34:新居から王城へ
本日は二話更新となります。
こちらは二話目です。
「準備出来ました」
「よくお似合いです、ミーメ嬢。では共に行きましょう」
準備を整えたワタシは、自宅の前に留められた馬車にヘルムス様と共に乗り込む。
馬車にはトレガレー公爵家の紋章……船と水夫をモチーフとしたらしいそれが飾られているので、どうやらトレガレー公爵家から出された馬車であるらしい。
そして、ワタシたちが乗り込み、着席すると共に馬車は動き出す。
「今更ですが、この時間にヘルムス様がワタシの家に来るとなると、相当に朝早く出ないといけなかったのでは?」
「それは否定しません。ですが、婚約者として、弟子として、同僚として、ミーメ嬢をお一人で登城させることは許容できませんから」
「そうなのですか?」
「ええ、婚約したばかりなのに一人で登城させるなど、不仲だと周りに言っているようなものですから。そんな評価、私は断固として拒否します。そうですね……私が夜の担当をしている日を除いて、少なくとも一か月は一緒に登城するべきでしょう」
「なるほど」
「なので、ミーメ嬢はしっかりとご自宅でお待ちください」
「分かりました」
ヘルムス様が住むトレガレー公爵家の王都屋敷は、貴族街と呼ばれる貴族たちが住む区画の中でも一等地に存在しており、公爵家らしく非常に大きなものである。
対して、今のワタシの家があるのは、貴族街と平民街の境目、貴族なら下の上、平民なら中の上くらいの人間が住むぐらいの土地だ。
この二つの間には多少の距離があり、トレガレー公爵家から見たら王城の方が近いくらいなのだが……。
ヘルムス様は少なくとも一か月間は毎朝こっちに来るつもりであるらしい。
「それにですね。そもそもとして、ミーメ嬢が今の家に移動する事になったのは、我々の事情によるものです。ならば、それに伴う面倒事を解消するのは私の役目。そうは思いませんか?」
「それは……そうかもしれませんが」
さて、今更な話だが、何故ワタシは王城の女子寮から王都の貴族街の外れの方へと住居を移す必要があったのか?
それは一言でまとめてしまえば、ワタシが宮廷魔術師になったからである。
此処『グロリアブレイド王国』において、魔術とは魔物と言う脅威に抗うために必要不可欠な力であり、魔境と言う脅威を制するためにも絶対必要な力である。
そんな魔術において第二属性を得る事は、魔術の出力と幅の両面において非常に重要な事であり、それだけでも貴重な人材として扱うには十分な根拠になる。
だから、第二属性を有する人間には、宮廷魔術師と言う特別な役職に叙されるわけである。
ヘルムス様に曰く、現在の宮廷魔術師の人数は20名は超えているけれども、100には確実に届かないくらいだと言うから、その貴重性は推して知るべしだ。
さて、そんな宮廷魔術師だが。
地位的には一代限りではあるものの子爵相当の地位を持っているとされる。
これは宮廷魔術師の力を爵位のごり押しと言う、極めて下らない理由で以って利用される事を防ぐための措置であるらしい。
たぶん過去に何かあったのだろう。
この手の措置が行われる背景には、だいたいそう言う事がある。
しかし、宮廷魔術師が子爵相当の地位を持つからこその問題もある。
王城の女子寮とは王城に仕える女性の為の寮であるが、そこに住むのは貴族の家で生まれ育っても、当人は爵位を持たない人間ばかりなのだ。
そんな中に一代限りとは言え、子爵当人と同様の地位を持つ人間が紛れ込む?
そうなったら、女子寮に住む女性たちに多大なストレスがかかる事は間違いなく、誰にとっても不幸な事になるだろう。
そんなわけで、話は戻って来て。
ワタシは王城の女子寮を出て、新しい家に引っ越したのだった。
「……。もう一つ今更ですが、どうしてヘルムス様はワタシの旧家に置いてあった家財道具や素材類の一部を確保していたんですか?」
「それは勿論、ミーメ嬢なら近い内に宮廷魔術師になって引っ越すことになると分かっていたからです」
「そこは、信じていた。では?」
「いいえ。分かっていた。です。ミーメ嬢の実力と性格で宮廷魔術師の座に座らないなど、不可能だと思っていましたから」
「……」
なお、ワタシの新しい家だが、家具の一部は王城の女子寮に入る前に使っていた物が持ち込まれている。
これは王城の女子寮に入る際に処分したつもりだった物を、ヘルムス様が保管しておいてくれたらしい。
嬉しい反面、少し怖さもある行動である。
ちなみに、新しい家の購入費用や、足りなかった家財道具の購入費用については、ワタシの宮廷魔術師就任祝いあるいはドラゴンの買い取り金額との相殺という形で、王城が負担してくれた。
こちらは純粋にありがたい。
「と、そろそろですね」
「そろそろ?」
ヘルムス様の言葉にワタシは首を傾げる。
すると、そのタイミングで馬車が減速して、扉が開かれる。
なお、当然の事だが、まだ王城には着いておらず、何処かの貴族屋敷の前のようだった。
「おはようございます。ミーメ様、ヘルムス様」
そして、馬車の中に入ってきたのは一人の女性……グレイシア様だった。
こちらに水色の右目を向け、左目は眼帯で隠した顔でワタシたちに挨拶をする。
「おはようございます。グレイシア様」
「おはようございます。グレイシア嬢」
ワタシたち二人はグレイシア様に挨拶をする。
で、グレイシア様がワタシの隣に着席すると同時に、馬車が再び走り始める。
「グレイシア様もワタシたちの登城に同行するのですか?」
「その通りでございます。わたくしはミーメ様の補助をするように陛下から命じられておりますので。既にお話もあったかもしれませんが、ヘルムス様がミーメ様と共に行けない日はわたくしが同行いたします」
「なるほど」
まだその話にはなっていなかったが、今後はグレイシア様もワタシを手伝ってくれるのか。
グレイシア様は先輩の宮廷魔術師であるし、その助力を得られるのは非常にありがたい事になるだろう。
後、口には出さないが、ヘルムス様より安心感があるのは……まあ、同性であるから、と言う事にしておこうか。
「しかし、そこまでしていただかなくても、ワタシ一人でも登城くらいは問題はありませんよ?」
「実力的にはそうでございますが、実力以外の面で不安はございますので」
「実力以外の面ですか」
ただ、申し訳ないと言うか、面倒をかけているのは明らかなので、登城くらいはワタシ一人でも大丈夫と口にしたのだが……何故だか、これまでよりも真剣な顔で心配された。
「はい。ご質問ですが、ミーメ様は王城へと急いで参られる際にはどうやって来ますか?」
「急いで……急いでとなると、魔術を使うでしょう」
「それは先日のグロリベス森林でお見せした、体の大部分を闇人間と言う魔術の中に隠し、顔だけ出したものですか?」
「最大限に急ぐとなれば、そうなると思います」
まあ、本当の本気となれば、もう一段階上の移動手段もあるのだけれど、アレはアレで事前の準備も行った後も面倒なので、準備無しで急ぐならアレになるだろう。
アレはその気になれば馬が全力疾走するより速く走れつつも、大抵の魔術や障害物と衝突しても安全な防護性を併せ持っているので。
「駄目でございます」
「?」
「アレは駄目でございます。宮廷魔術師としての品位が問われますし、ミーメ様にお名前を貸してくださったアンカーズ子爵家にも迷惑が掛かります」
「まあ、弟子としても師匠のアレの見た目だけは擁護できませんね」
「そう言う理由なら……まあ、仕方がありませんね」
ただまあ、グレイシア様とヘルムス様の両方が、アレの見た目は駄目だと断言するのなら……ワタシとしても使うのは緊急時に限ろうとは思える。
アレの見た目……全身真っ黒の胴長短足の人間から顔だけ出すと言う姿が、ギャグ寄りと言うか、何とも言えないものである事については、ワタシとしても納得するところなので。
「と、そろそろ着きますね。ミーメ嬢、今日の仕事は覚えていますか?」
「はい、大丈夫です」
「何よりでございます。では、共に参りましょう」
やがて馬車は王城に着き、止まった。
馬車から降りる順番はグレイシア様、ヘルムス様、そして最後にワタシで、ワタシはヘルムス様にエスコートされつつ降りた。
では、宮廷魔術師としての仕事を始めよう。




