58:カフェではあるが
「こちら、デザートのショートケーキとなります」
「ありがとうございます」
装飾品店を後にしたワタシたちは大通りに面したカフェにやって来て、少し遅めの昼食を食べた。
で、今はデザートとして注文したケーキが届いたところである。
「ん~♪ 流石は貴族街の大通りに出している店ですね。とても美味しいです」
「ふふっ、ミーメ嬢に喜んでもらえたようで何よりです」
ワタシはケーキを一口分食べて、その上品な甘味に舌鼓を打つ。
大量の砂糖を叩き込んだ甘いだけのケーキではなく、スポンジ・クリーム・その他トッピングのバランスがよく取れた、とても美味しい物である。
「しかし、こうしてカフェでミーメ嬢がケーキを食べている姿を見ると、四年前を思い出しますね」
「四年前……。あの一週間の最後の日ですね。まさか目の前で魔術を用いた強盗殺人が起きるとは思いませんでした」
「私もです。まあ、あの犯人たちについてはもう裁かれたのでどうでもよいのですが。それよりも私としては、あの時の自分が食事しか贈れなかった事の方が気がかりでしたね。師匠にこの程度のお返ししか出来ないのか、と」
「あの時のはワタシがそう望んだことじゃないですか。今ワタシたちが居るような店に、あの頃に連れてこられても緊張で味が分からなくなるだけです」
「それは……そうかもしれませんね」
四年前の店と今居る店だと、当然ながら今居る店の方が値段も品質も高い。
そこは平民街にある店と、貴族街にある店の差と言うものだろう。
「ただミーメ嬢。今度のお茶会では当然ながらこれ以上の品が出てきます。それは知っておいてくださいね」
「分かっています。それにヘルムス様の婚約者である以上は、今後はワタシもそう言う場に出る事が時々はあると思っていますので、少しずつ慣らしていこうと思います」
なお、当然のことながら、このお店で出て来るのはお金さえ払えば誰でも買える品である。
そして、世の中にはお金だけでは手に入らない品と言うのもあって……王族主催のお茶会ともなれば、茶も茶請けも、そういう品になる事はほぼ間違いない事だろう。
加えて、主催が王家でなくとも、伯爵以上ともなれば、そういう品が出て来ることもあるだろうから、公爵家の三男であるヘルムス様の婚約者で宮廷魔術師の地位にあるワタシは、少しずつでも舌を慣らしておいた方が良いだろう。
ヘルムス様に恥をかかせたいとは思わないので。
「ありがとうございます。ミーメ嬢」
「気にしなくて構いません。ワタシがそうするべきと思っての事ですから。ヘルムス様」
「だからこそですよ」
ヘルムス様は微笑んでいる。
ワタシは少しだけ視線を逸らしつつ、ケーキを口に運ぶ。
「ミーメ嬢は師匠扱いを喜んではくれませんしね。こういう時にこそ、日頃からの感謝の念を伝えなければ、伝える機会がないではありませんか。思えば、四年前のカフェも途中で中断されてしまったわけですし」
「……。ワタシを師匠呼びするのは無しでお願いします。前にも言いましたが、属性違いで、年下で、平民なのですから。そもそも、ヘルムス様なら、ワタシの助言無しでもいずれは第二属性に辿り着いていたでしょうし」
「それはどうでしょう? ミーメ嬢の言葉なしでは、特化はまだしも、還元と抽出については辿り着いていたか怪しい物だと思っていますよ。例え辿り着いても……早くてもあと五年は先と言う所でしょうか」
「そんな物ですか?」
「そんな物です」
話の流れが変わった気がするので、ワタシはヘルムス様の方へと向き直る。
「折角の機会なので教えてしまいますと。普通の熱心で才能ある魔術師が第二属性に至れるのは二十代後半が大抵で、早くても二十代前半です。なので実を言えば、ジャンとグレイシア嬢。あの二人も宮廷魔術師の中では天才の部類に入るのです」
「……」
「加えて言えば。第二属性に至る事自体が、一般的には既に天才の範疇になります。ディム殿のように、魔術師団で長年活動していても第二属性に目覚めていない方も居るわけですから」
「なるほど」
ヘルムス様の言葉にワタシは考える。
第二属性に目覚めるための条件は、ほぼ間違いなく、第一属性の八つの顕現を一定水準以上に修める事である。
だからこそ、ワタシは8歳の時点で第二属性に辿り着けている。
つまり、本気で効率よく学べば、三年か四年程度で辿り着けるのが第二属性なのだ。
そんな第二属性に至るのが、一般的には二十代後半で、しかも才能がある人間が真剣に取り組んだ場合のみ。と言うのが一般認識。
うーん、恐らくだけど、還元、特化、抽出の三つに気づかないか、気づいても習熟が出来ていないか、その辺りに原因がありそうな気がする。
貴族院でもその三つは教えていないと言うし。
「だからヘルムス様はその道のりを大幅に短縮してくれたワタシを師匠と慕い、尊敬する、と?」
「そう言う事ですね。ミーメ嬢の申し出なので人前では呼びませんが、心の中では今だって師匠呼びですよ」
「……」
ヘルムス様はそう嬉しそうに言っているが……。
ワタシとしては、社会の平和のためにも、やっぱりワタシの知識……特に第二属性、第三属性、第零属性周りは迂闊に表に出さない方がよさそうだなと思ってしまう案件ではある。
うん、気を付けておこう。
今日行ったお店では、ついつい話してしまったこともあるけれど。
「ところでミーメ嬢。ミーメ嬢が誰よりも魔術に詳しいと思うからこそ尋ねるのですが、第二属性はどのような理由で決まると思いますか?」
「第二属性はどう決まるのか。ですか」
ただこれについては……ワタシが思っている事は話してしまった方が良いと思う。
ヘルムス様は何でもないように装っているけれど、第二属性を得たのに目の色が変わらなかった事を気にしているのは、やはり感じているので。
「……。ワタシだけが知っている情報を前提に考えるのなら、恐らく第二属性はそこへ至った人間がある程度以上知っている概念の中から一つ、ランダム……いえ、トリニア神の導きによって選ばれるのだと思います」
「ある程度以上、ですか?」
「そうです。恐らくですが、まったく知らない概念は与えられません。まったく知らない概念ではどう扱えばいいのかも分かりませんから。えーと、海を知らない人間は『海』と言う属性を得る事がない。と言えば分かり易いですか?」
ワタシは第三属性に『万能鍵』を自分で選んだ。
それはドラゴンとの戦いの最中に起きた事だったので、じっくりと考えて選ぶことが出来ず、殆ど直感で選んだ属性である。
けれど、今思い返してみるならば、他に並んでいた選択肢……そのいずれもがワタシに理解できる言葉だった。
世界にはワタシの知らない概念や言葉など、無尽蔵にあるはずなのに。
だから逆説的にこう考えられる。
この世界の生物が魔術の属性として得られるのは、自分が理解できる概念だけである、と。
海を知らない人間は『海』と言う属性を得る事がないのだ、と。
この考えが正しいのであれば、第二属性として得られる属性についても、同じような制限がかかっていたとしても、そうおかしな事ではないだろう。
この世界の魔術のルールは、一見すると緩いように見えても、きっちり締めている部分は締めているようだし。
「なるほど。海を知らない人間は『海』と言う属性を得る事がない。ですか」
「勿論、他にも何か条件はあるのかもしれません。けれどヘルムス様も船については知っているはず、ですよね?」
「……。そうですね。第二属性に目覚めた頃の私の知識を知っていると称していいかは分かりませんが、まったくの無知ではなかったでしょう。トレガレー公爵家の三男として、実家の重要事業である船での貿易を知らない訳にはいきませんでしたし」
「なるほど。では、目覚めた時点で、少なくともワタシより船について詳しかったことは間違いなさそうですね。ワタシは貿易に使う船が大きなものである事は知っていても、それ以上はまだよく知りませんので」
「ミーメ嬢の知識がその程度なら、確かに目覚めた時点で、少なくともミーメ嬢より詳しかった事にはなりそうですね」
とりあえずヘルムス様には納得してもらえたらしい。
静かに頷いている。
「やはり可能性はありそうですね。そして、当然と言うべきか、この世界には人間が知らない事がまだまだあると考えてよいと思います。魔術周りは特に」
なお、この手のルールだが……きっとワタシが知らないだけで、他にも色々とあると思うのだ。
魔術の属性と瞳の色や形の相関性など、その最たるものだろう。
それに至らずに、第二属性持ちなのに左右の目が同じなんてあり得ないと言うのは、傲慢の極みと言うものだろう。
「なるほど。ミーメ嬢にも分からない事はあるのですね」
「ええ、その通りです。むしろ、ワタシにも分からない事だらけです。だからこそ魔術は楽しいのですが」
「そうですね。そして見ていて思いました。やはりミーメ嬢は魔術の話をしている時が一番楽しそうです」
「? はっ!?」
どうやらいつの間にか笑みを浮かべていたらしい。
そして時間も意外と経ってしまっていた。
「では折角なので、この後はトレガレー公爵家お抱えの商人たちが異国から持ってきた品々を扱っている店でも見て回りましょうか。どういう船を使っているのかの説明も付けてです」
「えーと、その、よろしくお願いします」
その後、カフェを後にしたワタシたちは、ヘルムス様の案内で舶来品を扱う店を視察した。
この国では見られない模様の絨毯や宝飾品。珍しい香辛料に魔物の素材など、実に見応えがある物だった。
また、合わせて貿易に使う船……ガレオン船についても説明されたのだが、どうやらこの世界のガレオン船は魔術を利用して運用するのが当然となっているようで、前世のそれとは似ているようで全くの別物だった。
これは船に関わる者ならば常識の範疇だが、そうでない者にとっては未知の話となると……やはり、魔術の属性で何が選ばれるのか、その候補の策定基準に、当人の知識量は入っていそうだなと思った。




