56:雑談ではあるが
「お疲れ様でございました。ミーメ様」
「ありがとうございます」
採寸はあっさり終わった。
結果はちょっと前にユフィール様が測ってくれたものから変わりなし。
あの時より少し詳しく調べられた程度である。
「こちらの意匠は……」
「此処の部分を……」
「素材についてですが……」
「こちらは本命の時に……」
で、採寸を終えたワタシは、採寸を行ってくれた女性従業員の方々と一緒にヘルムス様がドレスのデザインについて話をしている場へと戻って来たわけだが……。
ヘルムス様とデザイナーの方が熱心に話し合っている様子が見えた。
あの分だと、もう暫くはかかりそうだ。
そして、あそこに割り込むような事はしない。
王家主催のお茶会に着ていく衣装として相応しい物はどんな物なのか、などと言う知識はワタシにはないからだ。
ワタシに出来るのは、ヘルムス様が決めてくれた幾つかの案から好みの物を一つを選ぶ事くらいである。
「……」
しかし、そうなると暇を持て余すことになってしまうのだが……。
「ミーメ様。お聞きしたところ、ミーメ様は凄腕の狩人でもあらせられるとの事。ですので、少々伺いたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
そう思っていたら、女性従業員さんの一人……衣服からして従業員の中でも偉めの方であろうご婦人がワタシに質問をしてきた。
なるほど。流石は貴族街の大通りに店を構えているだけの事はある。
ワタシが暇そうにしているのを鋭敏に感じ取って、暇を潰す手段を差し出してくれた。
これでワタシは暇を潰せて、店側は何かしらの情報を得られる訳か。
色んな意味で流石である。
なのでワタシは先を促すことにする。
「グロリベス森林の奥地に未開拓の魔境が存在し、そこには今まで知られていなかった魔物が多数存在しているとお聞きしています。その地の探索が始まるのはまだ遠い先の事とも伺っていますが、それでもお聞きしたい事があります」
「内容にも寄りますが……なんでしょうか?」
「その地に糸を得れるような魔物は居るのでしょうか?」
「糸を得れる魔物ですか……」
が、ワタシは答えに悩む事になった。
答えたくない訳ではない。
口止めもされていない。
この店の人たちはきちんと情報を得ているので、教えても危ない事はしないだろう。とも思っている。
単純に、ワタシの頭の中に思い浮かんだ魔物が碌でもない魔物ばかりだったのだ。
「正直に申し上げると、そちらが望むような答えではない。という確信があるのですが……」
「構いません。ミーメ様のお好きに話してくださいませ」
「では……」
うーん、まあ、仕方が無いか。
出来れば有益な情報を渡してあげたいところだったが、こればかりは本当に仕方がない。
「まず、私の身長ほどの体高を持つ大蜘蛛の魔物。これは毒が混じった棘付きの糸を吐き出してきましたね」
「恐ろしい。毒に棘でございますか……」
流石にこの蜘蛛の糸で衣装や布は作れないと思う。
強度的には十分すぎるのだろうけど。
ちなみに速乾性の毒液を纏いつつ射出されて、毒液がある程度乾くと棘が出て来ると言う構造のようだった。
「次に、蛾のような魔物。大きさは普通の蛾と同じ程度でしたが、繭次第では糸が取れるかもしれません。ただ、アレの鱗粉は皮膚に触れただけで、その下の筋肉が弛緩する危険物でしたね。吸い込めば、当然ながら息も出来なくなります」
「これまた恐ろしい。吸うだけで駄目とは……」
この蛾は繭次第だろう。
もしも蚕のような繭を作ってくれるのなら、そこから糸が回収できる可能性はある。
幼虫を見た事は無いし、親が危険すぎるので繁殖もさせられないと思うが。
「後はバロメッツ? と言えばいいのでしょうか? 草の先に羊を模した綿の塊がある、大きな草があったのですが……」
「それは……!?」
「近づいたら大爆発をする事で硬質の種をばら撒き、突き刺さった相手に根を張る事で繁殖をしようとする魔物でしたね。ちなみに爆発の後に綿は燃え尽きていました」
「……」
推定バロメッツの亜種は……肉食性の植物系魔物に当たるのだろう。
あの羊部分を上手く回収できればとは思うが……。
こちらもまた危険すぎる魔物である。
「……。いっそのこと、魔術で熊あたりの毛皮を糸状に加工してしまうのも手かもしれませんね」
「えっ!?」
「理論上は可能なはずです。闇の中に取り込んで、形の部分だけを侵食して崩し、その他の性質を保ったまま細く細く引き伸ばした後に闇から取り出せば……」
他にもグロリベス森林の深層に生息している糸を得られそうな魔物の心当たり自体があるが……どれもこれも一癖も二癖もあると言うか、殺意が高めで、衣服に用いるのは少々難しい気がする。
そんな中でワタシはふと閃いた。
『闇』に引きずり込むように物の形を奪い、他の性質はそのまま保持。
その状態から『人間』の髪の毛のように闇を変形させていき、十分な長さになったところで闇を取り除けば、任意の魔物素材から糸を作り出せるのではないかと。
もしもこれが可能であれば、それこそドラゴンの鱗を闇に溶かして、糸にし、布にして、ドラゴンの防御力を再現した衣服を作る事だって……。
「ミーメ嬢そこまでです」
「ヘルムス様? どうかされましたか?」
そこまで思い至り、実証実験を何処でするかを考えた時だった。
非常に焦った顔のヘルムス様がワタシの肩を掴んでいた。
「どうかされましたか? ではありません。これ以上は駄目です。今のはそんな安易に広めて良い知識ではありません」
「そうでしょうか? また実現できるかも分からないような話ですよ?」
「可能性がある時点で商売のタネとしては十分です。それに周りを見て下さい。とんでもない話を聞かされたと言う事で、皆様青褪めています」
「あー……」
気が付けば、ワタシの話を聞いていたであろう従業員さんたちは誰も顔を青褪めさせていた。
どうやら、商売人である従業員さんたちに、そんな顔をさせる程度には普通ではない知識……恐ろしい額のお金が動きかねない話を披露してしまったらしい。
「よいですね。話を聞いた以上、貴方方が独自に実験し、開発する事までは止めません。ですが、上手く行った暁には必ずトレガレー公爵家かグロリアブレイド王家へと申し出てください。そうすれば保護いたしますので」
「はい、その時はよろしくお願いします」
うーん、新しい産業になるかもしれないとか、そういう話だろうか。
ただ、そう簡単に実現できるような話でも無いし、そこまで警戒しなくても良いと思うのだけどな。
とは言え、ワタシが知らないだけで、色々とあるのかもしれない。
貴族と直接絡む商売なわけだし。
「ところでヘルムス様。ドレスの意匠についてはどうなりましたか?」
「いくつかの候補は見繕いました。今日の計測結果と合わせて仮に作り、それを後日にミーメ嬢が実際に着用して、その時に本当に作る物を決める形になりますね」
「……。候補全て作るのですか?」
「作りますが、どうかしましたか?」
「いえ、流石は公爵家だなと思っただけです」
どうやらドレスについては、まずは安めの生地で仮の物を一通り作り、作ったそれを数日後にトレガレー公爵家の王都屋敷へと持ってきてもらって、そこで本気の生地で作る物を決めるらしい。
当然ながら、非常にお金がかかる作り方になる筈なのだが……。
ヘルムス様の表情からして当たり前の事であるらしい。
うん、初めて財力の差と言うものを如実に感じたかもしれない。
「では、後の事はよろしくお願いします」
「かしこまりました。ヘルムス様」
と言うわけで、この店での用事はこれで完了らしい。
「それではミーメ嬢。これから装飾品の店の方へと行きますが、直ぐ近くなので共に歩いていきましょうか」
「分かりました」
「「「本日はご来店、誠にありがとうございました」」」
ワタシはヘルムス様にエスコートされ、従業員一同に見送られながら、店を後にした。
いわゆる、ドラゴンローブのような物が製作できる可能性。




