77:あの頃何があったのか
「そう言えば妊娠されたのね。おめでとう。今何か月かしら?」
「五か月よ。産まれるのは秋頃になるはず」
「無理をしては駄目よ。産まれるまで……ううん、産まれてからも何があるのか分からないのが子育てだもの」
「そうですね。準備は十分すぎるくらいで良いでしょう。私も第一王子を産んだ時は大変でした」
さて、お茶会はまだ続いている。
当然だ。ワタシの八顕現の論文を宮廷魔術師以外の人に見せる話だけの為に、これだけのメンバーを集める事などあり得ないのだから。
「確定ではないけれど~。生殖器の発達具合から見て~ミーメちゃんの狩ったドラゴンは巣立ち間もない可能性が高そうなのよね~」
「なるほど。そうなると、やはり、あの説が濃厚ですか?」
「だとすれば今後何年かは警戒するべきかもしれませんね。あの巨体から想像する限り、寿命は相当のもののはずなので」
と言うわけで、色々な話が飛び交っている。
ボースン様の奥様……つまりはトレガレーの方が妊娠五か月ごろで、秋には出産予定なので、どう祝うかと各種日程をどう調整するかとか。
ワタシが少し前にグロリベス森林の深層で狩ったドラゴンが、巣立ちしたばかりの子供に近い個体だったのではないかとか。
「今年の麦畑の様子は……」
「新しい鉄の再利用技術を……」
「製塩業についてなのだけど……」
「貴族主義者の連中が……」
いや本当にいろんな話が飛び交っていて、ワタシは半分も付いていけていない。
所々で単語を拾えているだけだ。
ただ、こうして得た情報を自分の夫に伝える事で、自らの家を守り、盛り立てていくのが、この場に居る女性たちの仕事の一つでもあるのだろう。
ちなみにだが、娯楽小説にありがちな、国の上層部が派閥ごとに分かれ、対立し、権力闘争に興じていると言う構図。
アレはグロリアブレイド王国にも存在はしている概念だが、現実の王国では、そこまで激しい物ではないらしい。
と言うより、派閥が違えば協力など一切しないなんて対立をしている暇なぞない。これが、実情なのだとか。
魔物と魔境への対策を怠るどころか、人間の戦力を無意味に減らすような真似をしていたら、国ごと滅びかねないので、派閥対立とか、お家騒動とか、対立する家の子供をアレコレだなんて、していられない。協力する方が先。らしい。
それどころか、そんな事をしている暇がある=重要な仕事を任せられていない無能。と、見るのが、上層部では常識との事。
うん、言われてみれば納得としか言いようがない。
「ユフィールさん。例の第二属性持ちの魔術師についての現状はどうかしら?」
「厳しいですね~。住処を捨てて~王都の何処かに潜伏しているんじゃないか? とは~あの人は考えていますけど~」
と、話がノスタ・ルージアの捜索についての物になったらしい。
なのでワタシはユフィール様の話に耳を傾けて、頭の中でまとめる。
ユフィール様曰く。
ノスタ・ルージアの住処兼魔道具の製作場は、これまでに捕らえた貴族からの情報で発見、確保した。
だが、既にもぬけの殻で、魔道具及び資料も残されていなかった。
ノスタと親しい付き合いがあった人間は居らず、この十年、何をしていたのかは不明。
先日の露店で魔道具を奪われて以降、ノスタの目撃情報は無し。
魔術による変装……それこそ年齢すら誤魔化している可能性すら浮上している。
だが、これまでになかった場所でノスタが作ったと思しき魔道具が発見されているので、王都に潜伏している可能性は高い。
と言う状態らしい。
「正直に言って~、ちょっと手詰まり気味ですね~。私もあの人も~困ってるの~」
「なるほど。ノスタはスデニルイン辺境伯領にあった男爵家の出身。辺境伯家麾下の男爵家となると、よほどの傑物でもなければ地元での教育で十分でしょう。そうなると、こちらに情報が無いのも当然でしょうか」
「そして~、そのスデニルイン辺境伯領ももう無いのよね~。資料も碌に残ってないわ~」
うーん、切り出すなら此処……と言うより、ワタシに切り出させるためにユフィール様と正妃殿下で茶番をされている気もしている。
しているが、少しでも情報を得たいのは事実なので、質問をしよう。
「あのすみません。寡聞にして知らないのですが。十年前、スデニルイン辺境伯領では何があったのでしょうか?」
「十年前と言うとミーメさんは……」
「6歳です」
ワタシの言葉に何人かの方が何とも言えない表情を浮かべている。
なお、グレイシア様などの若い方の人間はワタシと同じく聞きたそうにしている。
「そうね。ミーメさんは知らなくて当然よね。なら折角ですし、当時の事について少し話しましょうか。とは言え、私は当時、第一王子の出産を目前に控えていて、そういう話から外されていました。なので話をするなら……」
「グレンストアの者である私が適任かと。とは言え、私も当時は既に王都駐在官の妻として王都に居るのが当然でしたので、報告書を受け取り、知ったような形ですが。それでも良ければ」
「お願いします」
「では話しましょう」
どうやらグレンストアの奥様が話してくれるらしい。
「ミーメさん。貴方はスデニルイン辺境伯領が何処にあったのかは知っているかしら?」
「それは流石に知っています。グレンストア公爵領からさらに東。大規模な魔境である天竜山と金食い湿地の間の道を数日かけて抜けた先にあるホドルイ伯爵領。そのホドルイ伯爵領から、更に東へ進んだところ。ですよね」
「その通り。王都から見ても、グレンストア公爵領から見ても遠い土地です」
ノスタの出身地であるらしいスデニルイン辺境伯領は王家から見て本当に遠い土地にある。
正直なところ、地図を見た時の第一印象は、どうしてこんな所を開拓しようと思ったんです? ぐらいには遠いし、王都からの途上には難所もあって、助けたくても助けられなさそうな位置だった。
「そんな場所で十年前に事件が起きました。当時の事ですが、まず私の手元に届いたのは二通の報告書です。片方は『スデニルイン辺境伯領でスタンピードが発生』。もう片方は『スデニルイン辺境伯領の領都は既に落とされ、領主も死亡し、完全に壊滅した』と言う物でした」
スタンピードと言うのは魔境から魔物が溢れ出る現象の事だ。
原因は様々だが、大量の魔物が一斉に魔境から湧き出してくるので、これを食い止められないと、酷い被害が出る。
しかし、スタンピードの発生と壊滅の報告書が同時に届くと言うのは……。
あまりにも展開が早い気がする。
いやでも確か、スデニルイン辺境伯領が滅んだ原因は……。
「それから二日ほど経ったところで次の報告書が届きました。『スデニルイン辺境伯領をドラゴンが襲撃。人間を選んで襲っている』だったかしら」
そう、ドラゴンだ。
スデニルイン辺境伯領はドラゴンに襲われて滅んだ。
そう、宮廷魔術師長は言っていた。
「これは後の調査で分かった事だけれど、このドラゴンは他の魔物たちを嗾けて、狙ってスタンピードを起こした可能性があるそうなの」
「悪辣ですね」
「ええ本当に」
スタンピードを狙って引き起こせるドラゴン……。
うん、本当に悪辣だ。
スタンピードだけでも、ドラゴンだけでも、対応を誤ったら厳しいものがあるのに、そのドラゴンがスタンピードを引き起こせるとなったら、スデニルイン辺境伯領はきっとひとたまりもなかったに違いない。
「勿論当時はそこまで分かってはいなかった。けれど、ドラゴンが現れて領地が滅ぼされた以上は領地の奪還か、ホドルイ伯爵領の防衛か、そのどちらを為すにしても戦力が必要。それと同時に発生した難民の受け入れをどうするか。これらについて、夫とも公爵閣下とも話し合いを重ねたのはよく覚えています」
「なるほど」
実際大変だったのだろう。
話している今も億劫そうにしている。
「ただ、そこから更に二日ほど経ったところで次の報告書が来て……『天竜山の頂上付近から東の方向に向かって閃光が放たれた』だったかしら。それでスタンピードはまるで波が引くかのように収まり、ドラゴンの目撃報告もなくなって、騒動は一先ず終わってしまったの」
「天竜山のドラゴンが、スデニルイン辺境伯領を襲ったドラゴンを倒した?」
「ホドルイ伯爵領の方では、そう信じている民も多いとは聞いています。しかし、私たちとしてはそれで話を終わらせるわけにもいかず……ええ、今でも困っています」
しかも、肝心のドラゴンが最終的に行方知れずになってしまった。
なるほど、これは本当に大変そうだ。
「その後、スデニルイン辺境伯領はどうなったのですか?」
「血筋自体は事件前に外へ嫁として出ていた女性が居ますので継がれています。しかし、金銭、人員、立地、他の開拓地の状況などから、少なくとも向こう十数年は復興の為の手を打てないと判断されました。そして、それほどの時間が経てば、もはや復興ではなく新興。なので、廃領となりました」
「廃領となると、難民の方からの反発もありそうですね」
「いいえ。そちらは殆どありませんでした。難民となった方は主にホドルイ、グレンストア、王都で分け合う形になったのですが、十分な支援も行ったのが功を奏したのか。あるいは元より一筋縄ではいかない土地であると誰も彼も分かっていたのか。とにかく反発は殆ど無かったと覚えています」
廃領への反発は殆ど無かった、か。
うーん、これで反発している人が多いのなら、それに反対した人間の一人がノスタで、他に居る同様の思想の人間がノスタを支援しているから、そこから探れば……と言う話になったのかもしれないけれど。
ああいやでも、ノスタと親しい付き合いの人間は居ないんだっけ?
親しい人が居ないのは、思想が合わなかったからと言う事に……なるのか?
うーん、ちょっと分からない。
「ミーメさん?」
「いえ、大したことではないです」
「そう」
後あり得そうなのは、自分の故郷を襲った災害の再現を王都でしてやる。みたいな、詳細な動機は分からないけれども、逆恨みっぽい行動……。
困った。これは普通にありそうだ。
そして、ジャーレンの使った魔道具から考えて出来てしまいそうだ。
うん、後でグレイシア様には話しておいて、危機感を共有しておこう。
「と、こんな所かしら。参考になったかしら」
「はい、ありがとうございます」
ただ困った事に、ワタシは探し物は得意ではないので、ノスタ捜索の手助けになる事は難しそうだった。
ワタシに出来るのは……いざという時の備えの方かもしれない。
そうして、お茶会は終わりの時間を迎えて、終了となった。




