75:お茶会の始まり
「本日はお招きいただきありがとうございます。正妃殿下、側妃殿下。ワタシは『闇軍の魔女』ミーメ・アンカーズと申します。お二人に出会えたこと、とても喜ばしく思います」
着替えを終えたワタシとグレイシア様は、トレガレー公爵家の馬車に揺られて王城に移動。
そこからワタシはヘルムス様の、グレイシア様はジャン様のエスコートを受けて、王城の奥の方……王家のプライベートな空間にかなり近い庭園へと招かれ、そこの四阿にて正妃殿下と側妃殿下に挨拶する事となった。
「こちら、本日のお招きに対して持参した物となります。どうかお納めくださいませ」
「受け取らせていただきます」
で、手土産であるトレントの果実が、ワタシの言葉と共にグレイシア様の手から正妃様に仕えているメイドの方へと渡された。
ここまでにミスは……してないはず。
うん、大丈夫、大丈夫。緊張はしているけれど大丈夫……。
「さて、正式な挨拶をしたことは今までにありませんでしたね。なので、私からも貴方に挨拶を。私は陛下の正妃を勤めさせていただいております。マリーグレー・グロリアブレイドと申します。ミーメさん、どうか私たちと仲良くしていただけると嬉しいです」
正妃殿下がワタシに挨拶をする。
正妃殿下は緑色……植物属性の目をしていて、その胸は思わず目を惹くほどに大きい。
纏う雰囲気を一言で表すのならば、凛とした、と言う所だろうか。
物腰こそ穏やかではあるが、思わず平伏したくなるような雰囲気も漂わせていて、女王と名乗っても違和感が無いぐらいだ。
ちなみに、正妃殿下のご実家はトリカーノ侯爵領と言う、酪農が盛んな領地であるらしい。
「そしてこちらが」
「陛下の側妃を勤めさせていただいております。クローバ・グロリアブレイドと申します。ミーメ殿とは良き縁が紡げることを願っております」
続けて側妃殿下が挨拶をする。
側妃殿下は茶色……土属性の目をしている。
正妃殿下が女王とするなら、側妃殿下は騎士と言った雰囲気で、正妃殿下のすぐ後ろあるいは横で、何時何があっても直ぐに正妃殿下を庇えますと言っているようだった。
だがそれも当然の事なのだろう。
事前に聞いた話の通りなら、正妃殿下と側妃殿下は元々主従であり、正妃殿下に請われるような形で側妃殿下は陛下の元へ嫁入りしたらしいので。
詳しい事は分からないが、ずっと仲が良い主従であるらしい。
さて、返事をしなければ。
「ありがとうございます。ワタシもお二人と良き縁を紡ぎ、繋がり続けられる事を願っております」
ワタシの言葉に、正妃殿下と側妃殿下は満足そうな笑みを浮かべて返してくれる。
よしっ、一先ず最初の挨拶は大丈夫だったらしい。
「では、ミーメさん。そちらの席へどうぞ」
「はい」
その後、ワタシは他の方々……宰相閣下の奥様、アイアマインとグレンストアの両公爵家の王都駐在官の奥様とも挨拶。
無難に言葉を交わした後に、自分の席として案内された椅子に座る。
で、その席だが……両隣にユフィール様とグレイシア様が座っていて、守ってもらえるのは心強いのだけど、真正面に正妃様と側妃様が居ると言う、緊張する席でもあった。
そうして緊張しているワタシの前にお茶の入ったティーカップと、ココアパウダーらしきものがかかっているケーキが置かれる。
「さて、折角のお茶会。まずは紅茶と菓子を楽しみましょう」
正妃様はそう仰ると、紅茶を一口飲み、ケーキも一口分食べて、怪しげな細工が為されていない事をワタシたちに示す。
それを見てから、他の人たちも茶に手を伸ばし、ワタシも習った礼儀作法に則って紅茶を口へと運ぶ。
「……」
「素晴らしい香りですわね」
「ええ、とても落ち着きます」
ああうん。
匂いを嗅いだ時点で分かってはいたけれど、本当に良い茶葉なんだと思う。
香り高く、けれど不快ではない。むしろリラックスする香りだ。
紅茶の温度は当然ながら適温で、その味は透き通っていて、とても飲みやすい。
王家御用達の最高峰と言う言葉に相応しい味だと思う。
「美味しい」
続けてワタシはケーキの方を一口食べる。
甘く、けれど、くどくはない。
ココアパウダーの仄かな苦みも甘さを引き立たせる物になっていて、本当に美味しい。
思わず口から感想が漏れ出てしまうほどに美味しかった。
魔力の濃さなど気にする事も無いくらいに美味しかった。
「ふふっ、喜んでもらえたようで嬉しいわ」
「ええ、そうですね」
なお、これは後に知った事であるが。
この日出されたケーキは、正妃様の実家であるトリカーノ侯爵家から鶏卵と牛乳を、グレンストア公爵領から小麦を、トレガレー公爵領からカカオを供し、王家が抱える専属のパティシエが、アイアマイン公爵領産の最新鋭の道具を活用して作り上げたもの。
つまりは、このお茶会に参加している家々の仲が良く、協力しているからこそ、お出しできる一品であったらしい。
そんな品を出しても構わないと判断されるほどに、この場に集っている方々はワタシの事を歓迎してくれていたそうだ。
「マリーグレー様。ミーメ様がお持ちになった品の準備が整いました」
「分かりました。ではお願いします」
続けて、ワタシが持ってきたトレントの果実が皮を剥かれて、切り分けられた状態でお出しされる。
見た目はオレンジや蜜柑と言った柑橘類のそれで、装飾の類は何もない。
だが、漂ってくる香りはとても濃く、魅力的な物だ。
「では、ワタシが持ってきた物ですので」
まずはワタシがトレントの果実を口に運ぶ。
うん、甘く、程よく酸味がある。とても魔力が濃い。
見た目通りの美味しい果実だ。
そして、ワタシにとっては割といつも通りの味でもある。
で、ワタシが問題なく食べたのを見て、正妃様たちも口に運び……。
「こ、これは!?」
「甘い。けれど、こちらのケーキと同じようにくどくは無い。そして程よく酸味があって、なんて上品な果実なの」
「まるで芸術品のような果実。これが野生の、それも魔物から採れた果実だなんて信じられないほどね」
「これほどに濃い魔力の味を感じたのは何時以来かしら。でも驚くべきは、それほどに濃いのに、邪魔にはなっていない事。どういうことなの」
「オレンジの香りではあるけれど、野性味にも溢れている。その様はまるで剣闘士のよう。加工をせずとも香水にも使えてしまいそうね」
「栄養豊富ね~。これ一つで~病気も老いも吹っ飛んで~若返っちゃいそう~」
なんか口々にベタ褒めされている。
えーと、ワタシもああ言うリアクションをした方が良かったのだろうか?
あ、グレイシア様からしなくても大丈夫と言う合図が来た。
なるほど、周囲の従者の方々に素晴らしい事を伝えるための反応でもあるのか。
「ミーメさん」
「あ、はい」
と、正妃様が声をかけてきたので、ワタシは背筋を正して応じる。
「素晴らしい品物をありがとう。それで、これは相談……と言うより、確認なのだけれど。このグロリベストレントと言う魔物の果実は定期的に入手する事は可能なのかしら?」
正妃様からこのような質問が来るのは予定通りである。
事前に通達もあった。
あったのだが……ワタシが想像していた物よりも圧がある。
こう、結果は分かっているのだけれども、チャンスがあるのなら、と言う気配を漂わせている。
えーと、動揺しない。慌てない。落ち着いて、誠実に答えれば、それでいいとヘルムス様から言われているので、その通りにだ。
「申し訳ありませんが、定期的にとなると難しいと思います」
「そう。やはりそうなのね。理由を聞かせてもらえるかしら」
「はい」
お茶会は交流の場であるだけでなく、情報収集の場でもあり、根回しの場でもあるらしい。
ワタシはその事を意識しながら、話を始めた。




