83:ノスタ捕縛作戦開始
「さて、全員集まりましたね」
「そうでございますね」
「ふぁっ……」
「作戦開始時刻までもう少しあるな。ヘルムス」
『イーリィマップ』の事をワタシが知ってから数日後。
夜が明ける一時間ほど前。
ヘルムス様、ワタシ、グレイシア様、ジャン様は王城の一室に集まっていた。
正直に言って眠い。
眠いが……ワタシはどうにか意識をはっきりとさせて、周囲を確認する。
「そうですね。では、最終確認をしましょうか」
部屋の中心には『イーリィマップ』が王都の地図を下敷きにする形で既にセットされており、部屋の隅には記録と連絡のために口の堅い文官と騎士が何人か控えている。
ヘルムス様はそれを確認するように部屋の中を見回してから口を開いた。
「我々はこれからノスタ捕縛作戦を行います。目的はノスタ・ルージアと言う名前の二属性魔術師の捕縛。最低でも無力化となります」
部屋の空気が一気に張り詰める。
ノスタは……十年前に滅んだスデニルイン辺境伯領の傘下貴族の一人であるルージア男爵家の嫡男だったらしい。
第一属性は『肉体』で、第二属性は正確な名称は不明だが、『回帰』や『再現』と言った要素を持つ、精神属性に近い属性とされている。
罪状は……ひとまずはヤーラカス子爵家やデフォール男爵家などへの協力や、ジャーレンが使った不可逆性のドラゴン化のような、危険な魔道具の製造と保有と言う事になっている。
「が、当人が今現在何処にいるかは分かりません。王都に居るかすら、実のところ不明です。なのでノスタ捕縛は試みますが、それと並行して、王都の各所に隠されているであろうノスタ製造の危険な魔道具を回収する事も行います」
ノスタの魔道具は王都各所に散らばっている。
貴族がきちんと保有し、管理している物については、既にその危険性の周知と共に密かに回収する事が始まっていて、王城内の一か所に集められている。
なお、無力化についてだが。今も随時進めているが、完全な破壊については、後日ワタシが魔道具内の魔術だけを焼き尽くす魔術を使って破壊する予定になっている。
問題は平民が保有している物や、廃棄されるような形でばら撒かれた魔道具。
これが王都中……もしかしたら、王国各地に散らばっているのではないかと思われているのだが、こちらを探し出す手段はこれまでなく、王国上層部の悩みのタネになっていたようだ。
「そこで使うのがグレイシア嬢が開発した『イーリィマップ』となります。この魔術によって王都内におけるノスタの不安を感知。普通の人間の不安と比較する事で、異常な不安を検知し、ノスタ当人及びノスタが隠した魔道具の位置を探ります」
「皆様、今回はよろしくお願いいたします」
が、グレイシア様の『イーリィマップ』によって、見つけられる可能性は大幅に上がった。
何故なら、『イーリィマップ』はノスタの、此処に隠された物が見つかるかもしれない。と言う不安を検知して、地図に示すからである。
勿論、他のノスタの不安……王城の人間に見つかるかもしれない。事件に巻き込まれるかもしれない。不審に思われるかもしれない。と言った不安も感知してしまうが、そこは既に対策済み。
数十人分のデータを取る事で、王都の何処で普通の人間は不安を覚えるのかのデータを事前に得ておき、ここでグレイシア様から元のデータを貰った後に補正をかける事になっているからだ。
「また、『イーリィマップ』の使用時に、対象へ見られている事が伝わってしまうと言う欠点については、ミーメ嬢の隠蔽の魔術によって対策します」
「はい。分かっています」
ここがワタシの仕事。
『イーリィマップ』の欠点の一つである隠密性の悪さをワタシの魔術で補う事になっている。
もしも見られている事がノスタに気が付かれたら、何をしてくるかの予想が付かないからだ。
また、ワタシたちが夜明けの一時間前と言う、普通の人間はまだ眠っている時間帯に集まっている理由でもある。
ノスタが今何処で何をしているかは分からないが、この時間帯ならば普通の平民、魔術師、魔道具職人は寝ている可能性が高く、寝ている間に『イーリィマップ』を使ったのなら、仮にワタシの隠蔽を見抜かれても見ている夢が悪夢になるぐらいで済む可能性が高いのだ。
「私は此処で指揮を執りつつ、『イーリィマップ』の情報処理の手伝いをします。ジャンは基本的には護衛ですね」
「そうだな。ヘルムスたちは安心して自分の仕事に専念してくれ」
「そして貴方たちには、情報の処理と得た情報を各所に伝えてもらう事になります。忙しくなるでしょうか、どうかよろしくお願いします」
「「「了解いたしました!」」」
ヘルムス様は指揮。ジャン様は護衛。文官たちは情報処理で、騎士たちは伝達役だ。
ちなみに、今日の王城は少なくない数の宮廷魔術師が集まって、万が一の事態に備えている。
騎士と兵士も、相応の数が警戒態勢で王城内に詰めている。
王都の各所を守る兵士たちについても、通常より警戒度が上げられている。
これほど大規模に動いているとなると、ノスタにも情報の切れ端くらいは伝わってしまっているかもしれないが……『イーリィマップ』なら、それはむしろ好都合となる。
通常の不安が抑えられて、ノスタだけの不安が浮かび上がり易くなると考えられるからだ。
「では時間ですね。ミーメ嬢」
「分かりました。闇よ。彼の者の行いを隠したまえ」
時間になった。
作戦開始である。
まず、ワタシの魔術によって、グレイシア様は姿が見えても、何がしているかは認識できないと言う状態になる。
「では、開始でございます。氷よ、彼の者の不安を感じ取りて、降り積もれ。『イーリィマップ』」
続けてグレイシア様が『イーリィマップ』にノスタが以前に作った魔道具をセットし、発動。
防水加工の施された王都の精密な地図の上に、氷の粒が降り始める。
降り積もっていく場所は……大通り、門、王城、幾つかの貴族の屋敷、スラム街……色々とあるが、ワタシにはこの結果をどう見ればいいかは分からなさそうだ。
だが、ヘルムス様たちにとってはそうではないのだろう。
直ぐにヘルムス様と文官たちの間で何かしらの議論が始まって、指示や報告書を持たされた騎士たちが部屋の外へと駆け出していく。
「ミーメ嬢、ちょっといいか」
「なんでしょうか? ジャン様」
その後もワタシとジャン様以外の面々は忙しそうに動き回っていた。
ヘルムス様は既に何度も指示を出しているし、グレイシア様も『イーリィマップ』で氷の粒を降らせる先を王城内の地図や、王国全体の地図、王都近郊の地図と変えながら、魔術を行使し続けている
対して、隠蔽の維持だけしていればいいワタシと、王城の奥まった一室と言う脅威など来そうにもない場所で護衛する事になったジャン様は、ちょっと暇を持て余していた。
だからだろうか。ジャン様が小声でワタシに話しかけて来る。
「これはあくまでも最悪の想定の話になるんだが。実際の所、どういう魔道具をノスタが準備していたなら、一人で王都を壊滅させるような状況に持っていけると思う? 王都全体じゃなくて、王城だけでもいいが」
「そうですね……。まず、ジャーレンが使っていたような、不可逆のドラゴン化を起こす魔道具。アレを再現対象がドラゴン以外の魔物でもいいので、とにかく大量に準備します。そして、その魔道具の起動条件に一つ細工をしておきます」
「細工?」
「時間か、周囲の状況か、魔道具自体の破損か……とにかく一斉に魔道具が起動するような仕掛けです。これが上手く行ったのなら……」
「条件を満たした途端に王都中に魔物が一斉出現か。なるほど、つまり、時間さえかければ、本当に準備は一人で整える事が出来るわけか。分かっちゃいたがヤベエな」
「理論上はそうなります。魔道具職人なら、そう難しい細工でも無いですし」
ジャン様ならワタシに聞く前に分かっていた事だと思うが……まあ、暇つぶしなのだろう。
あるいは部屋に居る他の人間への事情説明か。
なお、回収済みのノスタの魔道具に込められている魔術については、ワタシたちが危険視している周囲の物を巻き込んで魔物化する物もあれば、着用者のかつての身体能力を取り戻させるような危険とは言い難い物もあって、判別には時間がかかるとの事だった。
なので、とりあえずは王城内の一か所に集めているのだ。
「起動条件の規制とか出来ると思うか?」
「無理だと思います。良い規制方法についてはワタシにはちょっと思いつかないのもありますが、起動に条件を付ける事は普通の事ですし。対策については隠されている魔道具を発見出来る魔道具を使って、定期的に王都中を見回るくらいでしょうか?」
「そうなるか。あ、反応を探る方は既にあるぞ。と言っても、よほどの反応が無けりゃあ、個人の住居には踏み入れないし、隠蔽の魔道具と合わせられると発見は無理なんだが」
「あ、ちゃんとあるんですね」
一先ず現状は待つしかない。
出来る事ならば、このまま何も起きずに魔道具の回収が終わり、ノスタ自身の確保も出来ると良いのだが……。
そして日の出の時間を迎えた。




