64:知りて決意する
「なるほど。その場に位置固定すると言う操作をトリニティアイの出力で全力で行った魔術」
「はい。それが暗黒支配ですね」
「そして、お披露目会で見せた黒炎を破壊の方向で強化した魔術だったのですね」
「ええ。そちらが『いのれるならいのれ』です」
と言うわけで、暗黒支配とアントニウスについてはサクッと説明。
まあ、前者は色々と乗せてはいるが、第三属性まで混ぜ合わせた事による出力増強に物を言わせた、ただの操作。
後者は以前にも見せた黒炎を凶悪化させただけ。
なので、技術的にはそこまで大した魔術ではない。
大した魔術ではないが……。
「ただ、どちらも見た目、それに受けた者と目撃した者が感じる衝撃を考えると、安易に使うには支障がある魔術でもあります。なので、陛下や宮廷魔術師長だけなら報告するのも構いませんが、頼ろうとは思わないでください。闇属性への恐怖も相まって、危険な事になるかもしれませんので」
「分かりました。覚えておきましょう」
だからこそインパクトが大きい。大きすぎる。
単純すぎるせいで、自分に向けられた時にどうなるのかを容易に想像できてしまう。
トリニティアイでなければ抵抗すら出来ないであろう事実まで含めて。
そんな物を知ったら、ヘルムス様のようにワタシと親しい人間はともかく、そうでない人間は常に危険な魔物に睨まれているような心境になって、ストレスで身をやられかねない。
なので、広めるには支障がある魔術でもある。
「後は……。そうですね、ヘルムス様。ワタシが前に渡した箱を出してもらえますか」
「箱ですか? 待って……っ!?」
ワタシは『わたしだけのみち』について説明するべく、まずはヘルムス様に指示を出す。
で、自身の懐を探ったヘルムス様はそれを見つけて……とても慌てた様子を顔に浮かべる。
うん、やっぱりここで説明しておくのが正解だったようだ。
見た事がないくらいに慌てているし、冷や汗もかいている。
「ヘルムス様。安心してください。箱が壊れている件なら、正常に動作した結果です」
「え、いや、その、師匠。これは……正常? なのですか?」
「はい。正常です。今から説明しますので」
と言うわけでワタシは『わたしだけのみち』……転移魔術について説明する。
ただし、全てを説明するのではなく、ワタシ手製の箱を目標として行える魔術である事。ワタシ自身しか運べない事。正確な射程は分からないが、王都数個分くらいの距離までは行ける事。
はっきり言って、かなり欠点が多い魔術である事を示しただけなのだが。
「転移魔術……。貴族院でも、宮廷魔術師でも、魔術師団でも、何処の研究者でも人間が行うには魔力量がまるで足りないと判断されていた魔術のはずですが……。流石はミーメ嬢。実現してしまったのですね」
「そうですね。出来ました。ただ、ワタシの属性がワタシの考える転移の理論と極めて相性が良かった上に、幾つもの制限をかける事でようやく実現できた魔術です。出来そうだから程度の気持ちで真似はしない方が良いですね」
「分かりました。これもまた覚えておきましょう」
ただ、そんな欠点が多い状態であっても、研究者たちの視点では不可能と判断されていた魔術を実現したことには変わりないようで、ヘルムス様は本当に感心した様子を見せている。
まあ、これについてはワタシ自身も偉業だとは思うので、素直に誇っておこう。
「と、ヘルムス様。箱を出してください。折角なので直しておきます」
「分かりました。よろしくお願いします」
ワタシはヘルムス様から、周囲を金属製の輪で囲み、落ちないようにされた鉄の箱付きの装飾品を受け取ると、内側から破られるようにして壊れてしまった鉄の箱を闇属性魔術の応用で以って修復し、中に闇を再充填していく。
「これでまた使えるはずです」
「ありがとうございます。とは言え、次はこれに頼らずに自分の力だけで切り抜けられるようになりたいところですね」
「ヘルムス様ならそうでしょうね」
そうして直った箱をヘルムス様は再び懐にしまう。
その動きは、なんだか以前受け取った時よりも丁寧な気がする。
「ただ、ヘルムス様ならいずれは切り抜けられるようになると思います。あのドラゴンとの戦いの時も、二つ目の水の船はドラゴンの攻撃の余波程度では何事も無いように出来ていたのですから」
「そのように褒めていただけるとは……嬉しいですね」
「よく出来たのなら褒めるのは当然の事でしょう?」
「それを言うのなら、褒められて嬉しいのもまた当然の事かと」
ヘルムス様は笑みを浮かべている。
その笑みを見て、魔術への関心の高さを思い出して、近しい人を亡くした直後なのを考えて……。
ワタシはつい問いかけてしまった。
「ヘルムス様はワタシにトリニティアイになる方法を聞かないのですね」
分かり易い力を得るための方法に手を伸ばさないのかと。
「今の私では聞けませんよ、ミーメ嬢。第三属性を含んだ魔術がどれほどの力を有しているのかを知って、今の私が第一属性と第二属性すら万全に扱えているとは言い難い状況なのも分かっていて、それでなお第三属性を今すぐに得たいなど、口が裂けても言えるものではありません」
それに対するヘルムス様の言葉は何処か悔しさのような物を滲ませつつも冷静なものであり、だからこそ安心できるものだった。
「逆にお聞きします。ミーメ嬢、私ならば何時かは貴方に並び立つ……いえ、第三属性に至る事は出来るのでしょうか?」
ヘルムス様の問いにワタシは少しだけ考えてから口を開く。
「道を急がず。違えず。地道な研鑽を続けることが出来たのであれば、いずれ辿り着ける事もあるかもしれません。そして、以前した約束の通り、必要な時には話します。ですので、辿り着きたいのであれば、来てください。ワタシが話せる範囲にまで」
「分かりました」
と、ここでどうしてか、ヘルムス様がワタシの隣で膝を着き、ワタシの右手を優しく握る。
「ミーメ嬢。今はまだ、私は貴方に守られる事も多い存在です。ですが、私も一人の魔術師として、国を守る者として、そして何より一人の男として、貴方の事を守れるような存在になりたい。並び立てるような存在になりたい。これが私の偽らざる気持ちです。ですので、どうか私の事を導いてくれないでしょうか」
そして囁く。
まるで求婚するかのように、騎士が誓いを述べるかのように。
堂々と、ワタシの目を見つめながら。
「……。ワタシは政治や礼儀作法のような分野についてはむしろ守られる側ではありますが……。そうですね。陰ながらで良ければ、ワタシもヘルムス様の事を守り、導きたいと思います。ですので、繰り返しになりますが……。来てください。ワタシが話せるところにまで」
「はい、必ず辿り着いてみせます。ミーメ嬢」
ワタシはそれに応える。
背筋を伸ばし、来てくれと希う。
ただ、ワタシが耐えられたのはそこまでだった。
気が付けば、ヘルムス様の唇が軽くワタシの手に落とされていた。
それは正に婚約者と言うか、恋人と言うか、姫に対してやるような仕草であり、大衆小説のワンシーンでしか読んだ覚えのない動きであり、顔がとても整っているヘルムス様がワタシ相手にそれをやっている動きはとても美しく、洗練されていて、ワタシの心拍数を上げるには十分すぎる光景で。この場にはワタシとヘルムス様の二人しかいないけれど、それはつまりワタシ一人の為にヘルムス様がやってくれたと言う事であって。ワタシがヘルムス様の婚約者であるから、やる事自体は何らおかしくないのだけれど、急にそのような事をされてもどう応じればいいのかをワタシは知らず……。
「きゅう……」
「ミーメ嬢!?」
ワタシに出来る事は自分で自分の意識を断つ事であった。
これにて二章完となります。
三章についてですが、年始と言う事でちょっと考えている事も有ったり。
01/08文章改稿




