ここは夜です
都市の明かりが小さな影さえ散らしてしまう内陸の夜とは違い、海の上には真の闇が広がっている。
その闇に抗って、夜を駆ける船を導くのが彼、灯台守の仕事だった。
朝陽が昇ると同時に道標を消灯すると、彼はゆっくりと伸びをする。極度の緊張状態を維持して体のあちこちが強張っていた。
太陽が海を照らしている間だけは、お役御免となる灯台守の貴重な自由時間だ。
画面の端では接続の安定性を示すインジケーターが心許なげに明滅している。
海の底のそのまた下に何十キロメートルも伸びる光ファイバーの末端が、この絶海の孤島「浅鳴島」にも辛うじて文明の残り香を届けていた。
「はい、皆さんおはようございます。夜怪談のお時間ですよ」
灯台守は安物のウェブカメラに向かって穏やかに微笑んだ。背景には無機質なコンクリートの壁と、分厚いガラス窓が映っている。
窓の外には突き抜けるような青空と暴力的なまでの陽光。
『おはよー』
『夜なのか朝なのかどっちなんだい!』
『怪談の時間じゃないw』
『灯台守さん今日も早いね』
『時差でもあるのかよ』
リアルタイムで流れるチャットの文字が、彼にとって唯一の外界との繋がりだった。
自動化が進んだ現代において、浅鳴島は数少ない人の手を必要とする古い型式の灯台だった。といっても、主な仕事は日没後の点灯確認と設備の清掃。
それ以外の時間は、ただひたすらに孤独という名の重圧に耐えるだけの生活である。
その孤独を紛らわすため、仕事を終えて眠りにつく前に明かりを求めたのが配信活動の始まりだった。
「私の仕事は暗くなってから明かりを灯すことですから、私がこうしてカメラの前に座った瞬間から、ここは夜となります。……さて、今日も始めましょうか。皆さんの現実を少しだけ暗く染める、海の怪談を」
灯台守は顔を隠さない。生白いのに潮風を浴びて奇妙に青く焼けた肌と、どこか焦点の定まらない瞳がそのまま映し出されている。
部屋の間取りも背後に置かれた備品も丸見えだ。リスナーからは不用心すぎると再三注意を受けていた。
『布でも掛けるとかしようぜ』
『最近の特定班を舐めたらあかん』
『窓の外の景色だけで場所バレるって』
そんなコメントに対し、灯台守は喉の奥で小さく笑った。
「特定されたところで、ここにはリア突できませんので。定期船すら通らない岩礁地帯です。むしろ、もし誰かがここまでこられるなら私は喜んでお茶を淹れますかね。……たとえそれが、人間でなかったとしても」
冗談めかした一言が配信の空気を僅かに冷やす。灯台守は部屋の遮光カーテンを引き、画面の中に夜を作り出した。
「では、一筋目の光を灯しましょう。私がこの島に赴任して最初の一週間で体験した出来事です」
“最初の夜”
これは今から半年前、私が浅鳴島に赴任した初日のことです。
前任者との引き継ぎは船上で、短時間で終わり、私は一人でこの塔に取り残されました。
初日の夜はとにかく風の音が凄まじく、耳を塞いでも恐怖に身が竦みます。巨大な獣が塔を舐め回しているような、不気味な湿り気を帯びた音の中で職務に意識を傾けようと努めていました。
塔の最上階、レンズ室のすぐ下で異常が起きないよう見守っていた時です。時刻はちょうど深夜二時。不意に「トントン」と扉を叩く音がしました。
一階の入り口ではありません。波風の音に消されて上まで届きませんから。音は私がいた部屋のすぐ外、らせん階段を登りきった場所にある、重い鉄の扉から響いていました。
あり得ないんです。島には私しかいない。もし誰かが上陸するつもりなら無線で案内の要求があるはずで、誰かが灯台を昇ってくるなら足音が聞こえるはず。
でも、何の予兆もなく唐突に……「トントン、トントン」。遠慮がちではありながらも、執拗なリズムで続きました。
私は意を決して扉を開けました。確かめないままでは怖かったのです。しかしそこには誰もいません。ただ暗く湿ったらせん階段が下へと続いているだけです。
きっと風のいたずらだろうと自分に言い聞かせ、鍵を閉めて明かりの監視に戻りました。すると五分後、今度は扉ではなく、窓が鳴りました。
私がいたのは地上二十メートルの高さです。ベランダも足場もありません。なのに厚さ十センチの強化ガラスから軽やかな音が聞こえるんです。……「トントン」と。
ガラスをノックしたことはありますか。あれはボンボンとかドンドンとか、もっと濁った音が鳴るんです。その時に聞いた音は、確かに窓から鳴っているのに、ガラスではない音でした。
私は恐る恐る窓に近づいて懐中電灯を外へ向けました。光の輪の中に浮かび上がったのは人の手ではなかった。
黒い羽が貼りついていました。この小さな孤島にカラスはいません。そもそもカラスにしては大きすぎる。真っ黒に濡れた塊が窓一面を覆っていました。
そして羽の隙間から、濁った目が私を覗き込んでいたんです。
私が思わず息を呑むと、その目の持ち主は窓ガラスを激しく叩き始めました。「ガン、ガン、ガン、ガン!」頑丈な窓にひびが入るかと思うほどの衝撃。
恐怖のあまり、部屋の隅で震えながら夜明けを待っていました。そんな日に限って船も近くを通らず、無線連絡が入らない。尤も……何かおかしなものの声を聞きそうですから、船がなくてよかったのかもしれません。
翌朝、灯台の外から見上げて驚きました。頂上の窓ガラスには巨大な指紋がついていたんです。それも指が六本ある、異様に長い人間の指紋が。
窓の下には見たことのない鳥の死骸が、内臓をすべて引き抜かれた状態で転がっていました。
灯台守は淡々と語る。チャット欄は静かな興奮と同様で埋まっていった。
『その鳥は何だったの』
『奇形のカモメとか?』
『動物であってくれ』
『動物が死ぬのは嫌なので幽霊でおながいします(´・ω・`)』
『あっさり言うけどグロいよぉ』
“肉の結び目”
次の話は、顔馴染みの船乗りから聞いた話です。彼はこの話を私に語った三日後、原因不明の衰弱で亡くなりました。
彼は数十年前に南洋で奇妙な漂流船を救助したことがあるそうです。
一隻の小型漁船。エンジンは停止し、甲板には人影がない。船乗りたちが乗り込んで調査を始めると、船倉から異様な音が聞こえてきました。
それは濡れた肉を無理やり擦り合わせるような、ねちゃねちゃと粘つく不快な音だったそうです。
彼が船倉のハッチを開けると、そこには信じられない光景が広がっていました。
元々は五人いたはずの乗組員が一箇所に固まって縮こまっていたのです。
固まっていた……いえ、彼らは、繋がっていたんです。一人一人の腕や脚が、まるで粘土を捏ね合わせたように、他人の体と癒着していました。
服は破け、露出した皮膚が赤く腫れ上がり。
中心にいた男はまだ生きていて、虚ろな目でこう呟いたそうです。
「みんなで一つになれば、もう朝が怖くないと思ったんだ」
船乗りたちが彼らを切り離そうとナイフを立てると、切られた場所からは血液ではなく、透明な塩水が溢れ出しました。
救助された彼らは大学病院に搬送される途中で、ひとつの巨大な肉の塊へと変貌を遂げました。五人の顔が大きな肉の表面に浮かび、それぞれが安堵の表情を浮かべていたとか。
後に病院で解剖して調べたところによれば、細胞レベルで混じり合っていたそうです。五人は一体いつ「死亡」と診断されたのでしょうね。
船乗りは最後に会った時、私に警告してくれました。「灯台守さん、あんたも気をつけな。夜の海は淋しがり屋を逃さない。一人でいると、仲間がほしくなっちまうぞ」……と。
灯台守は自分の細い指を見つめた。
「私の指は、今のところまだ五本のままですね」
『なんか怖いこと言ってる』
『“まだ”』
『個人的に心霊系よりボディホラーのほうが怖い』
チャット欄を眺めて、灯台守はにこりと柔和に微笑んだ。
“潮騒”
では最後に一つ、少し毛色の違う話を。私がこの仕事に就くきっかけとなった、ある事故の話です。
数年前、私の地元の海で一人の少女が行方不明になりました。私の親戚の娘さんでした。
田舎にしては大規模な捜索が行われて、しかし遺体は見つかりません。やがて捜索が打ち切られた日の夜、私は一人で海岸に立っていました。
すると沖のほうから小さな明かりが見えたんです。まるで灯台の光に呼応するように、規則正しく点滅する光が。私はそれが彼女の助けを求める合図だと思い、無我夢中で海に飛び込みました。
冷たい夜の海。光を追いかけて泳いでも距離は一向に縮まらない。それどころか、光はどんどん深海へと沈んでいきました。
ようやく光に追いついた時、私はそれを見てしまいました。光っていたのは彼女の頭蓋骨でした。骨の隙間に発光する不思議な魚が住み着いていて、彼女の骨が波に揺られるたびに、眼窩から光が漏れていたんです。
彼女は海中で、私に向かって手を振っていました。その手には私がかつて彼女にあげたお揃いのキーホルダーが握られていました。
もう骨になっているというのに、水の中だというのに、彼女の声が聞こえた気がしました。私には確かに分かった。彼女はこう言ったんです。……「ここは夜だから、ずっと眠れるよ」と。
翌朝、私は浜辺に打ち上げられて気を失っているところを発見され、彼女の遺体が遠い沖の孤島に打ち上げられていたことを聞かされました。
頭蓋骨というのは古来よりオカルトや魔術と関わりが深い。死者の霊と交信したり、あるいは隠された情報を探り出す手段として用いる儀式もあったとか。
私は海に惹かれるようにして、この灯台守の仕事を選びました。彼女が今もどこかの暗い海底で、明かりを灯して私を待っている気がして――。
灯台守が三つの怪談を終えると、チャット欄は感動と恐怖が入り混じったコメントで溢れている。
『イイハナシカナー?』
『今の灯台守さんの実話?』
『全部実話だよ』
『グロくなくてよかった』
『待てよく考えろ、人が死んでるぞ』
『ねえなんか後ろのカーテン揺れてない?』
彼は振り返らず、ウェブカメラを見つめたまま応えた。
「風でしょう。ここは常に風が吹いていますから。……さて、今日の配信はここまで。本当の『夜』がくるまで、私はそろそろ眠ろうかと」
その時だった。
部屋全体を揺らすような、凄まじい衝撃音が響いた。
建物の一階にある頑丈な防潮扉が、外側から力任せに叩かれた音だった。
「……おや」
灯台守が呑気に首を傾げる。
「お客さんでしょうか。船が通る予定はないんですけどね」
彼は立ち上がり、ノートパソコンを持って暗いらせん階段を降りていく。
「せっかくですから、皆さんにもお見せしましょうか。誰がきたのか、一緒に確かめてください」
画面は激しく揺れ、低解像度の映像が不気味に尾を引いた。
一階に降り立つ。
濃密な潮の香りが鉄扉の隙間から濃密に漂ってくる。
ドォン! ドォン!
激しい音はマイク越しにも画面の前で見守る者たちの耳に届き、蝶番の悲鳴がその人間業とも思えない力の強さを伝えていた。
「どちら様ですか?」
灯台守が扉越しに問いかける。返答はない。代わりに扉の隙間から、どろりとした黒い液体が流れ込んできた。
重油のように粘り気があり、見た目にも腐臭を放っている。
灯台守は躊躇なく扉の閂に手をかけた。
『待て待て待て待て』
『開けちゃらめえ』
『音やばすぎるって』
『灯台守さん逃げて!』
逆流するコメントを無視し、灯台守は重い扉を引く。配信画面が激しくノイズで乱れた。
開かれた扉の向こう、夕闇が迫る海を背景に立っていたのは、一人分の容積を持った何かの塊だった。
生々しい肉の結び目。その全体は濡れた黒い羽に覆われ、隙間から無数の光る眼球が灯台守越しにウェブカメラを覗き込む。
腐り落ちかけた顔の一つが、灯台守を見て嬉しそうに笑みを浮かべた。
「……ああ」
彼の口から掠れた声が漏れる。ノートパソコンが手から落ちて、配信画面には彼の足元だけが映っていた。
画面越しに、ぐちゃりと肉が潰れるような音が断続的に響く。
「ああ、君だったんだね。またきてくれたんだ」
灯台守の足元にキーホルダーが転がった。それは海水の塩にまみれ、茶色く錆びついていた。
次の瞬間、配信は「通信エラー」の文字とともに唐突に切断された。
その夜、浅鳴島の灯台に明かりが灯ることはなかった。
***
灯台守の配信が途絶えてから三十分。画面には「配信は終了しました」という無機質な文字だけが残り、溢れかえっていたチャット欄も、凍りついたように動かなくなっていた。
そして画面が不意に明滅する。
不規則なノイズの後に再び映し出されたのは、地面に転がったままのノートパソコンのカメラが捉える防潮扉だった。
灯台守の姿は見えない。ただ閉め切られた重い鉄扉の隙間から、「夜」が津波のように流れ込んでくる。
形を成した暗闇。黒い羽、絡まり合った肉、湿った鱗のようなものが、蠢きながら灯台を埋めていく。
「暗くて冷たいね。でも、ひどく心地好くて安らかだ」
灯台守の声がした。海の男っぽくないとリスナーにからかわれた、いつも通りの穏やかなトーン。深海から響いてくるような、原初の悦びに満ちた声だ。
カメラの死角から彼の手が伸びてきて、地面のキーホルダーを拾い上げた。
その指は灯台守が語った「最初の夜」の指紋と同じように、六本目の指が不自然に生えかかっていた。
『灯台守さん?』
『警察呼ぶべき?』
『海上保安庁?』
『どこに通報すればええねん』
『今の指……』
動き出したチャットに対し、灯台守はノートパソコンを持ち上げると自らの顔を映した。彼の瞳からは三番目の怪談で語った少女の頭蓋骨と同じ、淡い燐光が漏れ出している。
「皆さん、ご心配なく。私は今とても満ちています。……この島に赴任した時から、ずっと待っていたんです。夜が私たちを一つにしてくれる日を」
彼は背後にそびえ立つ「それ」に身を委ねて寄りかかった。
それは彼が語った怪談を一つに結び合わせたような暗闇だった。黒い鳥の翼を持ち、幾多の人間が溶け合った肉塊の表面に、死者の目が輝いている。
「リスナーの皆さん、感謝しますよ。あなたたちが私の配信を観測し、場所を特定しようと試み、私の存在を確信してくれた。その意識の指向性こそが、私と彼岸を繋ぐ明かりとなったんです」
灯台の光は船に陸の在処を教えるための道標。灯台守の配信は、闇の中に潜むものたちに『ここが入り口だ』と伝える道標だった。
灯台守は再びらせん階段をのぼってゆく。一階から溢れ出した黒い液体と、肉の結び目が彼の足跡を追うように這いずる音が粘着質に響いた。
「この島、浅鳴島の由来を知っていますか?」
レンズ室へと続く狭い通路を歩きながら灯台守は最後の怪談を語る。
“浅鳴島”
古くからこの海域は潮の流れが複雑で、多くの船が沈む場所でした。生まれた死体は腐敗するよりも前に、ある種の意志を持った海流に飲み込まれ、この島の地下にある海蝕洞に集められる。
……私の地元ではここを『胃袋』と呼んでいましたよ。
灯台守の真の役割は、灯台設備の維持ではありません。
海が飲み込みきれなかった淋しさを管理し、それを現実世界へ解き放つための道標なんです。
引き継ぎの日、前任者が私に言ったんです。「ここは夜だ。それだけは忘れるな」と。
最初、私は単なる比喩だと思っていました。でも違いました。ここは夜が滞留する場所。海に沈んだ者たちの終わらない眠りが朝を塗り潰し、現実を侵食し続けている特異点なんです。
配信画面は灯台の最上階にあるレンズ室へと辿り着いた。
本来なら巨大なフレネルレンズが強烈な光を放っているはずの場所だ。しかし未だ太陽がしがみつく夕刻、灯台に明かりは灯されていない。
部屋の中心には少女の頭蓋骨が鎮座していた。眼孔を縫うように燐光を放つ深海魚が宙を泳いでいる。
ただ淋しかったんです。彼女とずっと一緒にいたかった。だから私は潮騒が私を迎えにきてくれるまで、この島で呼び声を上げ続ける必要がありました。
この配信をご覧になっている皆さん。……おめでとうございます。あなたたちは、この儀式の目撃者になりました。
灯台守が頭蓋骨に手を触れると、燐光がレンズ室から太平洋へと放射される。暗い海面に無数の光る「目」が浮かび上がってくる。
それらは一つ一つが、かつてこの海で命を落とした者たちの未練であり、灯台守の配信を通じてこちら側へ呼び寄せられた異形だった。
「私の仕事は、暗くなってから明かりを灯すこと。……ですが、この世界はもう、充分に暗くなってしまった」
彼はノートパソコンを床に置いて、カメラに向かって最後の問いかけを投げた。
「なぜ私が朝から配信をしていたか分かりますか?」
その皮膚はすでに人間のものではなくなっていた。透き通った血管の内側を黒い液体が循環しているのが見える。
太陽が出ている間、皆さんは自分たちの安全を錯覚します。光のもとにいれば怪異は近づかないと信じています。……彼女にはその油断が必要だったんです。
皆さんは明るい部屋で、あるいは朝陽が差し込む通勤電車の中で、油断しきって私の怪談を聞いている。その瞬間、あなたの背後に広がるわずかな影が、私のいる『この夜』と繋がります。
灯台守は自らの首元に食い込んできた肉の結び目を愛おしそうに撫でた。
今、あなたの部屋の隅を見てください。カーテンの裏、ドアの隙間、あるいは机の下。そこにある影は、さっきよりも少しだけ濃くなってはいませんか?
灯台守の声は次第に空気に溶け、どこから聞こえてくるのか分からなくなっていた。
『ねえ待ってなんかほんとに部屋が暗い』
『窓の外が真っ暗だ』
『後ろでねちゃねちゃ音がするんだけど』
俄かに混乱し始めたチャット欄は、やがて静かになった。
「ここは夜です」
灯台守の慈しむような声が響く。
「私がここで明かりを灯したから、世界中の影が浅鳴島の夜と繋がってしまった。今、皆さんの部屋にいる彼らは、淋しがり屋の海の家族です。どうか温かく迎えてあげてくださいね」
灯台守だったものの残滓は最後に一度だけ、カメラのほうを振り返ったようだった。
その顔はもう判別がつかない。少女の顔、船乗りの顔、名も知らぬ死者たちの顔が、一つの肉塊の上で千々に乱れ、笑っている。
そこで彼の配信は完全に途絶えた。
***
翌日、海上保安庁のヘリが浅鳴島に急行した。リスナーからの一斉通報があったためだ。しかし島の灯台に人の気配はなかった。
灯台の宿直室にはとうの昔に壊れたノートパソコンだけが残されていた。海底ケーブルは噛みちぎられたように切断されており、インターネット接続など不可能な状態だったという。
最も捜査員を困惑させたのは灯台のレンズ室だった。レンズは内側から粉々に砕け散り、部屋には入り込むはずのない大量の海水が溜まっていた。
潮溜まりの中に錆びついたキーホルダー。その表面に、指が六本ある小さな手形が、くっきりと刻まれていたという。
後日。
灯台守の配信を視聴していたうち、いくらかのリスナーが人知れず行方不明となった。しかし灯台守のことは取り沙汰されず、ただ彼らの部屋に残されていた海水の跡と、黒い鳥の羽だけが不気味な共通点として報道される。
現在も、動画投稿サイトには灯台守のチャンネルが残っている。しかし彼の怪談を聞いてはいけない。
たとえ陽の光のもとであっても、彼の声であなたのもとに「夜」が訪れるから。
「ここは夜です。……次は、あなたの番ですね」




