69:闇人間と水水夫
「さて、一応の警戒はしておきましょうか。来い、闇人間たち」
ワタシは10体の闇人間を生成すると、魔物が近づいてきた時に足止めするように命じて立たせておく。
「では折角ですので私も。水よ。水よ。浩々と湧き出して、水夫たちの形を為せ。水夫たちの働きを模せ。敵現れたなら、その道を阻め。『アクアセーラー』」
ヘルムス様も10体ほどの水で出来た筋骨隆々の水夫たちを生み出すと、ワタシの闇人間たちと同じように立たせて、周囲を警戒させる。
「ヘルムス様の『アクアセーラー』。お披露目会の時よりも動きが改善されていますね」
「ええ。ミーメ嬢の助言を受けて、一先ずは王城の騎士たちの動きを観察して反映する事によって動きの改善を図りました。思っていた以上に出力も上がりましたね」
「それは良い事ですね。では折角なので、細かい操作の特訓と言う事で、体操でもさせてみましょうか」
ワタシの指示に従って、闇人間の一体がラジオ体操を始める。
周囲にぶつからないように気を付けつつ、手足を効率よく伸ばす、前世知識の賜物な動きをしている。
「体操ですか? これは……なるほど。なかなか難しいですね。人間らしく動かそうとするとなおの事」
ワタシの闇人間の動きに合わせるように、ヘルムス様の水水夫も一体、ラジオ体操を真似し始める。
ただ、その動きは何処かぎこちなかったり、時々人間ではあり得ないくらいに腕や腰が曲がってしまったりすることもある。
「体操……準備運動でもいいですが、それは全身の筋肉をくまなく使って、これからの動きに備えさせるための物ですからね。見ている者に違和感がないようにさせるのなら、相応の修練は必要になると思います」
「なるほど」
「勿論、本来は闇や水なのですから、実戦では人ではあり得ない動きをさせてもいい訳ですが……」
「普段は人間らしい動きをさせておく方が、人間らしくない動きをさせた時の衝撃は大きいでしょうね」
「そう言う事です。虚を突くと言うやり方ですね」
まあ、この辺の戦術論は一長一短。
相手を想定しないと適切な手は分からず、相手が居ない内は手札を増やす事に注力するしかない話だが。
ワタシのようなトリニティアイだと、下手な小細工をするよりも出力に任せて押し切ってしまった方が安定するだろうし。
「しかし、こうして私の『アクアセーラー』とミーメ嬢の闇人間を並べて見ると、出力差も研鑽の具合も私はまだまだとしか言えませんね」
ラジオ体操は順調に進んでいる。
だが、ワタシの闇人間とヘルムス様の水水夫では、当然ながらワタシの方が動きがキビキビとしているし、淀みない。
きっと、中に人が入っていると言っても信じられる事だろう。
「それは当然ですね。ワタシは8歳で第二属性に目覚める以前から、使い勝手の都合で闇人間に近い物を扱っていましたから。年季が違います」
「なるほど」
「それに属性の差もあります。ワタシは『人間』属性なので、そちらから直接、人の形を取ってこれます。ですがヘルムス様は『船』属性の中から特化によって持ってきた船員の形を与えています。このひと手間の差はあって当然でしょう。むしろ、この年季と属性の差があるのに、ワタシの方が駄目だったら、ワタシの立つ瀬がありません」
「それは……その通りでしたね」
「ヘルムス様。ヘルムス様の本来の属性を忘れないで下さいね。『船』だからこその強みも必ずあるはずなのですから」
「そうですね。気を付けておきます」
まあ、この結果は当然以外の何物でもない。
込めている属性の数以前の問題だ。
「しかし『船』だからこその強みですが……ミーメ嬢は何か思いつきますか?」
「色々とあると思いますが……。多くはヘルムス様も既に思いついている事だとは思います。ああそうだ。今更ですが、ヘルムス様の水の船は上と下は何処まで移動できますか?」
「上……と言うと、何処まで浮かばせられるかですか。そちらは危険なので、ほどほどにしか試していませんが、王城の一番高い塔の上までは飛ばせますね。下は……普通の船が水に浮かぶ時と同じくらいが限界では?」
「そうでしょうか? 土の中に水は入り込めますよね。その要領で土の中にもっと沈む事も出来ると思いませんか?」
「……。少し試してみましょうか」
ヘルムス様は空中に小さな水の船を作ると、高度を下げて地面に近づける。
そして土に接触したところから……さらに水の船は高度を下げて、縁の部分が僅かに地面から顔を出しているような状態になる。
で、更に沈めて、水の船が完全に地面の中に消えてしまうと、制御を失ったらしい。身振りでその事を伝えてきた。
「……。『船』だからこそでしょうか」
「かもしれませんね。この手の属性が何を基準にしているのかはワタシにもよく分からない部分があります。どうにも自分自身が把握している事実に影響されている部分もあれば、自分が把握していなくても設定されている部分もあるようなので」
「なるほど。やはり私はまだまだですね。自分の属性の基本的な事すら理解できていない」
「それについてはワタシも似たようなものですね」
魔術の属性についてはよく分かっていない事が多い。
ワタシとしては『闇』と『呪い』や『病気』は全くの別種であると言う認識がある。
だが、ただの事実として、闇属性は呪いや病気を扱えてしまうし、武器の形態をとらせる時に鎌に近い形の方が僅かだが出力が上がる。
これはワタシの認識など関係ない、この世界の人々の認識こそが正しいと言っているかのような部分だ。
一方で、『万能鍵』に斧やショットガンが含まれているのは、前世知識があるワタシだからこその認識で、この世界の人々の認識ではない。
ショットガンに至っては、そもそも、その前段階である銃と言う概念自体がこの世界には無いはず。
であるのに、斧やショットガンに近い形を取らせると、魔術の出力は明確に上昇する。
まるでワタシの認識こそが正しく、この世界の人々の常識など関係ないと言わんばかりだ。
この辺りを掘り下げると何かがありそうな気はしているのだけど……。
ちょっと学術的と言うか哲学的なお話になりそうなので、触れるのを控えている部分ではある。
「そう言えばミーメ嬢」
「なんでしょうか、ヘルムス様」
「話は変わりますし、今更な話題でもあるのですが、ミーメ嬢の闇人間は同時に何体ほど出せるのですが?」
「闇人間ですか。今出しているのなら……100体までは問題なく出せますね」
「100体ですか……。やはり、私の『アクアセーラー』では遠く及びませんね」
ヘルムス様の質問にワタシは素直に答える。
なお、100体同時に出せるのは事実であるが、その100体に細かい指示を与えられるかどうかはまた別の話。
あくまでも、第一属性しか持たない魔術師程度なら真正面から殴り倒せる程度の強さを持つ、ワタシが普段から使っている闇人間を何体まで同時に出せるかを述べただけである。
実のところ、『ひとのまのもの』のような特別製だと、一体しか同時に出せないし。
「さっきも言いましたが、こればかりは属性の差です。差を埋めたいのなら、『アクアセーラー』と言う魔術を磨くよりも、その周辺も併せて構築して、総合的な強さを磨くべきかと」
「総合的な強さですか……例えば、構築する水を熱湯に変える。とかでしょうか」
「そう言う事ですね。先ほど明らかになった、船は地面を水面に見立てて潜れる。と言う性質も併せて考えれば、色々とで出来る事はあると思います。そもそも水夫とは船の上で働く方なのでしょう?」
「ええそうですね。その通りです。やはり何処かで長期休暇を取得する事も……」
実際の所、差を埋める方法は幾らでもある事だろう。
ワタシの闇人間たちは『万能鍵』から斧を持ってきて武装させるのが基本となっているが、ヘルムス様なら『船』から色々と持ってこれるはずだ。
それこそ、『船』の甲板だけ持って来て、荒波に揉まれる船上を戦場に持って来たっていいはずだ。
そして、ヘルムス様自身も言っていたように、水を熱湯に変えても良いし、氷にして硬度を増してもいい。単純に粘度を上げて窒息狙いも出来るだろうし、熱湯を通り越して水蒸気を作れるのならば破壊力は一気に増す。
手は幾らでもあるはずなのだ。
さて、この話題は幾らでも出来そうではあるが……あまりにも同じ話題を続けていると、この後の探索がどうでもよくなってしまいそうなので、ちょっと切り上げよう。
「と、そう言えば。こちらも今更なのですが、グレイシア様は魔道具に詳しいのですか?」
「詳しいと言うより、本来の専門はそちらですね。グレイシア嬢は魔道具職人として最初は王城に勤め始め、その職務の中で第二属性に目覚めたので」
「なるほど」
なので話題変換。
グレイシア様の事について聞いてみる。
どうやらグレイシア様は、元々は魔道具職人であったらしい。
そして、聞くところによれば、今の宮廷魔術師のおよそ半数は、元々は魔道具職人だったらしい。
だが言われてみれば納得ではある。
魔道具職人なら、八顕現の内、生成、操作、変形、強化、付与の五つは扱えないと仕事が出来ない。
その上、貴重な素材を無駄にせず、修理とアップグレードを繰り返そうと言うのなら、還元、特化、抽出の三つも自然と出来るようになる。
そうして八顕現を扱えるようになれば、宮廷魔術師の条件である第二属性にも自然と目覚めるので……うん、納得しかない。
「お待たせしました。わたくしの話をしていたのですか?」
と、ここでグレイシア様がやってきた。
「そうですね。と言っても、グレイシア様が元々は魔道具職人だったと言う話しか聞いていませんが」
「ですね。私としてもこれ以上は話しません。個人情報と言う物なので」
「そうでございますか」
なのでワタシもヘルムス様もクッションから腰を浮かせて立ち上がる。
グレイシア様に問題が無ければ、出発になるからだ。
「……。歩きながら話をしても?」
「ワタシは問題ありません。ヘルムス様はどうですか?」
「私も大丈夫です」
「分かりました。では、そうしましょうか」
と言うわけで、目的地に向かって移動開始である。
01/09誤字訂正




