53:ヘルムスの過去の婚約事情
「私とジャーレン嬢の関係性を一言で表してしまうのならば、無関係、これで終わりですね」
ワタシのジャーレン様との関係を尋ねる言葉に対して、ヘルムス様は堂々とそう言い切った。
属性感知の応用で心拍、呼吸、眼球の動きなどもチェックするが、嘘を吐いている気配はない。
「とは言え、これではミーメ嬢も納得しづらいと思いますので、順に説明させていただきます」
「よろしくお願いします」
まあ、説明してくれると言うのなら、素直に聞くとしよう。
「先日の婚約挨拶の時に兄上が話していた通り。ミーメ嬢に出会う前、貴族院に通っていた時の中頃までは私には婚約者が居ました。が、彼女は一般的な貴族の関係性を求め、私との親睦を深めようとしたのに対して、私は魔術の研鑽を求めて彼女を省みなかった。ですから、婚約は破棄されました」
それは確かに聞いた。
グレイシア様とジャン様が特に反応していない辺り、知っていたか、よくある事なのだろう。たぶん。
「問題はその後でして。公爵家の三男を求める令嬢と貴族の家はとても多くてですね……。一部の令嬢に至っては私の意思を完全に無視して擦り寄って来たり、自分こそが婚約者であると言わんばかりの態度をしまして……まあ、酷い物でした」
「うわぁ……」
「まあ、流石にそこまで酷い場合は公爵家から抗議を入れましたが。そして、問題解決のために、私自身が望まない限りは婚約者は作らないと言う宣言まで出して、それで何人かの令嬢が大恥をかいたものの、騒動自体は収まりました」
「大変でしたね……」
「ええ本当に。そんな事もあって。私は増々魔術の研鑽にのめり込み、されど成果は出ず。と言う流れに陥り……そこでミーメ嬢に出会って、第二属性に至ったわけですね。その後は遠くから観賞されているのは感じていましたが、妙な勘違いをした方は出て来ませんでした」
「なるほど」
ヘルムス様は酷く疲れた様子で語っている。
まあ、ヘルムス様の外見は良いし、公爵家の三男と言う地位もある。
そんな人物の婚約者の地位が空いているのなら、肉食系と称されるような女性なら、外目も憚らずに狙いに行くのは分からなくもない。
まあ、その肉食系女子たちは見事に返り討ちにあったようだが。
「そして今に至るわけですが……」
「見事にジャーレン様の名前は一切出て来ませんでしたね」
「そうですね。ですが、私も今回のお披露目会で初めて顔と名前を目にしたくらいなので、それなのに関係があると言われましても……と言うところです」
「本当に無関係としか言いようがないですね」
「ええ、本当に」
邪推をするならば。
ジャーレン様は貴族院の頃のヘルムス様を知っていて、アプローチしていた女性の一人ではなかろうか。
場合によってはヘルムス様に向いてもらうために魔術の研鑽をしていて。
同じ宮廷魔術師になる事を目指し、王城の魔術師団に入って、少しでも近寄ろうとしていた。
そうして、一歩ずつでも着実に距離を詰められていると本人的には思っていたであろう中で、ワタシとヘルムス様の婚約が発表されたのなら……そりゃあ、ワタシの事を恨みたくはなるか。
逆恨みと言うか、一方的と言うか、身勝手である事は間違いないが、うん、まだ理解できる範疇の恨みではある。
「ただ、仮に私がジャーレン嬢の事をしっかりと認識していても、彼女と婚約していた可能性はないでしょう」
「と言いますと?」
「ジャーレン嬢は私の師匠がミーメ嬢である事を知らないか、知っていても認められない人間です。その時点で私としては婚約者としても個人としても論外であると言う結論を下さざるを得ません」
「ええ……」
なんか邪推をしていたら、とんでも無い事をヘルムス様が言い切っていた。
いやまあ、以前言っていた事……ヘルムス様とある程度以上親しければ、ワタシが師匠である事は知っていて当然と言う話を考えると、ワタシの事を知らない=ヘルムス様とは全く親しくない、と言う事になるので、そりゃあ婚約なんてあり得ないのだろうけど。
そして、ヘルムス様のワタシへの慕い様を考えたら、ワタシを師匠と認められない人間が拒否対象になるのも分かるけど。
それでも、そこまで言い切るのはどうなのだろうか……。
「当然でございますね」
「そりゃあそうだとしか言いようがないな」
「グレイシア様!? ジャン様!?」
しかも、ヘルムス様のその言葉をグレイシア様もジャン様も当然のように受け止めている。
この受け止め方から、それだけヘルムス様がワタシが師匠であると言う話を広めていたと言う事を察する事が出来てしまうので……。
わぁ、ボースン様が仰っていた、トレガレー公爵家と仲が良い貴族は君に同情するだろうと言う言葉を何故だか思い出してしまった。
「まあ、ミーメ嬢の件を除いてもジャーレン嬢はありません。気になったのでこちらで少し調べてみたのですが、彼女は私が第二属性を実は持っていなくて、公爵家の権力で宮廷魔術師になったと言うデマを信じているような女性です。その上に、だからこそ自分が慰めてあげるのだとか、そう言う妄言も吐いていたようですので……個人としても家としても御免被ります」
「あ、それは確かに駄目ですね」
ワタシも思わず納得してしまった。
いやだって、そのデマを信じていると言う事は、ヘルムス様の努力を認めていないも同然であるし、現実も見れていない。魔術知識が足りていないと言っているも同然だ。
なのに慰めるだなんて……本当に妄言でしかない。
しかし、ヘルムス様が第二属性を持っていないと言う話の根拠は……やはり両目の色が同じ点か。
ヘルムス様自身がこの事を気にしているかは分からないが……だが、ワタシの思っている事は話しておくべきか。
「しかし、ヘルムス様が第二属性を持っていないなんてあり得ないでしょう。『アクアガレオン』で生成されている水の量や、魔術の強度を見れば、それは明らかじゃないですか」
「ありがとうございます、ミーメ嬢。ただ、この手の話をする連中は自分の見たいものが先にありますので、証拠を叩きつけても理解できないのですよ」
「それはそうかもしれませんが……。困った事ですね。第二属性は必ず色が違うと言う思い込みは。第二属性の多様さと、人が見分けられる色の種類を考えたら、完全一致する可能性はあって当然だと言うのに。これをどうにかする事は……」
確かに第一属性と第二属性で瞳の色が完全に一致する可能性は低いだろう。
だが、ワタシが思う通りなら、第二属性の種類はそれこそ無限大。
対して色の数はどう足掻いても有限。他の要素を足し合わせても同様。無限大に近くとも、無限大では絶対にないのだ。
となれば、一致する事はあり得ない事ではないだろうに。
0と1は全くの別物なのだと言うのを、もう少し理解して貰いたい。
ただ教えるにはどうしたらいい物か……。
この手のデマは潰すのが厄介だからなぁ……。
「……」
「どうかしましたか?」
「いえ、流石はミーメ嬢だと思っただけです」
そうして悩んでいると、当のヘルムス様は何故かワタシの方を見て微笑んでいた。
「そうですね。今後、ミーメ嬢を惑わせないためにも、この場ではっきりと述べておきましょうか」
「?」
ん? なんだろうか?
とりあえずヘルムス様はワタシの隣に来て、ワタシの手を握っている。
「ミーメ嬢。私が恋焦がれ、思い慕うは貴方だけです。貴方にさえ正しく思っていただけるのなら、私はそれで問題がありません。ですので、どうか今のまま、真っすぐにお願いします。そしてどうか私の事を導いてください」
「そ、そうですか……」
これは愛の告白とか、恋人への囁きと言うものなのだろうか。
ヘルムス様の顔でやられると、やはり破壊力はあって、思わず顔が赤くなりそうになる。
「と、ところでグレイシア様。属性についての相談があるとお披露目会の前に……」
「わたくしの属性については急ぎの用件ではございませんので、また後日で構いません。今は婚約者の言葉にしっかりと応えるべきかと」
「だな。俺っちたちの事は気にせず好きにしてくれ」
「え、いや、その……」
だからワタシは思わず逃げようとして……すぐさま逃げ道は封じられた。
「ミーメ嬢」
「その……はい。努力はします。しますが……ヘルムス様もワタシの事を助けてくださいね。婚約者なのですから」
「ええ、勿論です」
ワタシに出来るのは、何とか言葉を紡ぐだけだった。
「ところでだ」
「何でございますか?」
「ミーメ嬢って婚約者呼びは気にしないのに、師匠呼びは嫌がるままな感じなのか? どっちも重めではあるが、それでも師匠の方が多少は軽い関係性だと思うんだが」
「恐らくは。たぶんですが、婚約者の地位は公的に認められているから、呼ばれても安心できるのでしょう。あるいは、師匠と言う地位の方が周囲への影響が強いと思っているのかもしれませんね」
「なるほど。よく分からん」
「わたくしもでございます」
裏でジャン様とグレイシア様が何か言っていたが、ヘルムス様に集中していたワタシにはよく聞こえなかった。




