適化されている。


「……面白い能力だね、本当に」


(俺が言ったのに伊織が言いそうな台詞になるの、やっぱ変な感じだな)


 次は武器。


 右手を前へ出す。


『★★★《制式突撃銃・二式》』


 青白い粒子が集まり、黒い長銃が両手へ収まった。


 その瞬間、直哉はセナで初めて刀を握った時と同じ異様な感覚を味わった。


 持ち方を考える必要がない。


 ストックが自然に肩へ収まる。


 頬を当てる位置。


 利き目。


 人差し指の置き方。


 銃口を向けてはいけない方向。


 全部、身体が知っている。


 日本で普通に暮らしてきた直哉が、本物の突撃銃を撃った経験などあるはずがない。


 それでも分かる。


(これ、撃てる)


 少なくとも、扱い方について迷うことはない。


 直哉は確認すると、すぐ銃口を安全な方向へ下げた。


「……家の中で試すものじゃないね」


 もちろん撃たない。


 スキルも試さない。


 《零点規正》は対象を指定する能力だし、《偏差収束》やEXを住宅地で撃つなど論外だ。


 新しい能力を手に入れたからといって、常識までなくなるわけではない。


 銃を収納し、今度は身体そのものを軽く動かす。


 腕を回す。


 屈伸。


 軽いステップ。


 すぐに分かった。


(あ、セナほど速くない)


 明確だ。


 生身の直哉より遥かに優れた身体ではある。


 しかし、セナのように爆発的な瞬発力や、高速近接戦闘へ特化した軽さはない。


 その代わりに、伊織には別の異常さがある。


 直哉は右腕を正面へ伸ばした。


 指先が、ピタリと止まる。


 ほとんど揺れない。


 呼吸を整える。


 さらに静止する。


 自分の身体なのに、精密機械を固定したような感覚だった。


(なるほど)


 同じ★4。


 同じ現地登録Tier3。


 それでも、身体性能の方向性はまるで違う。


 セナより遅いから伊織が弱い、という話ではない。


 セナにはできない距離から、セナにはできない精度で攻撃を成立させるための身体なのだろう。


 直哉はそこで、さっきプロフィールを見た時に考えたことを思い出す。


(やっぱり、Tierが同じだから同じ強さってわけじゃないんだな)


 八咫烏で聞いた説明とも一致する。


 Tierは単純な腕力や攻撃力のランキングではない。


 数字だけ見て戦い方まで判断するのは危険そうだ。


 新しい肉体の感触を確認した直哉は、メニューからこれまでほとんど意味を持っていなかった項目を開いた。


『編成』


 これまでは、


『SLOT 1:★★★★ 東雲セナ』


『SLOT 2:EMPTY』


『SLOT 3:EMPTY』


 だった。


 だが、今は二人いる。


「ついに使えるじゃん」


 直哉は二枠目へ鳴海伊織をセットする。


『FORMATION 01』


『SLOT 1:★★★★ 東雲セナ』


『SLOT 2:★★★★ 鳴海伊織』


『SLOT 3:EMPTY』


 直哉は思わず笑った。


「おお……一気にパーティーっぽくなった」


 二人以上が編成されたことで、今まで使用できなかった項目も操作可能になっている。


『CHARACTER SWITCH』


 横のヘルプを読む。


『編成中の他のキャラクターへ直接切り替えることができます』


『キャラクター切替後、短時間の切替待機時間が発生します』


『現在の切替待機時間:3.0秒』


「なるほど。変えたら三秒は次のキャラに行けないってことか」


 現在は伊織。


 下部には、


『SWITCH:東雲セナ』


 のボタン。


「……押すよ」


(今のも伊織口調になるのか)


 そんなことを考えながら実行する。


 一瞬、青白い光が弾けた。


 これまでのように、一度森川直哉へ解除してから変身し直す必要はない。


 百七十一センチの鳴海伊織から、直接、百六十四センチの東雲セナへ。


 体格。


 髪。


 衣服。


 声。


 すべてが一瞬で切り替わった。


『CHARACTER SWITCH』


『3.0』


『2.9』


『2.8』……


 セナの姿になった直哉は、思わず声を上げた。


「うわ、元の体に戻らなくても直接変われるんだ!」


 当然、声も話し方もセナになっている。


 内心は、


(すげえ!)


 のまま。


 すぐ伊織へ戻ろうとしたが、ボタンは灰色になっていた。


『切替待機中』


『1.8』


『1.7』……


「あ、やっぱり連打は無理なんだね」


 三秒。


『CHARACTER SWITCH READY』


 伊織へ切り替える。


 青白い光。


 再び視点が七センチ上がり、身体の重心が落ち着く。


「三秒か。戦闘中だと、この待機時間は意外と長く感じるかもね」


(そこまで言い方変わるんだなあ)


 そこから、三十四歳の男による奇妙な一人遊びが始まった。


 伊織。


「三秒」


 三秒後、セナ。


「はい交代!」


 さらに三秒。


 伊織。


「戻った」


 さらに三秒。


 セナ。


「これめっちゃ面白いな!」


 中身はすべて森川直哉だ。


 それが鍵をかけた自室の姿見の前で、若い女性と大人の女性の姿を三秒おきに行き来しながら楽しそうに独り言を言っている。


 もちろん誰にも見られていない。


 ひとしきり遊んだところで、直哉自身が我に返った。


(……何やってんだ俺)


 少しだけ虚しくなった。


 ベッドへ腰を下ろし、今度は真面目に考える。


 セナ。


 近接。


 高速移動。


 前衛。


 伊織。


 中長距離。


 精密射撃。


 後衛。


 かなり相性がいい。


 遠距離から伊織で攻撃し、敵に接近されたらセナへ変える。


 逆にセナで戦いながら距離を作り、伊織へ切り替えて射撃することもできる。


 ただし、キャラクタースイッチには三秒の待機時間がある。


 現実の戦闘における三秒は長い。


 さらに、直哉の頭に新しい疑問が浮かんだ。


「あれ? 伊織の《観測値》とか、セナの《電位》って、交代して控えに回ったらどうなるんだ?」


 自室では敵がいない。


 検証できない。


 そこから一気に疑問が増える。


 EXエネルギーはキャラクターごとに個別なのか、それとも編成全体で共有なのか。


 《励起》や《観測姿勢》の残り時間は、控えへ回っている間にも進むのか。


 スキルのクールダウンは、控えにいる間にも回復するのか。


 《電位》や《観測値》は交代後も保持されるのか。


 そして。


 HPはキャラクターごとに独立しているのか。


 一人のHPが0になった場合、残っているキャラクターへ自動的に切り替わるのか。


 それとも、《因クロ》そのものが解除されるのか。


「うわ、一気に調べること増えたな……」


 直哉は頭を掻いた。


 だが、嫌ではない。


 むしろ試したい。


 次の仕事へ行く理由が、また増えた。


 そこで伊織のステータスに目を戻す。


『鳴海伊織 Lv.1』


『HP:2,180 / 2,180』


「あ、セナのLv1より三百低い」


 セナはLv1で2,480。


 伊織は2,180。


「後衛だから低い……のかな」


 それもまだ分からない。


 そもそもHPそのものが現実で何を表しているのかすら、正確には判明していない。


 現段階で言えるのは、キャラクターによって基礎HPが違うということだけだ。


 育成画面をもう一度見る。


『《育成記録・初級》×12』


『クレジット:15,000』


「レベル上げたいなあ……」


 全投入してLv15前後。


 微妙に中途半端だ。


 直哉はしばらく考えてから、やはり育成ボタンを押さなかった。


「次の仕事でも素材が出れば、合わせてLv20まで持っていけるかもしれないしな。それに、一回くらいLv1の基準も見ておきたい」


 伊織の実射確認が終わってからでも遅くない。


 直哉は伊織の姿のまま、スマートフォンを手に取った。


 新しいキャラクター。


 新しい姿。


 新しい能力。


「……これ、霧島さんには言っといた方がいいよね」


 これまでの面談と検査を通じて、自分の能力がガチャ型であることは八咫烏へ共有している。


 新しいキャラクターが増えたことだけ隠しても意味はない。


 専用のメッセージアプリを開く。


『お疲れ様です。森川です。先ほどガチャで新しいキャラクターが一人増えました』


 数分後。


 既読。


 返信。


『……増えました?』


 短い文章だけで、少し戸惑っているのが伝わってくる。


 直哉はそのまま返した。


『はい。二人目です』


 少し間が空く。


『承知いたしました。差し支えなければ、新しいキャラクターのプロフィール画面と能力概要のスクリーンショットを送ってください。新しい物理干渉の出力形式が確認された場合、記録更新が必要になる可能性があります』


 大騒ぎにはならない。


 霧島も、ガチャから今後キャラクターが増える可能性自体は既に聞いている。


 ただ、実際の二人目が出たのは今回が初めてだ。


 直哉は伊織のプロフィールとステータス画面を送信した。


 しばらくして返信。


『現地登録Tier:3、ですか』


『また書いてありました』


『東雲セナさんもTier3でしたね』


『はい。二人とも星4でTier3です』


 今度は少し長めに間が空いた。


『二件だけなので対応関係があるとは断定できませんが、記録上は興味深い一致です』


『それと、所属組織の名称もやはりこちらでは確認できません』


『東雲セナさんは「東都特異災害対策局」、鳴海伊織さんは「国家特異災害対策庁」。異なる組織名でありながら、どちらも「現地登録Tier」という同じ形式の表記を使用しています』


 直哉もそこには引っかかっていた。


『やっぱり変ですよね』


『少なくとも気になる情報ではあります。ただし、森川さんの能力が人物情報を表示する際、こちらで使用しているTier表記へ自動的に換算している可能性もあります』


『現時点では、能力が独自に生成した設定情報なのか、何らかの情報を参照して表示しているのか判断できません。記録だけ残しておきます』


 直哉は画面を眺めた。


 結局、八咫烏でも答えは出ないらしい。


 なら、今考えても仕方がない。


 次の質問を送る。


『また施設で一通り検査を受ける必要がありますか?』


 返信は早かった。


『前回のような一式の検査は必要ありません』


『現在の登録Tier3は森川さんご本人について既に保証済みです。新しい出力形式がTier3の範囲を明確に逸脱する現象を示さない限り、最初からTier判定をやり直す必要はありません』


 直哉は少し安心した。


 また半日かけて最初から能力検査をする必要はないらしい。


 ただし、続きがある。


『ただ、業務アプリ上で「遠距離戦闘/射撃」の適性表示を追加する場合は、簡単な実射確認を受けてください』


『三十分から一時間程度で終了する内容です』


「それくらいならいいか」


 了解と返す。


 最後に霧島から、


『実射確認が済むまでは、住宅地や一般の射撃場等で能力を伴う試し撃ちはしないでくださいね』


 と送られてきた。


 伊織の姿の直哉は、スマートフォンを見ながら苦笑する。


「それはもちろんしないよ。常識はあるからね」


 霧島とのやり取りを終え、直哉はそのまま能力者向け求人アプリを開いた。


 新しいキャラクターを手に入れた。


 当然、その能力を実際に使ってみたい。


 それに、限定バナーの残りは十二日少々。


 天井まではあと七十連。


 必要因果晶は一万一千二百。


 伊織の性能を試す仕事と、因果晶の条件を調べる仕事を別々に考える必要はない。


 両方できる仕事を探せばいい。


 現在の直哉の業務適性表示は、


『近接戦闘/前衛』


 のみ。


 だが、実射確認を終えれば、


『遠距離戦闘/射撃』


 を追加できる。


 絞り込み条件を変更して、射撃系の案件を眺める。


『Tier3以上:広域害獣・異界生物の定期駆除(山間部)』


 見通しのいい場所なら、伊織の射撃能力を試すには向いていそうだ。


『Tier3以上:大型怪異の監視および牽制補助』


 一定距離を保って対象を観測する仕事。


『Tier4以上:屋外特別施設での護衛業務』


 遠距離から周辺警戒を行う枠。


『Tier3以上:異界区域・後衛射撃員募集』


 昨日とは逆に、後衛として異界へ入る仕事。


 直哉は画面を見ながら頷いた。


「前回は前で剣振ったし、次は後ろから撃つ仕事やってみたいね」


 射撃能力を試せる。


 キャラクタースイッチも実戦で確認できるかもしれない。


 違う種類の仕事なら、《因クロ》の報酬条件について新しいデータも取れる。


 そのうえ因果晶まで手に入れば、限定天井にも近づく。


 一つの仕事で調べたいことがいくつもある。


 画面下部には、『お気に入り案件/類似案件』として今日参加した青灰回廊の定期踏査も残っている。


 次回募集は一週間後。


 今すぐ受けられるわけではない。


 直哉は、今日一緒に歩いたハル、シオリ、レンを思い出した。


(次にあいつらと行く時は、セナだけじゃなく伊織も使えるんだよな)


 前衛が必要ならセナ。


 遠距離火力が欲しいなら伊織。


 状況に応じて自分一人の役割を変えられる。


 キャラクターが一人増えただけで、仕事の選択肢がかなり広がった。


 だが、その前にやることが一つある。


 実射確認だ。


 直哉は求人アプリを閉じ、最後にもう一度《因果集結クロニクル》の編成画面を開いた。


『FORMATION 01』


『SLOT 1:★★★★ 東雲セナ Lv.20』


『SLOT 2:★★★★ 鳴海伊織 Lv.1』


『SLOT 3:EMPTY』


 最後の一枠が空いている。


「あと一人引けば、三人編成が完成か」


 自然に視線が右上へ移動する。


『因果晶:0』


 さらに限定バナー。


『開催期間残り:12日と06時間』


『★5キャラクター確定まで:70回以内』


「……石は綺麗にゼロなんだけどね」


 それでも、昨日までとは違う。


 働けば石が手に入る可能性があることは分かった。


 実際に十連を回せた。


 二人目も手に入った。


 次に何をすればいいかも見えている。


 直哉は伊織のキャラクター画面を開いた。


 長銃を手に、静かにこちらを見つめている二十七歳の女性。


「よし」


 もう一度求人アプリを開く。


「まず射撃試験。それが終わったら、伊織が活きる仕事を探そうか」


 空いている三枠目と、十二日後に迫る限定バナー。


 その両方を埋めるための手段は、結局のところ一つだった。


 また働けばいい。

最後までお付き合いいただき感謝します。


もし「続きが読みたい」と思われた方は、ページ下部よりブックマークと評価をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
途中でガチャが、石1600消費から、160消費と記載有ります。修正した方良いかと。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ