89:ノスタは何処に
「やはり戦力が足りませんね」
ワタシが『わたしのぐんぜい』を使って暫く。
ワタシとヘルムス様は変わらず水の船に乗り、王都の空に浮いていた。
「そうですね。戦力が足りていません」
この間、ワタシは『わたしのぐんぜい』の維持をしつつ、空から王都全体の状況を確かめていた。
ヘルムス様も水の船を動かして移動しつつ、王都の各地で発生した火事の消化を行っていた。
そうして、ノスタの魔物に煩わされる事なく、落ち着いて周囲の状況を確認できていたからこそ、ワタシたちは戦力が足りないと言う結論に至った。
ただ、この戦力が足りないと言う言葉には二つの意味がある。
「まず単純にワタシたちの戦力が足りません。ヨモツシコメを出したので多少は補えましたが、ノスタの魔物たちを排除しきるにはまだまだ時間がかかると思います」
「相手の数がとにかく多く、通常のスタンピードでは想定していない経路から現れましたからね。宮廷魔術師が足止めを喰らっていた以上は仕方がない事でしょう」
一つはワタシたちの側の戦力が足りていない、と言う意味。
ただ、『わたしのぐんぜい』、市井の実力者たちの協力、王城の戦力の奮起、市民の協力などもあって、少しずつ盛り返してはいる。
少なくない被害は出てしまったものの、このまま状況が進めば、最終的にはノスタの魔物は排除しきれるだろう。
「しかし、これで終わりと考えるのは無理があります。キマイラが三体しか出て来なかったのはともかく、宮廷魔術師が複数人居れば倒し切れてしまう程度のアレが相手の最大戦力とは思い難い。まだ何かはあると私は考えますが、ミーメ嬢はどうですか?」
「同感です。キマイラではドラゴンを倒せません。それでは王都を滅ぼすにはどう考えても戦力が足りません。王都にはドラゴンを倒せる宮廷魔術師が居るのですから」
もう一つはノスタ側の戦力が不自然に足りていない、と言う意味。
確かにノスタの魔物は数が多い。
けれど、数が多くても王都を滅ぼせるだけの数ではなかった。
数を補うなら質を上げる事になるが、その質を担っているであろうキマイラは、ワタシたちが空から確認した限りでは三体しか居なかった。
そして当然ながら、キマイラ以上の戦力は確認されなかった。
キマイラの数については、上手く起動できなかったのか、それしか数を用意出来なかったのかのどちらかで良いとして。
質の不足については明確におかしな点だった。
だって、王都には、民衆にもドラゴンを討伐した経験があると知られている宮廷魔術師が、少なくともワタシとジャン様で二人居る。
この情報を信じないにしても、宮廷魔術師が十人以上常にいるのが王都だ。
そこへ投入されるのが、宮廷魔術師数人で抑え込めて、討伐も出来てしまうキマイラでは……やはり質が足りていないと思う。
なお、三体のキマイラは既に討伐されている。
王城で倉庫を吹き飛ばしながら現れた個体は宮廷魔術師長たちの尽力によって。
スラム街で現れた片方は、ジャン様とグレイシア様によって。
もう片方は、宮廷魔術師の一人が、第一属性と第二属性を組み合わせただけとは思えない規模の氷柱を発生させる事で。
うん、最後のはちょっと驚かされた。
閑話休題。
「ミーメ嬢、何が来ると思いますか? そして、何故出て来ないと思いますか?」
「出て来ない理由は分かりません。ですが、何が来るかについては、十中八九、ドラゴンだと思います。ノスタはドラゴンの素材を持っているわけですから」
上で観察し続けた事で分かってきた事もある。
ノスタの魔術で生み出される魔物は、本能のままに行動していて、誰の制御も受けていないようだった。
また、半端に壊された時に再生する姿は、傷一つないもの。
加えて、個体レベルでの外見的特徴がとてもよく似通った魔物も何体か居た。
となると、以前に得た、ノスタの第二属性は『回帰』『思い出す』『再現』と言った感じの『精神』属性に近いと言う情報も併せて考えれば、こう考えられる。
ノスタの魔術は第二属性によって、魔道具の素材とした魔物の情報を読み取り、第一属性『肉体』によって、読み取った情報を基に肉体を再構築している。
で、以前にジャーレンが使った魔道具の事も考えれば、ほぼ間違いなくドラゴンを再現する魔道具を使ってくる事だろう。
「とは言え、ただのドラゴンなら恐れるに足りない訳なので……」
「何かしらの追加策はあると考えて然るべき。と言うわけですね」
「はい」
あり得そうなのは、ドラゴンをメインとしたキマイラとかだろうか。
いやでも、ドラゴンに他の魔物の足や頭を付けた程度では弱体化にはなっても、強化にはならないと思うのだけど……。
「ヘルムス様には分かりますか?」
「ノスタの奥の手については分かりませんね。しかし、居場所の目星については分かってきました」
ヘルムス様が王都の一角へと視線を向ける。
そこは宮廷魔術師になる前のワタシが魔道具を売っていた場所に割と近い、スラム街にギリギリ入るぐらいの所。
そんなところに在りながら、ヘルムス様が視線を向けた辺りでは特に被害は出ていないようだった。
それだけならば偶々であり得る範囲だけれど……。
「ノスタの魔物は制御されていません。火もまた火事になったら制御できるようなものではありません。何処に向かって何をするか分からないからこそ、普通の方々は逃げ惑い、一か所に集まって、抗います」
ヘルムス様が視線を向けた一角には人の気配が殆ど無かった。
火事も周囲に燃えるようなものが無いので、届く事は無いようだった。
魔物に至っては近づく気配すら見せていなかった。
そこだけが王都の状況から隔絶されたかのように静かだった。
「なるほど。確かにあそこはおかしいですね」
うん、本当におかしい。
「そういう訳ですので。『風鳩の魔術師』殿」
『ああ、聞こえてた。確かにあそこはおかしいな。ついでに『イーリィマップ』の情報や、状況開始時の魔物の分布具合も併せて考えると、あそこが一番怪しそうだ』
ヘルムス様の隣でホバリングしていた風のハトも同意してくれた。
『『船』、『闇軍』。宮廷魔術師長からの連絡だ。今話に出た、怪しい場所を調べてみて欲しい。もしもそこで正解なら、直ぐに援軍を向かわせる。だそうだ』
「分かりました。ノスタの捕縛は?」
『可能なら。だそうだ。既に状況が状況だからな。ちょっとでも危ないと感じたら殺してしまって構わない。使われているのが魔道具である以上、本人を殺したって止まりはしないんだろうが、これ以上の混沌はお断りだ』
ヘルムス様の水の船が怪しい場所へと近づいていく。
ワタシはトリニティアイである事を隠すか少し考えて……。
強化された上で再構築されたドラゴンが出てきた時を考えた時に、隠蔽をしている余裕は無いと判断して、そのままにしておく事にした。
どうせ周囲に民間人の影も無いし、問題は無いだろう。
「むっ」
「これは……」
『ああん?』
やがて、怪しい場所へ近づいた私たちは下船し、地面に降りると、歩いてさらに接近。
そして、傷一つない建物の前にまで来たところで私は感じた。
ヘルムス様も『風鳩の魔術師』様も恐らくは同じものを感じ取ったのだろう。
ヘルムス様は妙な顔をしているし、風のハトからは怪訝な声がした。
「ミーメ嬢。これは魔境ですか?」
「そうですね。ただ、グロリベス森林ではない。たぶん、スデニルイン辺境伯領の何処かにある魔境だと思います」
感じたのは空気の違いだった。
建物に近づいた途端、まるで此処が魔境の中であるかのように空気が変わったのだった。
しかし、ワタシが良く見知ったグロリベス森林とは、魔力の濃さと言うか、単純な匂いと言うか、とにかく色々と違う。
ノスタがスデニルイン辺境伯領の出身である事を考えると、あちらの魔境を再現した物なのだろう。
そして、これでノスタの魔物たちがこの場を襲わない理屈も分かった。
スタンピードは魔境から魔物が溢れ出てくる現象であって、魔境の中は普段通りであり、元から中に魔物が居ない魔境なら何も起きないのが当然だからだ。
それにしても、ここまで正確に空気を再現できるとなれば、それだけノスタの第二属性の本質に近い使い方をしているのではないだろうか。
自分が過去に見た、経験した地域の空気を再現できる、『精神』よりの属性……。
「『望郷』あるいは『郷愁』と言う所でしょうか」
「なるほど。それがノスタの第二属性ですか。確かに、過去にも精神にも深く関わってはいそうですね」
「あくまでも可能性の話です」
「それでも十分ですよ。ミーメ嬢」
これが正解かは分からない。
が、『回帰』や『再現』よりは近いのではないかと思う。
そして、こんな会話をしている間に、ワタシたちは建物の前に立った。
「さて、ヘルムス様。建物の中には人が一人だけ居るようです」
「分かりました。私が対処しましょう。ミーメ嬢は魔術の維持を優先してください」
「はい」
ヘルムス様が扉に杖を向けて、水の塊を作り出す。
中に居る人間に動きはない。
闇についてもおかしなものは感じない。
「中に居る者に告げます。無関係なら今すぐに伏せなさい。行けっ!」
ヘルムス様が水を放ち、木製の扉に当てる。
そして、水の塊は扉をぶち破って……。
「「!?」」
『んなっ!?』
建物全体が吹き飛ぶような大爆発が生じた。




