35:宮廷魔術師長との出会い
「よしよし、全員ちゃんと揃っているな。新人含め、みんな真面目で吾輩は嬉しいぞ」
ワタシ、ヘルムス様、グレイシア様の三人が、以前にワタシが魔術の八つの顕現について説明した部屋で待つ事少し。
部屋に男性が一人に、ユフィール様とジャン様が入って来た。
男性の目の色は右目が赤で、左目がほんの少しだけ色素が薄い赤。
つまり第一属性が『火』で、第二属性が火に近しい何か、と言う事になるのだろう。
目の色以外に目を向けるのなら、背負っているのは蒸留機に似たデザインの杖で、身に着けているのは魔術師らしいローブに豪華な飾りをつけたもの。
そして、腰には小さな水筒のような物が提げられている。
で、少し酒臭いと言うか、アルコール臭い。
「さて、君が宮廷魔術師に叙される場でも一応顔は合わせたが、まだきちんと名乗ってはいなかったな。吾輩は宮廷魔術師長にして『赤顔の魔術師』。ジョーリィ・ウインスキーと言う」
「本日は時間を割いていただきありがとうございます、宮廷魔術師長様。『闇軍の魔女』ミーメ・アンカーズと申します」
この人物の正体は宮廷魔術師長。
ワタシを含む宮廷魔術師を統べる人物である。
その影響力は当然ながら非常に大きく、この人が声をかければ、王城内ではっきりと反対できるのは陛下と宰相閣下ぐらいではないか。と、言われているぐらいである。
当然、その地位に見合うだけの有能さを持っているわけだが……。
「ところでミーメ君。君、宮廷魔術師長の地位に興味は無いかね? 君の実力が吾輩以上なのは間違いないわけだし、優秀な後任に座を譲るのも重要な勤めだと思うのだがね?」
こうして宮廷魔術師長の地位を他の宮廷魔術師に渡したがる悪癖があるらしい。
「お断りいたします。ワタシには武力しかなく、宮廷魔術師長の地位に必要であろう知識も交渉力も足りませんので」
「そうかぁ……残念だ……」
まあ、当然のことながらワタシは断るのだが。
宮廷魔術師長の地位に必要なのは武力ではない。
なんなら、武力なんて第二属性持ちとしては最低限でも良いのだ。
それよりも必要なのは……貴族の家同士の関係性に関する知識だとか、王国の法律や組織運用に関する知識だとか、相手がどんな人間なのかを見極める観察眼だとか、陛下や文官たちとの交渉力だとか、そっち方面の力だ。
平民生まれかつこの中で間違いなく一番若いワタシにそんな知識と能力などあるはずもない。
と言うわけで、断って当然である。
そして、宮廷魔術師長もワタシが断るのは想定の範囲内だったのだろう。口では残念と言っているが、本心から残念そうな顔はしていない。
と言うか、この質問で相手がどう反応するかで人柄を見極めているまでありそうだ。
「ちなみにヘルムス君。君はどう? 吾輩の跡を継がないか? 今すぐにでも」
「お断りします。宮廷魔術師長。後十年は貴方の時代ですので、諦めてください」
「そんなぁ……吾輩だって自分の研究を進めたいのに……」
「なんなら、私との間に一人か二人は挟まると思っています。私はまだ21歳ですから」
「えー……」
まあ、宮廷魔術師長の地位を辞したいと言う気持ちも嘘ではなさそうだけれど。
「潔く諦めましょうね~アナタ~」
「はぁい……。分かったよ、ユフィ」
ユフィール様が宮廷魔術師長を楽しそうに慰めている。
ちなみにだが。
宮廷魔術師長とユフィール様は夫婦である。
見た目だけだと歳の差が20から30ぐらいあるように見えるが……。
実際の関係性についてはまだ窺えていない。
とりあえず仲はよさそうではあるが。
「さて宮廷魔術師長様、ユフィール様。そろそろいつものを止めて、話を進めてもらっていいですか? ミーメ嬢に用事があるから、この場を設けたんでしょう?」
「うむ、そうだな」
「そうですね~」
と、ここでジャン様が話に割り込んでくる。
そして、ジャン様の言葉に従うように、宮廷魔術師長が自分の席に座る。
「では。今日の集まりで話す事は大まかに三つ。先日明らかになったグロリベス森林の深層について。ミーメ君が狩ったドラゴンについて。そして、ミーメ君の属性についてとなる」
「はい」
宮廷魔術師長は部屋の防音を確かめると、真剣な顔で今日話し合う内容について述べる。
と言うわけで、此処からが本題となる。
「なお、この場に居る人間はミーメ君が第三属性持ちである事を知っているが、第三属性に関わる事はこの場以外では基本的に口にせず、記録にも残さないように決めているので、ミーメ君には安心して話してもらいたい」
「分かりました」
ワタシの第三属性については、外の人間には漏らさず、記録にも残さない、か。
とは言え、宮廷魔術師たちと陛下には伝わると考えておくべきだろうな。
むしろ、それぐらいには伝えておいてもらわないと、ワタシの方が困るかもしれないし。
「それでは一つ目の話題から行こう。グロリベス森林の深層、此処についてミーメ君はどれぐらい把握している?」
「詳しく述べると非常に長くはなりますが……。同時に、どれだけ述べても分かっていない部分が多いとも言っておきます」
「なるほど。そうなると、詳しい部分は後ほど書面で作成、残してもらうとして……まずはグレイシア君が出してくれた報告書を見つつ、補足してもらえるかね?」
「分かりました」
グロリベス森林の深層についての話が始まった。
どうやらグレイシア様は既に先日の狩りについての報告書をまとめていたらしく、その報告書の中身もワタシが言ったことについてはほぼそのまま記録してくれていた。
と言うわけで、基本的にはそれを読みつつ、補足していくわけだが……。
「本当に王都数個分かぁ。その上……」
「はい。移動用の闇人間に乗り込んで、三日三晩走り続けた事もありますが、その時は奥の手を使わないと脱出できなかったので、深層の中で更に空間がおかしくなっている可能性もあります」
「うーん、一筋縄ではいきそうにないねぇ……」
「生息している魔物の強さも併せて考えると、当面は浅層と深層の境界を確定させつつ、入り口近くでの活動に限った方が良いと思います」
直径1キロメートルにも満たないはずの空間が王都数個分の広さにまで拡張されている異常空間。
それがグロリベス森林の深層なのだ。
これまで手付かずだったと言うのなら、それこそ何十年とかけて、ゆっくりと調査をしていくしかないのではないかと思う。
「後はニワシガラスとの交渉ですが……」
「ああ、そっちはミーメ君が至急伝えてくれた内容を基に、魔物の調教または交渉を専門とする子たちがゆっくりと始めているところ。あそこに潜んでいるかもしれない脅威を考えると、交渉が上手く行ってくれるといいんだけどねぇ」
「そうですね」
とりあえずニワシガラスには喧嘩を売るな、相手は人間並みに頭が良い魔物だが交渉も出来る、と言うワタシの言葉は聞いてもらえたらしいので、時間をかければ何とかなるのではないだろうか。
ニワシガラスたちは人間を種族ではなく個人で見てくれるし。
「では次。ドラゴンについて。と言っても、これについては吾輩たちの方から伝える事の方が多いかな」
次はドラゴンについて。
これについては、ワタシから言えるのは戦った感想くらいなものである。
なので宮廷魔術師長の言う通り、教わる事の方が多かった。
なんでも、今回のドラゴンは王都の東にあるグレンストア公爵領のさらに東の方から飛んできて、夜陰に紛れてグロリベス森林の深層に侵入した可能性が高いらしい。
ドラゴンの年齢については資料が少ないので判別が難しいが、巣立ちして間もないか、少し経ったくらいの個体ではないか、との事だった。
「質問ですが。王国ではドラゴンの被害は多いのですか?」
「んー……何とも言い難いところだね。今回のを別にすると直近では二年前にジャン君の部隊が狩ったドラゴンが居て、アレの被害は酷かったね。村が幾つも潰されたし、討伐の際には兵も騎士も大勢犠牲になった」
「ふむふむ」
「他だと四年前にミーメ君が狩ったのにサギッシ男爵に盗られたドラゴンが居たけど、これは被害不明。後は十年前、スデニルイン辺境伯領を襲い、滅ぼし、そのまま姿を眩ましてしまったドラゴンが一頭居るね。ああ、目撃情報から別個体なのは確定だよ」
「なるほど」
「それから天竜山と深竜湖と言う場所があるのだけれど、そこに他のドラゴンたちとは明らかに別格のが一頭ずつ住み着いているけど、これはこっちから喧嘩を売らなければ無害だったかな。少なくとも百年は大人しくしていたはず。他は……どうだったかな? ユフィ」
「そうね~……スデニルイン辺境伯領のドラゴンの前となると、少なくとも三十年前以上は記録もないんじゃないかしら~?」
「そうだよね。吾輩も覚えがない」
「そうですか」
どうやらグロリアブレイド王国ではドラゴンとの遭遇はあまりないらしい。
情報は多く無さそうだ。
まあ、もっと頻繁に遭遇するのなら、ワタシの耳にも届いていたはずだし、これは当然の事か。
「では次の話題に行くとしよう。ミーメ君の属性についてだ」
さて、ある意味ではここからが本題である。
ワタシは一度背筋を正した。




