歌を愛するが故に、歌なしでは生きていないと彼女は言った
――だったら、
――“それ”私に食べさせてよ。
出会い頭、彼女は俺に向かって、そう言ったんだ。
歌が、好きだった。
大好きだった。
幼い頃からずっと。
キラキラ煌めく世界に、ずっといると思い込んでいた。
けれど、
いつからか“それ”だけで満たされなくなって。
歌うことがあんなに好きだったのに。
気づけば俺は歌から離れてしまっていたんだ。
「・・・・・・」
けれどそんな風に歌から離れても、時折くすぶった思いがぶり返し、俺は人気のない所で歌を歌うことにしている。
「――――っ」
それはただ、思いつく歌詞を即興の音楽に載せる、でたらめな歌。
きっと、端からきけば歌ですらない、ただ吐き出すだけの行為。
「――――ふぅ」
ある程度すっきりして、けれど自分の歌は足りない所だらけだと自嘲して、何事もなかったようにその場を立ち去る。
そんなことを繰り返していた。
今日、この時もそうなるはずだったんだ――――。
「――ねぇ」
汗だくになっている俺に、声をかける誰か。
「キミ、いい歌を歌うねぇ」
「――そりゃどうも」
冷やかしだろう、そう思って、適当に受け流す。
「あら、お気に召していない? じゃあ――」
見知らぬ他人に笑顔で話しかけてくるのが、まず可笑しい。
場所だって、ここは人混み離れた高架下。
時折通る車の排気音が響くこの場所で、月明かりだけがうっすら照らすなか、陽気に話しかけられても、違和感しかない。
「・・・・・・」
うっすらと見える範囲で、黒いロングの髪、セーラ服をきている。
場違いすぎるだろ、と内心思う。
こういうヤツと関わると碌な事にならないから、さっさと立ち去るのがベストだと思い、背を向けようとする前に、ゆったりと俺の前に歩いてきて。
黒い長いかみをなびかせ、紅い瞳でこちらをみつめて。
薄く唇を開き。
――それ(歌)食べさせてよ。
そんなよくわからない事を言い出したんだ――。
明らかにヤバイ奴だと逃げだそうとした。
すると。
「おなか……すいたぁ~」
女は倒れたままそう言い出した。
顔をあげ、涙目で「お願い何かたべさせて~」と訴えるので、何が何だかわからないまま財布をとりだして、小銭を渡そうとすると―――――。
「――歌じゃないとお腹がふくれないっ」
顔をあげ、頬を膨らませて、そんな事を言い出す。
「――はぁ?」
そりゃ、財布は食えないだろ、という前に。
「一曲、何でもいいからっ、世に出回っているやつでも、なんだったら―――そう、キミっ、! スマホに曲いれてるよね、録音の歌はあんまりおいしくないんだけど、贅沢はいわないからっ!」
急に立ち上がり、凄い勢いで俺にすがりつく。
「おーねーがーいー!」
ギュッと握りしめたまま、ガクガクと俺を揺さぶった。
「ちょ、はなせ!」
「いーやーだー、歌をたーべーさーせーてー!」
「わかった、わかった、流すっ、流すからっ!」
そしてポケットからスマホを取り出して、画面を何度かタップして音楽を流した。
テレビやネットに流れる定番のラブソング。
人気歌手の歌声と、聞き慣れたメロディ。
それが――。
「いただきまーすっ♪」
女が口を開くともに――。
――まるで最初から存在していなかったかのように音が消えた。
「はっ?」
スマホの画面はラブソングの再生をつづけているのに、曲も歌声も流れてこない。
「うーんやっぱりこの歌は“生”じゃないから、美味しくないなぁ」
眉をしかめながら咀嚼する女。
口の中身はなにもないはずだ。
食べ物を口になど入れてなかったのだから。
けれど、確かに何かを咀嚼し、飲み込んでいる。
「ん~」
ごくんと喉をならし、再び口を開けて、吸い込んで、咀嚼し、飲み込む。
何度か同じ動作を繰り返し、その行為を追える頃には、歌の再生が終わるのと同時――。
「ごちそうさまでした~」
目を閉じ合唱する女。
「・・・・・・」
異様な光景に絶句する。
「あんまり美味しくなかったけど、でもお腹はふくれたよっ」
ありがとねと笑う姿が、先ほどの異様な光景と相まって脳裏に焼き付く。
「・・・・・・」
「いや~、生き返った生き返った♪」
歌を食べる怪異 寧音とのやりとりはこんな感じにして、始まった――。
「んー?」
お腹をさすっていた女が俺の視線を感じ、ちらりと見て。
「あ~・・・・・・大丈夫大丈夫っ、別に私、人を襲うとかそういう類いじゃないからさ」
何を考えているのか予想がついたのか、困ったように笑う。
「私は歌を食べる、ただそれだけで、人を傷つけたり襲ったりしない・・・・・・うんうんあとは他の人と同じ同じっ」
ほうら怖くない怖くないと腕を拡げて、無害なことをアピールするが。
「・・・・・・」
「だからそんな怖い顔しないでよ~」
自分がどんな顔をしているのかなんてわからないが、少なくとも真っ当な人間を見る目じゃないことは確かだ。
「お前は―――」
様々疑問が脳内に浮かぶか言葉にならない。だから口からでたのは。
「――――何なんだ、一体」
酷くありきたりなものだった、
「何なんだ、と聞かれてもなぁ」
困ったぜ、とため息をつく彼女。
「私も自分の事を客観的に説明しろ、と言われても困るのよねー」
んーと目を閉じながら考え込む、そして語られるのは、彼女自身のこと
―――気づけば、私は生まれていて。言葉とか、最低限の知識は既にあって。
―――人と同じ姿だけど、人とは少しだけ違う。食べ物でお腹は膨れないけど、代わりに歌が大好きで、歌を食べる怪異――――。
「――それが私、寧音ちゃんなのであった♪」
そんなドヤ顔されても、返せる言葉などないぞ。
「・・・・・・」
「あ、その反応は傷つくなぁ・・・・・・まあでも、私は誰かに危害を加えることはしないよ。私は、歌に――そこに込められた想いを食べるからね」
目を僅かに細め、舌を僅かにだす。
「いやぁ人は凄いよね、色んな音楽を奏でて、歌詞に載せて声をあげる。その行為ができるのがさ、人だけだもん。そしてその歌の本当に素敵で美味しそうで――――うん、キミの目には私の事がおかしくて、怖くて不気味に見えるかもしれないけど――――」
彼女――いや、寧音は朗らかに笑っていった。
「私が歌を食べちゃうとこを実際に見ているわけだし、私が歌を食べるために、人を襲わない、その点だけでも・・・・・・信じてくれないかな?」
こてんと首を傾げて、じっと見つめる。
その目でじっと見られて、色々思う事はまだたくさんあるけど。
「はぁ・・・・・・わかった」
渋々頷く。納得したというより、頷くしかない。そんな心境だった。
「――――よかったぁ」
けれどそんな俺にほっと胸をなで下ろす寧音。その姿は本当に人と変わらないと思った。
「・・・・・・なんか、意外だ」
「意外って?」
「ああ・・・・・・俺が何を思おうが、あんたにとっては関係ないんじゃないかって思った」
俺にとっては、目の前の寧音はわけのわからん存在だ。だから俺が何を思おうが気にするとは思えなかった。
「そんな事はないよ~。私だって心はあるし、自分が人と違うってわけっていても、バケモノとか言われたり思われたりすると悲しくなっちゃう」
よよよ、と実際泣く真似をしてみせる姿に、本当かよと思ってしまう。
「――なんか、気が抜けてくるな」
「是非そのままでいてほしいな、身構えられるより、私としてはその方が嬉しいし」
「そうですか」
そう言った俺に、うむうむと頷いた後で。
「ところで」
「ところで?」
その時、寧音は笑う。
それは先ほどの朗らかな笑みと違い、まるでこちらの内面を見透かすようなそんな笑み。
その笑みに背筋がぞくりと震え、思わず黙ってしまう。
「―――あんなに美味しそうに歌なのに、あなたは苦しそうに歌うのね」
どうして、なんて聞かなくてもわかるけど、と言われているみたいだった。
「――――あなたの名前は?」
ここまで来て、自分が名乗っていないことに気づく、
「・・・・・・天音」
ぶっきらぼうに告げるが、寧音は気にすることはなかった
「ほうほう天音君か~・・・・・・うんっ、天音君もしよかったら、だけど・・・・・・食べてあげようか?」
「食べる?」
何を、なんて今までの流れで分かっているのに、つい聞いてしまった。
「もちろん――」
ぺろりと舌なめずりをする寧音。
「キミのとっても濃い、苦しさを詰め込んだとびっきりの想いを――」
楽しそうに半眼で笑う寧音。
「さっき食べさせてもらった歌は、もう再生しても音楽は流れないでしょう?」
あーんと口を大きく開けて、中をみせる。
「私が食べた歌は、その存在をなくしてしまう。量産されたものは、再生しても音楽がながれなくなる、そして、実際に歌われている歌は、ただ消えてしまうだけじゃない」
とろけた顔をして、甘く囁く。
「そこに込められた言葉も想いも全部食べる。そして食べてしまったものは二度と帰らない」
すっと自分のお腹を指さして。
「ここに消えてなくなるから」
「・・・・・・それってどういう?」
「わからない?私は、キミが今感じている苦しさを、私は消してあげることができる、ただ、歌う事が好きで仕方なかった頃に、戻せるのよ」
頬を軽く染めて、魅惑的な提案をする寧音
「本当は、それだけじゃなくて、キミが歌を好きだって気持ちも食べたいところだけど――――そうすると、キミは歌わなくなっちゃうだろうし」
それは困るからねぇと戯けて見せて。
「キミが歌う事が苦しい、嫌だ、歌いたくない気持ちを、歌にしてくれたら――――たべてあげる」
私がキレイさっぱり、ぱくりと。
「どう?」
「・・・・・・」
なんて答えればいいのかわからなかった。
それが良いことなのか、悪いことなのか判断がつかない。
普通に考えてできないことだから、咄嗟に返事できないのも当然だろう。
ただ、脳裏には浮かぶ。
街に溢れる歌の数々。
聴く度に、心の奥に生まれる鈍い痛み。
口ずさもうとしても、声をだせないあのもどかしさ。
ぐるぐるとそれらがループして――。
「わ――――」
「わ?」
くすりと笑う寧音に、躊躇しながらも、俺は答えた
うたう、と。この苦しさを歌にして吐き出すと。
答えが出ないまま、俺は歌う事にしたのだ――――。
そうして。
「・・・・・・」
街灯と月明りが照らす街灯の下で。
いつもは一人で歌うその場所に。
「わくわく」
ちょこんと地面に体育座りをする観客が一人
「・・・・・・」
さっきまでのギャップが凄すぎる。
歌を食べる時の寧音と今の寧音は別物だと心の片隅で思った。
「・・・・・・」
ふと誰かに聞かせるために歌うのはいつ以来だろうか、なんてどうでもいいことが頭に浮かぶ。
心臓の音がやけにハッキリ聞こえる。握りしめた拳にじんわり汗が浮かぶ
「――うし」
首を軽くふって、緊張をまぎらわし、息をはくと共に肩の力をぬいて、お腹に力を込めて――。
俺は歌った。
自分の中の苦しみを、痛みを、どうしようもないやるせなさを。
静かに、徐々に激しく。
今のありったけを、ただがむしゃらに。
言葉に、想いをのせて。ありのままを――。
「――――っ」
高架下で、俺の歌声が響き渡っていく。
「――ああ、やっぱり素敵」
寧音はそう呟いた後で。
紅い瞳を歓喜ににじませ、ゆっくりと口を開き。
――いただきます。
その瞬間、ぞくりと背筋が凍ったと錯覚したあとで。
声が、音が、その場から消えた。
まるで、そこから何事もなかったかのように。
「――――っ!」
声はだしてる、全力で。
なのに、俺の口から声はちっともでていない。
まるでスマホから音楽が流れていかなくなったあの時のように。
さらに――――
「――――っ」
消えていく。
吐き出していく感情が、ぽろぽろと崩れ落ちるように。
歌う度に吐き出して、それでも尚、心にくすぐり続けていたものが。
歌いつつづけていくともに、少しずつキレイに。
まるで最初からなかったかのように。
「――――っ」
心が、軽くなっていく。
痛みも、不安も、やるせなさも。
けどおかしい。本来なら、それは喜ぶべきことなのに。
苦しみや痛みなんて、ない方がいいに決まっているのに。
それをずっと望んで居たはずなのに―――
どうして、消えていく度に、俺は――。
「ほろ苦い、けどとっても濃くて、噛みしめる度にあふれ出すこの想い、最高――」
うっとりと咀嚼を続ける片割れで、心が軽くなる一方で喪失感を味わいながら歌い続け。
そうして―――
「ごちそうさまでしたっ」
歌い終わったあと、パチパチと拍手しながら、立ち上がって軽いステップを踏みながらこちらにやってくる寧音。その姿は歌を食べる時は別人の陽気な彼女。
「いやー本当にいいうた――」
陽気な寧音の声が途絶えるが、気にしてなどいられなかった。
「・・・・・・」
歌い終わった俺は、膝をつき涙をこぼしていたからだ。
「俺は――なん、て、ことを――――」
嗚咽混じりに、俺は吐き出す。
俺にとって、それは、苦しみであると同時に、大切な、とても大切なモノだった。
「くそ、くそ、くそっ!」
震える拳で思わず地面を叩くが、遅い、遅すぎる。
好きだった、だから苦しかった。
好きだった、だから痛かった。
好きだった。だから、だから、だから――――。
「俺はなくしちゃ、いけなかったのに!」
俺が本当に歌が好きなら、苦しみも抱えて、それでも、前に進まなければいけなかったのに。
それを知っていた。
歌が好きなだけな時だって、全てが上手くいっていたわけじゃない。
悩んだり、躓いたり、ときにはそれこそ痛みだって、あった。
でも、それでも好きだから、歌い続けて。
歌い続けたからこそ、それも大事なモノだと、理解出来た。
そうして、最後に、笑えていたはずなのに。
その未来は、もうない。
もう、後戻りはできない。
自分で選んで、捨ててしまったから。
膝をおり、震える身体を抱きしめるように蹲る俺。
「・・・・・・ごめんなさい」
そんな俺を見て、しゅんとする寧音。
彼女が謝る必要は何も無い。
「お前が、寧音が悪いわけじゃない」
嗚咽混じりで、俺はそう言葉を返す。
彼女は善意でしてくれたのはわかっている。
とんでもない存在だとしてもそれは事実。
だから、自分で噛みしめておかないといけない。
好きと同じくらい大事だった、苦しみが自分の中にあったことを。
震えるからだ徐々に収まり、涙をぬぐう。
そして、静かに拳を握りしめる。
「――――よし」
今度同じ経験をしたら、しっかり向き合おう。
ちゃんと好きなモノに向き合い続けよう
「――――」
その想いで、気づけば口ずさんでいた。
幼かったあの頃のように。
「ああっ」
そんな俺を、恍惚した表情で彼女見る。
「やっぱり、あなたの歌は素敵」
口から漏れる吐息はとても甘い
ちらりと軽く動かし喉を動かす。
「その歌も――とっても美味しそう♪」
そんな彼女に、そんな褒め言葉は聞いたことがないと苦笑した。
けど、久しぶりに心から笑えたと思う。
それから、俺は歌の活動を再開するんだが、何故か寧音が傍にいた。
どうして離れないんだと問う俺に彼女は笑って答える。
「いやー君の“歌”(おもい)はとっても美味しかったから、また食べられたらなーって」
「・・・・・・そうかよ」
そんな彼女が近くにいて。
奇妙な事は続いて行くけど。
それでも俺は歌を歌い続ける。
仕事にするかしないか、そもそもに仕事にできるだけの技量が俺にあるか。
そんな事はちっともわからないけれど。
好きだ、と。改めてはっきりわかったから。
だから、この気持ちを持ち付ける限り、歌い続けるのだろう。
喜びも。
悲しみも。
怒りも。
楽しみも。
ありとあらゆるの感情を一つ一つ。
不器用に、自分らしく、それでも形にして。
好きなこと、続けて、生きていく――――。
歌を愛する怪異。
その怪異が、一人の少年の歌に魅了され、付きまとい、傍にいる。
少年はそんな怪異の前でも、生まれた感情を歌にせずにはいられず、披露し、時には文字通り食べられてしまう。
それでも、二人はずっと共に生きた。
どちらかが終わりを迎えるまで。
そして色んな歌を怪異に聴かせ続けた少年は、最後まで自身の“恋”の歌を歌わなかった。
その思いだけは、歌にすることなく、変わりに言葉や態度、行動で示し続け――
――歌にすれば、とっても美味しそうなのに……残念ね。
少年の対し、そんな言葉を口にしながらも。
怪異はとても満足そうに微笑んでいたという。(終わり)
最後まで読んで頂き、ありがとうございました




