38:それぞれの動機
「んぅ~……」
グレイシア様が付けてくれた記録に問題がない事を確認した後。
ワタシはヘルムス様の部屋で宮廷魔術師としての勉強……より正確に言えば、礼儀作法、王国の歴史に法律、語学と言った、これまで必要として来なかったものの学習に励んでいた。
おかげさまで、少し集中を解すついでに机の上を見れば、学習用の資料が塔のようにそびえているのが見えた。
うん、学んでいて思うのだけれど、こんな量の勉強が貴族になるのに必要だと言うのなら、そりゃあ魔術師になる人間が限られているのも当然の事だろう。
シンプルに量が多くて、その分だけ魔術の研鑽をする時間……前世で言うなら趣味の時間を削るしかないのだ。
そんな環境で、ワタシでも3年かかった第二属性の習得をしようと思ったのなら……まあ、宮廷魔術師たちが優遇されるのにも納得の年月はかかって当然だ。
だからと言って、第三属性に至る道……第零属性『魔力』について教えない事には変わりないのだけど。
「少し休憩にしましょうか。ミーメ嬢」
「そうですね。そうしましょうか」
とりあえず休憩時間らしい。
と言うわけで、ワタシはヘルムス様が淹れてくれた紅茶を飲み、茶菓子を摘まむ。
ちなみに、宮廷魔術師になると用意される王城内の個室だが、ワタシの分はまだ用意されていない。
もう少しかかるとの事だった。
ワタシとしては空き部屋の一つでも適当に用意してくれれば、後は自分で揃えればいいと思っているのだけど……王城側にも最低限、揃えておきたい物はあるらしい。
なので、ワタシはまだヘルムス様の部屋に居候させてもらうような形になっている。
と、茶の時間なのだし、何も口に含んでいないのなら、話を弾ませられるように話題の提供ぐらいはするべきか。
「ところでヘルムス様。先ほどの話し合いで言っていましたが、ヘルムス様も第三属性を得たいと思っていたんですね」
「ええ、その通りです。ミーメ嬢。以前にも言ったと思いますが、私はトレガレー公爵家の三男として、何処かの家へ婿入りをしないのなら、自力で生計を立てる必要がありました。そして、私には魔術の才能が有ったので、宮廷魔術師を志した。こういう流れです」
「確かにそこまでは聞きましたね」
ヘルムス様の魔力量は360程度との事。
これは歴代の公爵家の人間と比較しても非常に多いものだ。
具体的に言えば、およそワタシの魔力量の三倍であり、ワタシが極めて適当に放った四属性魔術を普通の魔術師なら二属性でなければ歯が立たない中で、ヘルムス様ならば一属性魔術でも返せる可能性があると言えば、どれほどとんでもないかは……分かるかも? 分かるはず。たぶん。
まあ、とんでもない魔力量ではあるのだ。
「ですが、他にもありますよね?」
「そうですね。第一は生計を立てる事ではありますが、魔術と言う力を行使する職に就きたいと思った以上は、犯罪行為ではなく、国や人を守る立場になりたいと言う当然の願いはあります。そして、そのように願う以上、より多くのものを守れるように第三属性を得たいと言うのも、また当然の事とは思いませんか?」
「ワタシも当然だとは思います。なので、間違った道へ行きそうな時に引き止めたり、注意を促すくらいはしますよ」
「ありがとうございます。ミーメ嬢。その言葉だけでも、弟子として嬉しい限りです」
ヘルムス様が第三属性を求める理由は至極真っ当な物だ。
ただ、焦ってはいないようなので、少し注意を払っておけば大丈夫そうだ。
「そう言うミーメ嬢は何故それほどまでに魔術の研鑽を?」
「ワタシですか? ワタシは……単純に魔術が一番面白かっただけですね」
「魔術が一番面白かった、ですか?」
「ええ。幼少期のワタシ……何なら今もですが、どうにも周囲とは話が噛み合わなくてですね。そんな中で魔術だけは試せば試すほどに新しい何かが見えて来て、とにかく楽しかったんです。それで何が出来るのかと試し続けていたら……」
「それで宮廷魔術師ですか」
「そう言う事ですね」
ヘルムス様に比べたら、ワタシのが第三属性に至った理由は何とも言えない物だ。
とにかく楽しくて楽しくて魔術をこねくり回していたら、いつの間にか第二属性や第三属性を得てしまったと言う話なのだから。
なお、楽しいの中には、狩ってきた物、作った物が良い値で売れる。と言う意味も含む物とする。
「しかしそうなると、ミーメ嬢が第二属性を得た時などは非常に驚いたでしょうね」
「そうですね。とても驚きました。突然、目の色が赤紫色になっていたのですから。思わず『闇』の応用で黒く染めて隠してしまったぐらいです」
ちなみに第三属性を得た時はもっと驚いた。
なにせ、胸の谷間に浮かび上がるような目が出来てしまったのだから。
視界がそれまでと大きく変わって、本当に混乱したし、驚いた。
「軽蔑しますか? こんな楽しいだけで辿り着いたワタシを」
「いいえ。ミーメ嬢らしいと思います。それに、それで蔑むなら、自分の生活が最初に出て来る私はどうなのか、と言う話になってしまいますよ」
「そうですか。ありがとうございます。ヘルムス様」
ワタシもヘルムス様も少し微笑んだ後に茶を一口飲む。
「ところでジャン様はどうなのですか? ヘルムス様と比べて、やけに真剣なように感じましたが」
「ジャンですか……。ジャンが第三属性を求める理由自体は私と同じで、国を、民を、仲間を守りたい。この一言で言い表せるものだと思います。ただ、二年前の件もあって私とはその解像度が違うのでしょう」
「二年前……そう言えば、ドラゴンを狩ったと言う話をしていましたね。その件ですか?」
「ええ、その話です」
そう言うヘルムス様の顔は苦々しいものである。
二年前と言うと……ヘルムス様は既に第二属性に目覚めているけれど、宮廷魔術師にはまだなっていなかった頃だったか。
「当時の被害については私も資料でしか知りません。少々事情があって、陸の事には詳しくなかった時期ですので。ただ、本当に酷い被害だったようです」
ヘルムス様が読んだ資料によれば。
ジャン様が狩ったドラゴンは、王国各地に現れては村々を襲い、畑を荒らし、人と家畜を喰らったそうだ。
厄介なのは、その神出鬼没さあるいは狡猾さで、一度襲った村の周囲には姿を現さず、遠く離れた別の地をまた襲うのだとか。
また、王都や領都のような大規模な街には絶対に近づかなかったし、百人を超えるような大規模な討伐軍の前にも姿を現すことはなかったらしい。
その為、ジャン様を含む宮廷魔術師三名に、騎士と魔術師合わせて二十名ほどで行動を先読みし、迎撃、討伐を図ったそうだ。
結果、討伐は出来たが……。
「宮廷魔術師の生き残りはジャン一人。騎士と魔術師も半数以上が死に、残りの大半も負傷による引退を余儀なくされたそうです」
本当に酷い被害を王国は負う事になったらしい。
ジャン様が居た部隊の被害もそうだが、十数の村が壊されて、今もなお復興途中の村があるそうだし、犠牲になった村人の数も合わせれば百を優に超える。
これは一体の魔物による被害を記録した物の中では、近年では一番。
五百年以上になる王国史の中で見ても、屈指の被害になるそうだ。
「それほどの惨事ですからね。ジャンが第三属性を得たいと言う気持ちは、今の宮廷魔術師の中では誰よりも強いものでしょう」
「なるほど。ですが……」
「ええ。それでも教える事は出来ない。でしょう? ミーメ嬢の言いたい事は分かっていますし、私もそれを支持します。なんならジャンも肯定するでしょう。今の私たちが第三属性を得ても、守りたいものを守るどころか壊してしまうのが関の山であると示されましたから」
「ありがとうございます。必要な時には話しますので、その時はよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそありがとうございます。王国はミーメ嬢と言う師を得られていて、本当に幸運だったと思います」
ヘルムス様はそう言うと、お茶を口にする。
幸運……か。
幸運なのは、ワタシもだろう。
『グロリアブレイド王国』は過剰な力を求めなかった。慎重に事を進めるのを良しとしてくれた。
この判断に、それが出来る状況に、ワタシは現れる事は出来た。
これが幸運と言わずして、何を幸運と言うのか、と言う話だ。
それはそれとして。
「ヘルムス様。ワタシを国全体の師匠にするのは流石にちょっと……不敬と言う奴では?」
咎めるべきは咎めておこう。
「私にとっては事実なので何も問題はありませんね」
ヘルムス様は聞く耳持たずだったが。




