81:『イーリィマップ』の問題点
「現在の『イーリィマップ』は不安の識別が殆ど出来ません。より不安に思っている箇所ほど多くの氷の粒が降り注ぐようには出来ていますが、それ以上の情報はありません」
グレイシア様の言葉にワタシもヘルムス様も少し考えて、その意味を理解し、口に出す。
「つまり、今の『イーリィマップ』では不審者に出会うのが不安なのと、魔物に出会うのが不安なのが判別できないと言う事ですか」
「潜伏している犯罪者視点だと、私たちに見つかるのが不安なのと、自身が隠した何かが見つかるのが不安なのがあると思いますが、その判別も出来ないわけですか」
「お二人の例え通りでございます」
ワタシとヘルムス様では微妙に例えが違ったけれど、内容としてはどちらも間違いではないらしい。
なるほど、これは確かに問題だ。
ワタシの例えなら、極論どちらも注意していれば事足りるかもしれない。
だが、ヘルムス様の例えだと、前者は良く出向いている場所だが、後者の場所では探す物が犯罪者ではなく隠した何かにしないと意味がない可能性が高い。
つまり、注意の仕方が変わってしまう。
経験と言うか、情報の蓄積が進めば、解決策も浮かぶかもしれないが……出来上がったばかりの今だと、どうしようもない話だ。
あるいはグレイシア様の『不安』に対する理解が進めば、解像度も上げられるかもしれないが……それにしても、今すぐにどうにかなるものではないだろう。
「他にも問題はございます。例えば、今回の魔道具に使っている素材が高価かつ貴重な物が多くございます」
「つまり、壊れた時の被害が洒落にならないわけですか」
「地図が濡れると言う問題点もございます。まあ、こちらについては、地図を防水加工すれば済む話でございますが」
「それはそうですね」
「対象の漠然とした不安も可視化出来ますが、まったく認識していない不安要素は捉えられません」
「それはもう仕方がない事では?」
グレイシア様が他の問題も挙げていく。
まあ、先述の、相手に伝わってしまう点。不安内容の詳細が分からない点。これらに比べれば、些細な問題だろう。
「そして、恐らくはわたくしたちが認識していない問題もあると思うのですが……。ミーメ様、如何でしょうか?」
と、ここで部屋に居る全員の視線がワタシの方へと向けられる。
うん、そう言う事なら指摘しておこう。
「反撃される危険性がありますね。先ほど少し言いましたが、ワタシは『イーリィマップ』の対象にされた時、探られた感覚を覚えましたし、何処から放たれているかも感じ取れました。なので、呪いのような魔術を専門に取り扱う魔術師ならば、直接的な反撃、一見すると分からない反撃、対象にされないための隠蔽、誤情報の送信までされる可能性があると思います」
「……。つまり、呪いの専門家には通用しない。下手をすれば反撃を受ける。そう言う事でございますね」
「そう捉えて貰っても構いません。ワタシも呪いについてはそこまで詳しいわけではありませんので、詳しくはディム様に確認していただければと思います」
「私は対象にされた際、そこまでは分かりませんでしたが……。対象の能力次第と言う事でしょうか。なんにせよ、注意は必要そうですね」
ワタシの言葉にグレイシア様は考え込むような姿を見せる。
実際、ワタシなら色々な方法で反撃も隠蔽も出来るだろう。
どうにも『イーリィマップ』は性質的に呪いに近い魔術のようだし。
なお、ワタシが呪いに詳しくないのは、呪いそのものは闇属性ではないと個人的に思っているのに加えて、市井に居た頃は誰かの呪い払いや、自分に来た呪いを返した事くらいはあっても、誰かを呪った事はないからである。
今後も掛ける方向には進まないだろうが……こういう時に自信をもって答えられないのはちょっと困りものか。
うん、やっぱり今後の為にも、一度アンカーズ子爵家で資料を見させてもらったり、ディム様と論を交わすか、少し考える必要はあるかもしれない。
話を戻して。
「ただそうですね。急場しのぎで良ければ、ワタシの魔術で『イーリィマップ』の行使を隠して、見られている感覚を相手に伝えない事は可能だと思いますし、呪い返しをされないように防御をする事も可能だとは思います」
「それは……願っても止まない事ですが、良いのですか?」
「グレイシア様が『イーリィマップ』を何に使おうとしているかは分かっていますから」
問題の幾つかはワタシの魔術で解決可能だ。
特に見られている感覚が伝わってしまう問題については、ワタシが全力で隠蔽を施してしまえば、相手が人間である限りは、まず間違いなく隠し通せる。
これはワタシがトリニティアイなので、出力差から考えて確実な事だ。
「分かっているのでございますね」
「状況が状況ですので」
そして、グレイシア様が何をしようとしているかも分かっている。
ノスタ・ルージアとノスタが隠しているであろう何かの捜索だ。
どう調べるかはノスタの不安を『イーリィマップ』で見てみないと分からないが、一般の人間は不安を感じていない場所に、ノスタが何か不安を覚えているのなら、そこに何かがある可能性は高い。
調べる価値は十分にあるだろう。
「ヘルムス様」
「私は構いません。安全性も既に確認されているのでしょう」
「ありがとうございます。ではミーメ様。試しに、その隠蔽を使っていただけますか?」
「分かりました。闇よ。彼の者の行いを隠したまえ」
グレイシア様がヘルムス様の作ったらしい魔道具を『イーリィマップ』にセットする。
そして、ワタシが全力の隠蔽の魔術……つまりは『闇』の隠蔽だけでなく、『人間』から人間特効や隠密の要素、『万能鍵』による余計な気配が漏れ出る道の封鎖、『魔力』の操作と強化による全体の底上げをまとめ上げて、『イーリィマップ』を介した気配が、見ている先へと出て行かないようにする。
さて結果は?
「……。かなり意識を集中しているのですが、それでも分かりませんね。ノスタがよほど鋭くない限りはまず気づかれないかと」
『イーリィマップ』はヘルムス様の不安を描いていて、王城内の何処にヘルムス様が不安を抱いているかを氷の粒を降り積もらせることで示している。
だが、ヘルムス様は自分の不安が覗かれているのを感じ取れていないらしい。
「では、隠蔽を解除します。解除」
「あ、感じるようになりましたね」
「ご協力ありがとうございます。ミーメ様、ヘルムス様」
そして、ワタシが魔術を解除すると同時にヘルムス様が認識できたと言う事は、ワタシの隠蔽が上手く行っていると考えても良いだろう。
うん、これなら大丈夫そうか。
「……。ミーメ様に手伝っていただくかの最終判断は宮廷魔術師長が判断する事になるはずでございます。ですが、わたくしとしてはミーメ様に手伝っていただければ助かります」
「分かりました。ではそのように」
「私からも話をしておきましょう。ほぼ間違いなく認められるはずですが」
そんなわけで、宮廷魔術師長の許可が下りる前提ではあるが、ノスタに対して『イーリィマップ』を行使する場合にはワタシも協力する事となった。
何が見つかるかは分からないが、上手く行く事を願うばかりである。
「失礼いたします。宮廷魔術師長より、グレイシア様へ通達でございます」
「ありがとうございます」
と、ここで宮廷魔術師長からグレイシア様へ何か連絡が来たようだ。
兵士から封筒が渡されて、封筒に収められた紙を見たグレイシア様は、まあそうなりますよね。と言わんばかりの表情をしている。
で、その表情が気になったのでワタシが内容を伺ったところ。
「陛下と宮廷魔術師長が、正妃殿下とユフィール様に怒られたそうです」
「ああ……」
「大変驚かされたお二人は大層お怒りとの事なので、今後『イーリィマップ』の使用は対象となる本人または陛下たちの許可を事前に得るようにとの事です」
「それはそうなるでしょうね。グレイシア嬢については?」
「必要性を理解してくださったようで、お咎めなしになっています。陛下たちには感謝しかございませんね」
どうやら陛下と宮廷魔術師長はそれぞれの奥さんに怒られたらしい。
無許可で『イーリィマップ』の対象にされたのだから、それはそうだとしか言いようがない。
とりあえず制限については妥当としか言いようが無いので、これで良いと思う。
01/21誤字訂正




