気づかせてくれたのは。
「…………ふぅ」
それから、数ヶ月経て。
鮮やかな朱と青が織り成す幻想的な空の下、残り数部を積んだ自転車を進めていく。4月になった今は、この時間でも随分と明るくなっていて。
あれから、数週間後――陽乃さんは、めっきり公園に来なくなった。と言うより、来れなくなった。と言うのも――あまり学校で馴染めていない彼女を心配したご祖父母の提案で、少し遠くの地域に転校することになったとのことで。ちょっと……いや、すごく寂しかったけど仕方のないこと。どころか、彼女のことを思えば良かったというべきで。……今頃、どうしてるかな? 新しい学校で、楽しく過ごせていると良いんだけど。
……ところで、変わったことは他にも――
「……ありがとう、お兄ちゃん。いつも頑張ってて偉いねえ」
「……いえ、とんでもないで……あっ、ありがとうございます!」
ある日の夜明け頃
あの鉄筋アパートの3階――その突き当たりの部屋の玄関ポストに新聞を投函すると、ややあってガチャリと扉が開く。すると、そこには顔をくしゃくしゃにして笑う年配の男性。その柔らかで優しい笑顔に、思いやりに溢れたその言葉にほっと心が暖まる。そして、感謝の言葉と共に差し出してくれたのは、ほんのり湯気の漂うお茶碗で――
……そうだ、いたんだ。こんな僕を見てくれて……こんなにも優しく労ってくれる人が、本当はいたんだ。それは、今だけでなくあの時も……なのに、あの頃の僕はそんな優しさに、暖かさにさえまるで気づかず苦しみばかりに目を向けて……そして、こんな大切なことに気づかせてくれたのは、紛れもなく――
……まあ、そうは言ってもやっぱり辛くはあるのだけども。あの時間に起きて仕事、それから少し休んで学校に行ってまた仕事――そして、その次の日に備え早くに就寝……うん、ほんときつい。正直、もう一度あの頃に戻って決断し直すとしたら、たぶんここに来てなくて。
……でも、流石にもう辞めるつもりもないけれど。もう4回生――ここまできたら今更だし……それに、今はもう頑張る理由が出来ちゃったわけだし。
――それから、1年ほど経過して。
「…………よしっ」
満開の桜が景色を彩る、麗らかな春の日のこと。
そう、ぐっと拳を握り意気込んでみる。そんな僕がいるのは、地元の公立校――無事大学を卒業し、どうにか教員となった僕が赴任することになった高校の校門の前で。
……うまく、出来るかな? ……いや、うまくやろうなんて考えるな。当然ながら、僕はまだ右も左も分からない身。きっと繰り返し失敗して、それでも一つずつでも必死に学んで、いつか立派な――
「――熱っつ!! ……あっ、すみません!」
すると、不意に叫びを上げる僕。そして、驚いた様子の皆さんへ謝意を……うん、視線が痛い。ともあれ、何が起こったのかと言うと……卒然、後ろ首になにか熱いものが――
「――あははっ、良い反応だね葉雪さん!」
振り向くと、そこには何とも悪戯っぽい笑顔を見せる鮮麗な少女。ちょっぴり大人っぽくなってはいるけど、見紛うはずもない。すると、彼女は再び口を開いて――
「さて、改めてだけど……本日、めでたく高校生となった宗良陽乃です。よろしくね、センセ?」
――そう、微笑み告げる。あの日の、あどけない笑顔のままで。




