72:トレントとは
さて、少々突然だが、ここでトレントと言う魔物について語ろうと思う。
トレントとは、動く木の魔物を総称した名前である。
なので、正確に名前を言い表す場合には近い種類の樹木の名前を付けて、オークトレント、ブナトレント、アップルトレント、ベリートレントなどと呼ばれる事になる。
ただ、生態に大きな差がないため、狩人や探索者の間ではもっぱらトレントと呼ばれるのである。
ではそんなトレントの生態はどんなものなのか。
物好きな研究者によれば、トレントの生態は三つの段階に分かれるらしい。
最初は苗木期。
種子が発芽してから1年から3年ほどの段階。
普通の植物と同じように芽生え、根を張り、成長していく段階だ。
ただ、成長スピードは非常に早く、苗木期が終わる頃には樹高が2メートルから3メートル程度は確実にあるとの事。
次が移動期。
一般的にトレントと言ってイメージされるのがこの段階で、最も凶暴な段階でもある。
期間としては苗木期が終わってから、長くて10年ほど。
魔術によって根を巧みに動かして歩き回り、人間を含む動物に襲い掛かって捕食しようとする。
歩き回る理由としては、獲物を求めてと言うのもあるが、それ以上に自身の終の棲家を見つける為でもある。
なので、環境に満足している場合は移動期を迎えても、普段は穏やかで物静かなトレントになるらしい。
最後に固定期。
終の住処を見つけた。あるいは成長し過ぎて移動できなくなったトレントが迎える段階。
根を下ろし、普通の樹木と同程度あるらしい寿命を迎えるまで、その場に留まり続けて、一般的な果樹と同じように種子を含む果実を生成し、他の動物にそれを食べさせることで遠くに運んでもらう。
この時期のトレントも枝や幹を動かすことは出来るが、動く理由はもっぱら防衛の為であり、枝を折る。幹を傷つける。と言った敵対行動をしなければ基本的には大人しい。
ただ、よほどの飢餓状態に陥ると、近づく動物を無差別に襲い始めるとか。
所詮は魔物と言う事なのだろう。
と、これが“一般的”に知られるトレントである。
決して安全とは言わないが、魔物の中では対処を誤らなければ比較的安全で、十分に備えれば家畜のように扱う事も可能な魔物になる。
で、こんな説明をわざわざ入れた事からも分かるように。
ワタシが今回、お茶会の手土産として狙っているのは、トレントの果実である。
トレントの果実は種類にもよるが、基本的に魔力を含む栄養が豊富で、非常に美味しい物である。
グロリベス森林の深層と言う魔力が濃い環境で育ったトレントならなおの事。
現状ではワタシしか確実な回収が出来ないであろう点も含めて、ヘルムス様たちからも問題なしどころか推奨された品である。
そんな、ワタシの選択を支持してくれたヘルムス様とグレイシア様だが……。
「「……」」
自分たちの目に映っているものが信じられないのか、唖然とした様子だった。
そう、先ほどワタシが語ったトレントの生態は一般的なものである。
ではグロリベス森林深層のトレントの生態はどんなものなのか?
それはワタシたちの前で今行われている。
「「「ーーーーー!」」」
そう、トレントたちは殴り合っていた。
枝を拳のように握りしめ、根を足のようにして踏み込み、相手となるトレントの幹に魔術の強化も乗った拳を叩きつけていた。
硬い樹皮同士がぶつかり合って衝突音を森へと響かせ、葉を散らし、樹液を漏らし、折れた枝と根が周囲へと飛び散り、潰れて散った果実が周囲に甘い香りを漂わせている。
いや、殴るだけではない。
中には飛び蹴りをかます個体も居れば、相手の腰辺りを掴んで引っこ抜いて投げ飛ばす個体も居るし、魔術によって発勁のような現象を引き起こしている個体も居る。
正に何でもありの大乱闘……いや、戦争が、貴重な日差しが空から注いでいる限られたスペースの中で行われていた。
「あ、あの、師匠……」
「師匠ではなくミーメ嬢でしょう」
「……。では、ミーメ嬢。その、アレは本当にトレントですか?」
「種族としてはトレントで合っているはずです。動く木の魔物には変わり有りませんので」
「それはそうですが……」
とりあえずヘルムス様は戻ってきた。
だが、目の前の光景はヘルムス様にとっては想像の埒外の物であったらしい。
まだ、動揺している様子だ。
では理屈を説明する事で、落ち着いてもらおうか。
「簡単な話です。グロリベス森林は見ての通り、一面が森に覆われていて、新たに樹木が成長する余地は限られています。であるならば、後続となった植物たちが成長するためには何かしらの戦略が必要。だからトレントたちは、走れるほどに運動能力を引き上げた。そう言う事です」
「それは……。まあ、納得は出来ますね」
ワタシの言葉にヘルムス様は微妙な表情を浮かべつつも納得してくれる。
ちなみに、グロリベス森林の深層のトレントたちは寿命を迎えた木が倒木して出来た空間にやって来るだけではなく、老いたトレントや他の樹木に集団で襲い掛かって積極的に折る事もある。
と言うか、大乱闘が現在繰り広げられている空間は、ワタシが少し前に訪れた時には一本の固定期を迎えたトレントが植わっていたはずなので……。
まあ、そう言う事なのだろう。
ついでにもう一つ。
グロリベス森林深層のトレントたちは、自分が固定期に移れる空きスペースを得られるとは限らない為か、移動期の間から果実を生成する。
細かい点だが、これもグロリベス森林深層のトレントだけが持つ特徴である。
「さて、そろそろ狩りますか」
「!? え、ミーメ嬢。あの争いの中に割り込むのですか? いえ、ミーメ嬢なら大丈夫だとは思いますが……」
さて、そろそろ目的を果たすとしよう。
ワタシたちの前で争っているトレントの総数は10体ほど。
果実の種類は……柑橘類かナッツ類の二択か。
うん、面倒だから全て狩ってしまうか。
どうせトレントの群れなんて、グロリベス森林には幾つも存在している。
「流石に直接乗り込んだりはしませんよ。こうします。来い、闇人間たち」
「これは……なるほど」
トレントたちを囲うように、森の木陰に闇人間たちが現れる。
その数はワタシたちの護衛役を除いて90体。その全てが鎌とも斧とも取れる武器を両手で握っている。
「鎌にしろ、斧にしろ、植物を狩るものです。さて、どれだけ耐えられるでしょうね? 行け」
「「「!?」」」
闇人間たちがトレントたちに襲い掛かる。
トレントに素早く接近した闇人間は手にした武器を振り抜く。
それだけで、トレントの枝も葉も根もまとめて断ち切られ、攻撃されたことで乱入者に気づいたトレントたちは驚いた様子を見せる。
が、そんな驚いた様子を見せている間に別の闇人間たちが襲い掛かり、二度三度と武器を振り抜いて、トレントを幹だけにしていく。
そして、幹だけにしたトレントの中心……そのトレントの始まりである種子に武器を突き立てて、トドメを刺していく。
その場にいたトレントが全て狩られるまでにかかった時間は10分にも満たない程度。
勿論、目的である果実は回収済み。
目的達成である。
うん、ワタシの実力ならこんなものだろう。
「ヘルムス様。トレントの身体は貴重な素材になりますので運びましょう」
「そうですね。頑張って載せましょう」
「グレイシア様。そろそろ戻ってきてください」
「はっ!? 申し訳ありませんでした、ミーメ様。衝撃的だったもので」
なお、トレントの枝葉は色々と使い道があるので、回収一択である。
なんなら果実よりも価値があると言ってもいい。
うん、総合的には、美味しい狩りになったかもしれない。
ワタシはそんな事を考えながら回収を終えると、拠点に帰るための移動を始めた。
01/11誤字訂正
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