76:トレントの果実が欲しいのなら
「まず最も単純な話として、何時グロリベストレントに会えるかが分かりません。今回遭遇したグロリベストレントは狩ってしまいましたので」
ワタシの言葉に正妃様たちから勿体ないと言う感情が少し混ざった視線が向けられる。
うん、ワタシもそれは同感なのだけど……。
「そして、仮に固定期に入って、一か所に植わっているグロリベストレントの位置を把握したとしても難しいです。グロリベス森林の深層の植物には、クラウンベアに襲われて折られる。カビやキノコの魔物に襲われて枯れる。ランファンボアの牙が突き刺さって種子が貫かれる。と言ったことが良く起こり、数日前には立派にそびえていた大樹が無くなって、代わりの木が生えていた。ぐらいの事が普通にありますので」
「大自然の営みね~」
残念ながら、グロリベス森林の深層はそんな甘い土地ではないのだ。
ちなみに、他にも蔓状の植物によって樹が絞め殺されていたり、何かしらの魔術によって地面がぬかるんで倒れたり、ワタシを含む狩人の戦闘の余波で吹っ飛ばされる。と言った理由で枯れる事もあるので、定期的な入手は無理である。
そもそも、今回のグロリベストレントは移動期だったから、森の中を彷徨っているのが普通だし。
「なるほど。つまり天然物は自然に手に入る事を祈るしかないのですね」
と、そんな裏話はさておいて。
正妃殿下たちはワタシの言葉に納得してくれたらしく、では仕方が無いかと言う顔をしてくれている。
「では養殖はどうかしら?」
ただ、諦める気は無いらしい。
別の方策を正妃殿下は述べた。
「グレンストアの者として止めておいた方が良いと進言させていただきます。トレントの養殖自体は記録がありますが、極めて危険なもので、餌代などの費用も相当なものになりますの」
「宮廷魔術師『凍えの魔女』として発言させていただきますが。わたくしも反対でございます。グロリベストレントは通常のトレントと違い、走る事が出来るほどの身体能力を持ちます。制御を誤った際の被害は通常のものとは比較にならないでしょう」
「あー、そもそもとしてですね。グロリベストレントの生態や味の濃さはグロリベス森林の深層だからという可能性があります。なので、もしかしたらですが、外では発芽すらしないかもしれません」
うん、しかし、養殖は厳しいだろう。
課題があまりにも多い。
「となると、森の中に人を入れて回収させるしか無いわけだけれど……」
「宰相閣下の妻としては、時期尚早としか言えませんね。まだ、浅層と深層の間の拠点すら安定しているとは言い難い状況です」
「マリーグレー様。報告書を読む限りではグロリベス森林の深層は非常に危険な場所です。数を頼みにしても、蹴散らされるだけかと」
「ワタシとしても数は沢山の人は入れない方が良いと思います。あの森に負荷をかけた結果、森の外に大量の魔物が、などと言う事になる可能性もあるわけですし」
大量の人員を入れるのも無しだろう。
犠牲が増えるだけだ。
「そうなると少数精鋭ね。とは言え……」
「宮廷魔術師は出せないわね~。ただでさえ人が少ないのに仕事は多いのよ~。ここで~果物が食べたいだけで仕事をさせたら~流石にあの人に怒られちゃうわ~」
「シブラスミスとしては金さえ出していただければ装備は整えます。が、良質な装備を整えただけでどうにかなるような環境とは思えませんね」
「トレガレーも融資していただけるのなら、諸外国から必要な装備を買い集める事はしましょう。しかし、装備品の国外輸出はそうあることではないので、オススメは出来ませんね」
つまり、森に精通した少数精鋭による探索しか方法はない。
が、最初にワタシが述べた通り、それでは手に入るかは運次第。
おまけに、その少数を出す余力があるぐらいなら、他に回したいのが、王国としての本音ではないだろうか。
あ、装備だけでどうにかする場合は、それはそれで恐ろしい額のお金と素材が必要になると思います。
「うーん……やはり教育かしら」
正妃殿下がワタシの方を向く。
ワタシはこの時点で察した。
たぶんだが、此処までの話は全部事前に決まっていた流れだと。
なんと言うか、あまりにも話の流れが良い気がするので。
そして、教育となれば……ワタシには一つ思い当たる物がある。
「ミーメさん。貴方が画期的な魔術の論文を書かれたことは、陛下と宮廷魔術師長から聞いています。その論文が現在、宮廷魔術師の間でだけ読まれている事も把握しています」
魔術の八顕現だ。
「私としては、これを読んでいい人間の枠を広げたいと思っているのだけれど……どうかしら?」
で、これが、今日のお茶会の本題の一つでもあるのだろう。
きっと魔術の八顕現を広める事それ自体は、既に陛下、宮廷魔術師長、宰相閣下の三人の間では決まっているのだろう。
問題はどう広めるのかと、ワタシに広め方の希望があるかどうか。
後者の部分について、ワタシの希望を述べるための場として、この場が用意されたに違いない。
「そうですね……」
さて、そうなると、どう答えたものだろうか。
まず、八顕現を広めることそれ自体については拒否しない。
ワタシは殆どの宮廷魔術師の方と会った事が無いが、とても忙しそうにしている方を見かける事もあるので。
だが、ソシルコットやジャーレン、あるいは市井の犯罪者のように魔術を悪用する者や、ノスタのように管理されていない第二属性持ちを考えると、無秩序に増やすことは避けるべきだろう。
となればだ。
「魔術は力です。なので見せる相手の制限は必須だと思います」
規制は必要だ。
最悪、国が滅びかねない。
「それはミーメさんが見せる相手を選びたい。と言う事かしら?」
「いいえ。ワタシに誰に見せるかを適切に選べるだけの知識はありませんし、付随する面倒事も多そうなので、それは断固としてお断りさせていただきます」
「そう。では、どのような制限を考えているのかしら?」
「少なくとも、人格面に問題が無い事を示すような調査をする事と、それなり……辺境伯以上の爵位を持つ方からの推薦くらいは制限として考えてよいのではないかと思っています」
「なるほど。それは良い案ね」
では具体的な案はと言われれば……ワタシの頭で思いついたのは、事前の調査をする事で明らかに駄目なのを弾きつつ、推薦者を必須とする事で学ぶ人間を縛る事だった。
これなら、推薦者に恥をかかせまいとするような真っ当な人間なら犯罪には走らないだろうし、犯罪に走った時には状況によっては推薦者も咎める事が出来るのではないだろうか。
勿論、問題が無いわけではない。
と言うか、問題ばかりだ。
だがそれでも、これならある程度は絞れると思っての案だったのだが……。
「ただ甘くもあります」
正妃殿下曰く、甘いらしい。
そして、グレイシア様以外の方々も、同じように頷いていらっしゃる。
「もう少し厳しくても良いでしょう。例えば……辺境伯以上の爵位を持つ貴族の家の当主、三家以上から推薦される必要がある。とか」
「家への帰属意識が強くなり過ぎて、王家への忠誠が薄れるのも問題です。二家ぐらいが妥当では?」
「折角生まれた新たな宮廷魔術師が、推薦してきた家に使い潰されないようにするためにも、複数の家が関わるのは当然よね」
「監査の類も必要かと。今までの宮廷魔術師と違って、確実に管理できる実力者なのだから、互いの為にも目は入れるべきでしょう」
「普段の所属は王城にするのか、推薦した領主の領地にするのかは考える必要がありますわね」
「その辺りは~流石にあの人たちにお任せね~。でも~戦力が増えて困る人は居ないはずよ~。だって~何処も手一杯なのは変わらないもの~」
は、話がトントン拍子に進んでいく。
いやあの、此処からは流石に事前の打ち合わせなどはしていなかったと思うのですけれど……。
「ミーメ様。これが、この国の最上位に近い女性たちが集まるからこそのお茶会でございます」
「そ、そうですか……」
つまり、アドリブで案を出し合っているらしい。
うん、分かってはいたけれど、ワタシとは経験値が違う。
「あの、一応聞いておきますけど、この後にちゃんと文官の方々も入られますよね?」
「当然入ります。この場に居られる方々が出来るのは、夫に囁きかけるまででございますので。わたくしたちがこうして好きに述べられているのも、最終決定者ではない上に、半ば趣味で語っているような気楽な立場だからこそです」
「な、なるほど」
「とは言え。だからこそ、この場で気づく程度の穴にも気づかなかった担当者には相応の目が向けられることになりますが」
「……」
貴族恐い。
なんだか久しぶりにそんな感情が湧いてきた気がする。
とりあえず、ワタシの魔術の八顕現の話は、今後は宮廷魔術師以外にも相手を選んで広めることになるようだ。
当たり前ですが、この場に集まる方々は国と領地の利益を考えられる方々です。
なので、トレントの果実が欲しいのは事実だけれども、国と領地の安寧が保たれるのが大前提です。




