74:着替えの時間
トレントの果実を回収してから数日。
ついに王家主催となるお茶会の日がやってきた。
「すぅ……はぁ……」
「緊張されているようですね」
「そうですね。流石に緊張しています。なにせ王家の方々にお会いする事になるので」
と言うわけで、ワタシとグレイシア様は朝からトレガレー公爵家の王都屋敷に招かれて、お茶会の為の準備……手土産の最終確認と正装への着替えをしていた。
いや、着替えについては、していた。と言うより、されている。と言う方が正確かもしれない。
トレガレー公爵家の侍女の方々によって為すがままにされているのが、ワタシの現状なので。
「それにグレンストア公爵家とアイアマイン公爵家、それぞれの王都駐在官の奥様も来られる事を考えると……ドラゴンに会った時よりも緊張しているかもしれません」
「そうでございますか。ですがご安心を。今日お会いされる方々の中にミーメ様を侮るような方はございません。むしろ、他の方々の方が緊張されているぐらいでしょう」
「そうですか?」
「そうでございます」
ワタシの不安を和らげるようにグレイシア様が頷く。
なので、もう少し詳細を伺ったところ……。
「お忘れかもしれませんが、ミーメ様もわたくしも爵位としては子爵家当主相当でございます。公爵家の王都駐在官の妻と言えども、一方的に無礼な扱いをする事は出来ません」
「あ……」
「そしてミーメ様の戦闘能力は宮廷魔術師である以上、貴族のご婦人方とは比べ物にならないものとなります。ミーメ様はあの方々をドラゴンと称されましたが、あの方々から見ればミーメ様こそがドラゴンに見えているかもしれません」
「あー……」
「そういう訳ですので、ミーメ様が過度に緊張される必要はございません。堂々と、でございます。その方が周りとしても安心できる事でしょう」
「分かりました」
との事だった。
うん、言われてみればその通りとしか言えなかった。
とは言え、傲慢に振る舞っていいわけではないので、いつも通りのワタシを目指して立ち回るのが、たぶん一番いいのだろう。
「ミーメ様。お召し替えが終わりましたので、ご確認のほど、よろしくお願いいたします」
「あ、はい。ありがとうございます」
と、着替えが終わったので、ワタシは大きな鏡の前に立って自分の姿を確認する。
そして、念のために闇人間を介して、自分の背中側も確認。
うん、今までに身に着けた事がないくらいには豪華で綺麗なドレスであり、自画自賛になってしまうのだけれど、装飾品と化粧も併せて、非常によく整っていた。
これでお茶会に臨む程度なので、夜会や舞踏会で身に着ける物よりは抑えられていると言うのだから、心持ちとしては変わらず平民であるワタシとしては驚く他ない。
「よくお似合いでございます。ミーメ様」
「ありがとうございます。グレイシア様もよくお似合いです」
「ありがとうございます。流石は公爵家の家人の方々でございます。おかげさまで、わたくしも普段より輝いているようです」
グレイシア様の着替えも終わった。
こちらも良く整っていて、眼帯ともよく合っていた。
コンコンッ
「どうぞ」
「失礼します」
と、ここで部屋の中にヘルムス様が入って来る。
ヘルムス様はワタシの姿を見て……。
「……」
停止した。
「とてもよくお似合いです。ミーメ嬢」
「ありがとうございます。ヘルムス様」
が、直ぐに復帰して、ワタシと目線を合わせてから手を差し出し、褒めてくれる。
うん、何を思ったのかは分からないけれども、一瞬とは言えヘルムス様を見惚れさせる事が出来たのなら、ワタシとしても嬉しいところだ。
「今日ばかりはグレイシア嬢が羨ましいですね。女性限定のお茶会ですので、私に出来るのは入口までミーメ嬢をエスコートする事までなのですから」
なお、そう言うヘルムス様は本当に悔しそうにしている。
私がその場に居れたならと言わんばかりの表情だ。
「ご安心くださいヘルムス様。ミーメ様の事はわたくしがしっかりと支えますので」
「ええ、よろしくお願いします。とは言え、義姉上も居ますし、他の方々も理性的な方々ばかりですので、問題など起きるはずもありませんが」
「そうでございますね。あったとしても、王子殿下やお子様方がいらっしゃるくらいでしょうか?」
「今回はそれもないでしょう。ノスタの件がありますので」
「ノスタの件で思い出しましたが……」
とりあえず、ヘルムス様からリテイクの言葉が出なかったと言う事は、ワタシもグレイシア様も格好に問題なしと言う事なのだろう。
時間も確認。
まだ少し時間がある。
なのでワタシは念のために聞いておくべき事を聞いておくことにした。
「本当にいつも通りにお茶会をしていて良いのですか? 宮廷魔術師でない二属性魔術師ノスタ・ルージアの行方は未だ不明で、その作品が王都中にバラまかれている可能性があるのでしょう?」
本当にお茶会を開いても大丈夫なのか、と言う点をだ。
「その可能性があるからこそなのです。ミーメ嬢。本人と作品の捜索が終わっていない現状で、私たちが予定を変えてしまうと、相手が気付かれたと勘違いして行動を早めて来る可能性もあります。相手が何時行動を起こすか分からないからこそ、我々はいつも通りに動いて、相手に与える刺激を抑えるべきなのです」
「なるほど」
懸念事項があるからこそ、いつも通りにか。
なるほど、そう言う考え方もあるのか。
「そうですね……。ミーメ嬢、ノスタの事が気になるのであれば、今日のお茶会で情報を集めてみるのは如何でしょうか?」
「お茶会で情報ですか?」
「ええそうです。ノスタ・ルージアは十年前に滅びたスデニルイン辺境伯領にあったルージア男爵家の出身である事までは分かっています。そして、今日のお茶会には、その十年前の事をよく知っている方々が出られる。グレンストアの夫人ならば、それこそ当事者の一人として、詳しく教えてくださることでしょう」
「なるほど。グレイシア様は……」
「わたくしも同意でございます。お茶会とは情報交換の場でもございます。ミーメ様に恩を売れるとなれば、どの方も喜んでお教えしてくださるかと」
「分かりました。では、機会があれば聞いてみたいと思います」
ワタシに出来るかは分からないが……。
うん、確かに聞いてみてもいいかもしれない。
ワタシは十年前のスデニルイン辺境伯領で何があったのかを殆ど何も知らない。
資料で読んだだけだ。
だから、当時をもっと直接的に知る人の言葉は……聞いてみたいものがある。
それで何か分かれば儲け物。ぐらいの気持ちで、聞いてみよう。
「ところでですね、ミーメ嬢」
「なんでしょうか?」
「先日お預かりした石がありましたね」
「そうですね」
と、ヘルムス様が懐から小さな箱を取り出す。
中に入っていたのは、光沢のある黒い石が嵌められた指輪。
この黒い石は……少し前にワタシがグロリベス森林で拾い、宮廷魔術師のどなたかに調べて貰った、魔力を含んでいる石だ。
どうやらヘルムス様が装飾品に加工してくれたらしい。
が、ヘルムス様は微妙そうな顔をしているし、ワタシに渡す気もなさそうである。
どうしたのだろうか?
「こうしてミーメ嬢の希望通りに指輪にさせていただきました。加工途中におかしな事も起こりませんでした。が、石の検査をしてもらったところ、気になる話が出て来まして……」
「と言いますと?」
「こちらの黒い石は石に見えますが、検査の結果、爬虫類系の魔物の鱗の一部だと判明しました。それも闇属性です」
「……」
ヘルムス様とワタシの間の空気が冷える。
何ならグレイシア様、周囲のメイドさんたちの間でも、空気が冷えている。
「ヘルムス様。回収した場所も相まって、どうしても思い浮かんでしまう物があるのですが」
「私も同様です。ですので、こうしてお見せはしていますが、渡すかどうかは迷っています」
グロリベス森林、闇属性、爬虫類系の魔物、大量の魔力を含む、異常な強度があるのに丸っこくなるほどに年数を経ている。
これらの情報を合わせてしまうと、どうしても一体の魔物が浮かんでしまう。
ただ、それが事実だとすると、王国的にどう扱っていいのか悩む代物になってしまいそうなのだけれど……。
「ヘルムス様」
「はい」
「着けませんが受け取っておきます。着けるかどうかは落ち着いた時に、じっくりと安全確認をしてからにしましょう」
「分かりました」
とりあえず、今日のお茶会に着けていくのは止めておこう。
開拓王が討伐したドラゴンの鱗を付けた指輪。
もしも、その通りだった時が非常に困るので。
01/13誤字訂正




