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凄腕の毒使い、五歳児を拾う【短編】  作者: キタノユ


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最終話 師弟

 しの突く雨を背に、藍鬼は小屋の引き戸を蹴り閉めた。

 かまどに火を灯し、腕の中の青を板の間へ横たえた。


「さむぅぃ……」

 青が藍鬼の裾を握りしめたまま、うめく。


「当たり前だ」

 藍鬼は青の濡れた衣服をぎ取り、乾いた麻布で全身を力強く擦り上げた。

 摩擦熱まさつねつで肌に赤みが戻るのを確認すると、毛布と獣皮で簀巻すまきにする。


「動けないよぉ……」

「うるさい」

 文句を言う体力気力が残っていることに安堵し、青から離れて鉄瓶を火にかける。


 湯を沸かす間、粉薬と一緒に生姜しょうが桂皮けいひ甘葛あまづらと、きな粉を椀に入れる。

 湯を注ぐと、甘くかぐわしい香りが立ち上り、葛湯くずゆができあがった。


「飲めるか」

 藍鬼が上体を抱き起こすと、青は震える唇で椀に口をつけた。


「あまぁぃ……」

 胃の腑に熱が落ち、強張っていた幼い眉間みけんが緩む。

 藍鬼の腕を支えに、青は残りをむさぼって飲み干した。


 空になった椀を床に置いた、その直後だ。

 藍鬼の手が青の襟元を掴み、荒っぽく引き寄せた。


 ぺちっ


 乾いた音が響く。

 藍鬼のてのひらが、青の頬を弾いたのだ。


「死にたいのか!」

 藍鬼は声を荒げた。


 青はしばらく呆然と、黒い仮面を見上げていた。

 打たれた頬のじんじんとした感覚と、師の怒気の意味を、遅れて頭が理解する。


 徐々に黒い瞳が潤み、

「ひぐっ……」

 喉の奥から、しゃくり上げる嗚咽が漏れ始めた。


「だって、だって僕……」

 藍鬼は青の体を宙に持ち上げたまま、じっと次の言葉を待った。

 逃げ場のない状態で、青は涙に濡れた顔を歪める。


「僕、ししょーみたいに強くて、何でも知ってて……みんなを助けられるようになりたいんだ!」

 幼い叫びが、狭い小屋に反響した。

「何もできないから……僕、っ」


 藍鬼は黙って泣きじゃくる幼子の言い分を聞いた。

 掴んでいた毛布から手を離し、宙に浮いた青の体を解放してやる。


「何もできない奴は、こういうことをしやしない」

 藍鬼は、青の手書きの紙を拾い上げ、突きつけた。


「……」

 宙吊りの状態から解放された青は、濡れた瞳で師を見上げる。

 するすると涙がひっこんだかと思うと、紅潮した頬を引き上げて笑みを浮かべた。


「ほんと? ほんとに? 僕、がんばった??」

「おとなしくしていろ」

 仮面の下で舌打ちをし、藍鬼はまとわりついてくる青を引き剥がす。


「悪寒を散らす薬を入れた。少し休んだら、一緒に都へ帰るぞ」

「さっきのお薬だったの? 全然苦くなかった」

「お前のような味覚の幼稚なガキに、薬を飲ませるための工夫だ」

「なるほどぉ……って、ガキじゃない!」


 青は口元にきな粉のひげをつけたまま、ふくれっ面で抗議した。



 薬の効き目とともに、青は眠りに落ちた。


 藍鬼は青の口元を拭い、自らも濡れた装束を脱いで天井の梁へ吊るした。

 青の小さな衣服の隣に、藍鬼の黒い装束が並ぶ。

 親子の蓑虫みのむしのような影の下、火鉢の赤火が爆ぜた。


 藍鬼は青の枕元に腰を下ろし、散らばっていた走り書きを拾い集めた。

 薬草教室に感化され、村で困りごとの聞き取り調査をしたらしい。

「よる、ねむれない」「雨がふると、コシがいたい」などの主訴しゅそが書かれている。


「呑気なものだ」

 藍鬼は、よだれを垂らす顔を見つめた。


 熱意を即座に実行する、行動力。

 聞きかじった知識をただちに応用する、適応力。


 この子には何か、底知れぬ才覚があるのかもしれない。


「……骨が折れそうだ」

 藍鬼は手元の紙片を、丁寧に折りたたんだ。

 棚の奥に隠すように置いてあった、漆に螺鈿らでんが散りばめられた文箱ふばこを取り出し、紙片を底へ仕舞う。


 入れ替わりに取り出したのは、一通の書状。

 上質な奉書紙ほうしょしに、金の箔押しがほどこされている。

 表書きには、筆太な文字で仰々《ぎょうぎょう》しく記されていた。


――直命 特別任務


「……」

 藍鬼は物々しい文字列をじっと見つめ、ふ、と視線をかたわらの寝顔へと移した。


「お前は……俺と同じてつを踏むなよ」

 藍鬼は青の額にそっと掌を添えた。

 熱はない。

 内に何を秘めていようとも、今はただの、無力な子供だ。


 外は、いつの間にか本格的な秋霖しゅうりんとなっていた。

 炭が爆ぜる音と、幼い寝息が、藍鬼の鼓動と共に緩やかな時を刻む。


 火鉢の橙色の光が、動き始めた師弟の運命を、温かく照らしていた。

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