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ホカホカ

作者: YB

『冬の童話祭2026』テーマ『きらきら』応募作品です。

 わたしが物心ついたときには、ホカホカはそばにいました。


 わたしたちラーヴィ族は、雪と氷にかこまれたスノアヘイムを季節ごとに移動して暮らしています。


 広大な白い地にささやかな草原や川があり、短い夏には花がいっせいに咲きます。けれど冬のあいだは、朝がなくなり大地はかたい氷でおおわれます。


 そんなスノアヘイムで生きるわたしたちに寄りそってくれるのがホカホカという小さな精霊です。


 姿は見えませんが、いつも胸のあたりにフワリとしたあたたかさをくれるので、ホカホカはそこにいるんだとわかります。


 テントに吹きこむ風があまりに冷たい日は、毛皮をかぶってじっと目を閉じ、胸のあたたかさを頼りに眠ったものです。


 ラーヴィ族は生まれた時にかならず一匹のホカホカがつくのだと、おばあちゃんが話してくれました。


「ホカホカはね、わたしたちを寒さから守ってくれると同時に、帰るさきも教えてくれるんだよ」


 おばあちゃんはわたしを抱えて不思議そうに笑いました。


「あんたのホカホカはきれいだねえ。ほら、お日さまのかけらみたいだよ」


 わたしにとってホカホカはただの気配でしかありません。

 色もかたちも分からないのに、どうしてホカホカはきれいだってわかるんだろうと不思議に思いました。


 おばあちゃんの声に耳をすませていると、わたしのホカホカが少しだけあたたかくなる気がしました。



   ×   ×   ×



 ある年、冬が来るのがいつもより早い日のことです。


 おばあちゃんは火のそばに座る時間が増え、手を動かすことも少なくなりました。それでも、わたしが布を織っていると、よく話しかけてくれました。


「うまくなったもんだねえ。これなら、わたしも安心してあの人に会いにいける」


 あの人とは、わたしが生まれる前に亡くなったおじいちゃんのことです。


 わたしはおばあちゃんの手を握りしめてたずねました。


「さみしいこと言っちゃやだ」


 おばあちゃんはゆっくりと笑いました。


「さみしくないよ。わたしのホカホカがあの人のところへちゃんと連れていってくれるからね。あなたとだって、きっとまた会えるわ」


 それはスノアヘイムの寒さに負けないやさしい声でした。


「ホカホカはずっとそうしてわたしたちをつないでくれているんだよ」


 その言葉をわたしは忘れることはありませんでした。


 冬の途中、おばあちゃんは静かに息をひき取りました。


 最後の瞬間、家族に見守られたおばあちゃんはどこかうれしそうな顔をしていました。今からはじまる新しい旅に心を踊らせているように見えました。


  テントを出ると、空には大きなオーロラが揺れていました。

 光はゆっくりと流れ、スノアヘイムの外の世界へ道を描いているようでした。


 そのとき、わたしのホカホカがフワリとあたたかく光った気がしました。


 いつかまた、おばあちゃんに会えると思いました。



   ×   ×   ×              



 おばあちゃんが旅立ってから、いくつもの季節が過ぎました。


 わたしは彼と、いつもそばにいるようになりました。


 わたしたちは生まれた時からテントの並びで育ち、雪に埋もれた道をいっしょに走り、短い夏の野花をいっしょに見てきました。

 だから、特別な言葉を交わさずとも、そばにいるのは自然なことでした。


 ある春先、彼が狩りで氷角のシィアという大きな獣を仕留めて帰ってきました。

 長老たちはすぐに婚姻の義を整え、「二人は夫婦になるのだ」と告げました。


 わたしたちは声をあげて驚くこともなく、ただ静かにうなずきました。

 昔から、なんとなくわかっていたからです。


 婚姻の義は、歌声があふれ、赤い布と氷の飾りで満たされ、とてもにぎやかなものでした。

 ですが、わたしと彼は忙しさに押されて、喜びをかみしめる余裕もありませんでした。


 夜が来て、人々が去り、二人だけになったときでした。

 ふと、胸のあたりがフワリとあたたかくなりました。


 わたしのホカホカと彼のホカホカが、雪の上で遊ぶ小さな生きもののように仲よく跳ねている気配がしました。

 そのぬくもりが、二つの胸からひとつになるように広がりました。


 そのとき、ようやく「わたしたちは夫婦になったのだ」と思いました。


 ずっと前から、そうなることを知っていたような気がしました。


 彼はわたしの手をとり、ほんのすこし照れたように笑いました。

 ホカホカも寄り添うようにあったかい気配を広げていました。



   ×   ×   ×



 季節がめぐり、わたしも年を重ねました。

 スノアヘイムの冬をいくつ越えたのかも、もうはっきりとは覚えていません。


 ある夜、胸に小さな痛みが走り、やがてそれは眠気にかわりました。

 わたしはテントの中で横になり、彼が手をにぎってくれていました。


「大丈夫。ホカホカがいてくれるから」


 わたしは時間がかかりましたが、おばあちゃんの言葉の意味をようやく知りました。

 ホカホカが帰る先を教えてくれる‥‥‥静かな眠気がやってきました。


 彼の手がほどけていきました。オーロラの光がわたしを連れていってくれます。


 次に目を開けたとき、そこは雪の大地ではありませんでした。

 やわらかい光の中で、無数のホカホカが泳ぐようにゆらめいている世界でした。


 ここがホカホカたちの世界なのだと、すぐにわかりました。


 一匹のホカホカが近づいてきました。


 ───わたしのホカホカです。


 わたしは思わずその子のとなりに座りました。

 すると、ホカホカがくるくると回り嬉しそうに笑いました。


「うん、今度はわたしが隣にいるよ」


 わたしがそうつぶやくと、ホカホカは大きく輝きました。


 やがて、その光のむこうから、もうひとつのホカホカが近づいてきました。

 そのそばに、彼の気配がありました。


 言葉にしなくても、胸の奥がゆっくりほどけていきました。


 ホカホカは、いつもそうしてくれていたのだと思いました。


 出会うことも、別れることも。そして、その先へ進む道も。


 あたたかさのまま、つないでくれていたのです。


 光の世界で、彼のホカホカとわたしのホカホカはくるくると寄り添いながら、やわらかく輝いていました。


 いまは、ただ彼の隣にいる。それでいいのだと、思いました。


 いつかまた、雪の世界でも会えるのでしょう。


 ホカホカたちは、やさしく、やさしく光っていました。




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