73:ヘルムスの報告 ※
今回はヘルムス視点となります。
ご注意ください。
「以上が今回のグロリベス森林深層の探索報告になります」
グロリベス森林から帰還後。
私は宮廷魔術師長の部屋を訪れ、報告をしていた。
私の報告を聞いた宮廷魔術師長は一度目を閉じて悩んだ後に口を開く。
「ヘルムス君。トレントって跳ぶのかい?」
「跳んでましたね。走る、跳び蹴りをする。どちらもしていました」
「殴り合いをするのかい?」
「していましたね。ミーメ嬢曰く、空間が限られているからだろう。との事です」
「徒党を組むのかい?」
「少なくとも十体ほどのトレントが同じ場所に目的を共有して居たようなので、徒党を組むと考えてもいいでしょう」
「そっかー……」
そして、溢れ出した疑問に対する答えに対して、私が淡々と返すと、宮廷魔術師長は天を仰いだ。
「疑問に思うのなら、宮廷魔術師長の魔術で解析してみればよいのでは? 普通のトレントの素材くらいなら用意してあるでしょう?」
「そうだね。後の報告の為にも解析をしておこうか」
宮廷魔術師長はそう言うと、部屋に設置されている二つのガラス器具の底部それぞれに同じ大きさのトレントの葉と溶剤を入れて、ガラス器具から繋がっている管に専用の素材を挿入。
トレントの葉の片方はミーメ嬢が今回狩ってきたトレントの物。もう片方は以前に回収された普通のトレントの物である。
鮮度に差はあるが、検査結果に支障が出ない程度。
重量や種類は当然ながら同じだ。
「火よ」
そうして溶剤にトレントの葉の成分が十分に溶けだしたところで、宮廷魔術師長が魔術で火を点けて溶液をゆっくりと加熱していく。
普通の蒸留ならば、此処から沸点ごとに異なる成分が蒸発し、分けられる事となるが、これは宮廷魔術師長の第二属性『蒸留』も含んだ魔術による蒸留である。
なので、その蒸留はとても細かく、それこそ、同じ属性の別人の魔力であっても判別が可能なほどの精度を誇っている。
さて結果は?
「ふむふむ、なるほど。確かにトレントではある。けれど……やっぱり魔力の量が段違いで、質もだいぶ変わってしまっているねぇ。吾輩としてはこれをトレントとして一緒くたにするのは避けたいところかな」
「では、グロリベストレントとでも呼称しますか?」
「そうだね。そうしよう。此処まで違えば、魔境固有種として扱っても大丈夫だろう」
やはりグロリベス森林の深層に居るトレントは、外に居るトレントとはもはや別の種であるらしい。
だがそれで正解だろう。
今後、一般の探索者や狩人がグロリベス森林に入ってきたとして、外でトレントを狩れたからと、グロリベストレントも同じように捉えたなら、ただでは済まないのは想像に易いからだ。
「それで肝心のグロリベストレントの果実については?」
「そちらについては現在、毒性の有無などを調べるための検査に少量を出している状態です。残りの分についてはミーメ嬢が厳重に管理しているので万が一もないでしょう」
「具体的には?」
「グレイシア嬢が作った冷蔵装置付きの金庫に、ミーメ嬢が対人特化の隠蔽をかけています。ちなみに金庫の鍵は存在しません」
「なるほど。鉄壁の守りと言うわけか」
私は宮廷魔術師長の言葉に応える。
実際、あの守りを抜いて、果実を盗む事は不可能と断言してもいいだろう。
なにせ師匠が本気でかけた対人特化の隠蔽と言う事は、トリニティアイが属性を活用できるだけ活用して隠していると言う事になるのだから。
特効の対象となる人間には発見不可能だろう。
そして、発見出来たところで待っているのは、合鍵が存在しない、師匠の第三属性『万能鍵』の使用を前提とした金庫。
中身ごと壊すならばまだしも、中身を盗む事は出来るはずがないのだ。
「ちなみに他のトレントの素材につきましては、一部はミーメ嬢がグロリベス森林の拠点の為に、魔物から人間の気配を隠すための魔道具に現在加工中です。その一部以外は通常通りの配分になるでしょう」
「素晴らしいね。流石はミーメ君。実に多芸だ」
「ええ、本当に」
師匠が褒められている事に私は思わず微笑む。
なお、師匠曰く、『闇』も『人間』も汎用性に優れた属性なので、これくらいは出来て当然である。との事だった。
流石は師匠である。
しかし、こうして微笑み続けているわけにはいかない。
「それで宮廷魔術師長。何を警戒されているのですか? 盗まれるのを心配されると言う事は、心配する切っ掛けがあったと言う事でしょう?」
何かがあったからこそ、宮廷魔術師長は私に警戒を促しているのだから。
「そうだね。例の第二属性持ちの魔術師ノスタ・ルージア関係の話になる」
「行方が掴めたのですか?」
「それはまだ。吾輩が調べたのは、ヘルムス君とミーメ君が相手をする事になった、シフキャート子爵令嬢たちを取り込んで作られたドラゴンについてだ」
そう言うと宮廷魔術師長はあの戦いでシフキャート子爵令嬢が使った魔道具……より正確に言えば、シフキャート子爵令嬢だったドラゴンから、師匠の魔術によって変えられた炭のような物体。あれの解析結果について語る。
曰く。
あのドラゴンは、ドラゴンの素材を基に作られた魔道具職人ノスタ・ルージア制作の魔道具である。
効果は使用者とその周囲を素材として取り込んで、魔道具の素材にされた魔物の肉体を生成すると言う物。
生物が巻き込まれた場合には、普通なら抵抗は可能だが、安全な魔道具、有益な魔道具と偽られていて、効果を受け入れてしまった場合には抵抗は不可能。
生成は不可逆的なものであり、元に戻すことはノスタ当人にも不可能と考えられる。
との事だった。
「……。非常に拙いですね」
「ああ、非常に拙い。この魔道具は生成の際の一次被害だけでも恐ろしいものがあるが、生成された魔物が暴れる事による二次被害もある。ノスタがどれほどの量の魔道具を作ってばら撒いたのかは分からないけれども、既に装飾品と言う形で王都中に魔道具が仕込まれている可能性だってある」
最悪の事態が私の頭を過る。
だが恐ろしい事に、この最悪の事態は既に実現しえる範疇にあった。
しかし、もしもそれほどまでに事が進んでいるとなると、対処は静かにやっていく必要があるだろう。
大掛かりに表立って動いてノスタに気づかれれば、その時点で最悪の事態が発生する事もあり得るのだから。
そして、宮廷魔術師長がグロリベストレントの素材の盗難を警戒したのにも納得がいった。
もしもグロリベストレントの素材が盗まれて、ノスタの魔道具に組み込まれたのなら、その時に出る被害は凡百の魔物とは比べ物にならない物になる事は想像に難くなかったからだ。
「宮廷魔術師長。ノスタ・ルージアと言う男はスデニルイン辺境伯領の出身。との事でしたね」
「その通りだ。ノスタ・ルージアは10年前に滅びたスデニルイン辺境伯領で生まれ育った、ルージア男爵家の嫡男だった。事件当時もスデニルイン辺境伯領に居て、他の難民たちと同じように辺境伯領を脱出した事までは確認が取れている。その後は行方不明だったわけだが……数年ほど前から、王都の一部貴族の家に優れた魔道具職人として出入りを始めたらしい。実際、デフォール男爵の家などからは彼の制作物と思しき魔道具や魔法薬が回収されているよ」
ここまでの情報は私も把握しているところだ。
分からないのは今の所在と目的。
「目的は何でしょうか?」
「なんだろうねぇ……。少なくとも、彼が既に一線を越えているのは明らかで、どう転ぶにしても、最低でも第二属性は奪わないともう駄目だ。彼はそこまで来てしまっている」
「私たちがやるべき事は?」
「今は具体的な行動はしないで欲しい。ただ、ミーメ君とグレイシア君にも密かに伝えておいて、仕掛けられているかもしれない魔道具と隠れている本人の捜索方法と、事態が起きた時の対策を考えておいて欲しい」
「分かりました。伝えておきます」
「頼むよ、ヘルムス君。我々はだいぶ後れを取っている可能性もあるのだからね」
私は静かに頷いた。
残念ながら、私には直ぐに方法が思いつくような事は無かった。
ならば、まずは言われた通りに師匠とグレイシア嬢に相談しておくとしよう。
師匠ならば、何かを思いつくかもしれない。
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