63:一夜明けて
「んんー……よく寝た」
「おはようございます。ミーメ嬢」
「……。おはようございます。ヘルムス様」
一夜明けて、ワタシは王城のベッドの上で目を覚ました。
ベッドの脇にはヘルムス様が立っていて、こちらを見ていた。
その姿におかしなところはないので、昨晩の戦闘のダメージは考えなくても良さそうだ。
「ユフィール様は?」
「今は外しているようです」
さて、昨晩の顛末だが。
ワタシがドラゴンを倒した直後。
教会の中が静かになったと言う事で、兵士と騎士、それとジャン様が突入してきた。
どうやら、あのドラゴンとの戦闘音は周囲一帯に響き渡っていたらしく、直ぐにジャン様が率いる突入部隊が結成されて、中の様子を音で窺っていたらしい。
で、そうして突入してきた人たちによってワタシとヘルムス様は保護されて、最低限の事情聴取を受けつつ王城へと搬送。
ユフィール様による検査と治療を受けて、昨晩はそのまま眠ったのだった。
「ジャン様の方はどうですか?」
「必要な情報は昨晩の内に渡しましたので、今頃は関係者の捕縛に当たっている頃かと」
「昨晩の内に? ヘルムス様……」
「一度仮眠は取りましたし、眠くなったら眠りますのでご安心を」
が、昨晩きちんと寝たのはワタシだけで、ヘルムス様は仮眠で済ませたらしい。
どうやら、後始末のために色々としてくれていたようだ。
「ミーメ嬢。現状を共有しておきましょう」
「分かりました」
ヘルムス様が話を始める。
「まず、私を浚った女魔術師たちの身元や動向は既におおよそ判明しています。どうやら私に対してただならぬ思いを抱いていた一部の女性を不審者が唆し、その結果として彼女たちは犯行に及んだようです」
「唆されただけで公爵家の三男を誘拐するような犯罪をするのですか?」
「その辺りについては当人たちが既に死んでいるので分かりません。ただ、唆した不審者の身元も一部は分かっていますので、そちらから情報が得られれば、明らかになる事もあるでしょう」
犯人の身元。犯人を唆した人間の身元。
此処まで分かっているのなら、今回の件の黒幕も既に分かっていそうだ。
いや、だからこそジャン様が関係者の捕縛をしているだろう。
この関係者と言うのには、黒幕も含まれているだろうから。
「では事件は解決……にはなりませんか」
「そうですね。あの教会で現れたドラゴンの問題があります。私が見ていた限りでは、彼女たちの体は輪郭が突然揺らいだかと思えば、顔以外の部分が渦のように混ざり合って、気が付けばあのドラゴンの形になっていました」
ワタシは少し考える。
あの場に居た三人の属性は風、肉体、闇だったはず。
闇で境界を揺らめかせ、風でかき混ぜて、肉体で再構築すれば、後はドラゴンの体の情報を何処かからか持ってくる事が出来れば、理論上は可能か。
うん、理論上は、だ。
実際にやるには、彼女たちでは魔力の量も理論の構築も、その他諸々必要なアレコレが足りていない。
色々な物が不足していたのは、ドラゴンになった後の彼女たちが使っていた魔術が属性数の割にそこまで強力で無かったことからも窺えるので、これは間違いないだろう。
そもそも、あの三人はワタシの魔術によって身動き一つ取れない状態にあったのだから、自分で何かをする事は出来なかっただろう。
となれば……。
「魔道具ですか」
魔道具が使われたと考える方が無難だろう。
「そうですね。私、それとこの件の捜査の指揮をとっている方たちも同じ判断をしています。恐らくは第一属性は肉体属性。第二属性は『回帰』や『読み取り』と言ったもので、精神属性に近いものでしょう」
「ヘルムス様。その属性は……」
「ええそうです。ドラゴン化の魔道具を作ったのは、ほぼ間違いなく希少素材倉庫からドラゴンの素材を盗んだ人間と同一人物です。少なくとも私たちはそう判断しています」
ヘルムス様の言葉にワタシは少し考えてみる。
希少素材倉庫の件の犯人の属性は、第一属性は『肉体』で、第二属性は『回帰』や『再現』と言った精神属性よりの属性だったはず。
つまり、希少素材倉庫から盗み出されたドラゴンの素材から、第二属性によってドラゴンの情報を読み取り、第一属性でそれを再現した?
魔道具を発動した人間と周囲の物質を素材とする形で。
理論上は……出来る。出来てしまう。
少なくとも、あの場に居た三人が魔術を使ったよりははるかに高い可能性で。
そして、そのような魔道具を使われたのなら、ワタシがあのドラゴンにデジャビュを何故覚えたのかの理屈も付いてしまう。
希少素材倉庫から盗み出されたドラゴン素材と言う事は、それはつまりワタシが第三属性に目覚める際に戦っていたドラゴンと言う事になる。
だったら、既視感の一つや二つぐらい、抱いて当然と言えるだろう。
ついでに、戦闘中にあのドラゴンの傷が簡単に治っていた事についても説明がついてしまう。
恐らくだが、事前に定められていた形に戻すことで再生を成立させていたのだ。
「とても恐ろしい魔道具ですね」
「ええ。あの三人が用いた魔道具にどれだけの量のドラゴンの素材が含まれていたのかは分かりませんが、その量によっては……王都に突然、ドラゴンの群れが現れる。それぐらいの事態が今後起きても不思議ではありません。それほどに恐ろしい魔術であり、魔道具です」
本当に恐ろしい話だった。
使用者をドラゴンに変貌させる魔道具が量産されている可能性があるのだから。
しかも、ただのドラゴンではなく、通常のドラゴンよりもはるかに再生力に優れるドラゴンが現れるのだ。
属性の扱いのレベルが使用者の知識依存である可能性は高いが、そんなものはドラゴンの膂力を考えたら何の慰めにもならない。
これが脅威でないはずがなく、ワタシでも最終的には勝てるだけで、ただでは済まない可能性は高い。
それほどの話だった。
「ですので、そういう意味でも関係者の捕縛を急いでいるわけですが……。恐らくですが、魔道具を作った当人については捕縛できないでしょう。怪しい人物の目星は付いていますが、第二属性持ちが本気で隠れるのであれば、追い切れない確率のが高いですから」
「それは……そうでしょうね」
ワタシが何年も自分の属性を隠蔽出来ていたように。
第一属性が『肉体』なら、自分の第二属性の特徴……左右で色が違う瞳を隠すことはそこまで難しくはないだろう。
どれほどの力で隠蔽を施しているか次第だが、普通の魔術師では違和感すら持てない可能性がある。
「勿論、諦める気はありません。王都……いえ、王国の危機ですからね。なんとしてでも魔道具の制作者は見つけ出します。どのような目的でこのような事をしているのかは分かりませんが、必ずです。必ず見つけ出して、罪を償わせます」
「……」
そう言うヘルムス様の顔は誰かを偲んでいるような物だった。
いや、誰かではなく、昨夜、トレガレー公爵家の馬車を操っていた御者の老人の事だろう。
あの老人がどのような人物だったのかは分からないが、職務の真っ最中に為す術もなく殺されて悔いが残らない訳がない。
それを考えたら、ヘルムス様の様子は当然と言う他なかった。
「ヘルムス様。ワタシに出来る事があれば協力させていただきます。宮廷魔術師として、ヘルムス様の婚約者として、手伝わせてください」
「……。はい。その時はよろしくお願いします。ミーメ嬢。悔しい事に、私一人では件の魔道具の製作者を捕らえられるとは限りませんので」
ワタシが出来るのは、武力が必要な時にその力を貸す事くらいだが……。
それがきっと、誰にとっても一番良い行動だろう。
「ところでですね。ミーメ嬢」
と、此処で終われば綺麗な話だったのだろうが……。
「昨晩の一件で用いたミーメ嬢の魔術について、詳しく伺いたいのですが……」
「全ては教えませんよ。明かしたくない部分も多いので」
「勿論です」
何故かヘルムス様との魔術談義を始める事となった。
12/31誤字訂正




